第四十一話 迅雷と凍結

雷を纏うアレキスは電光石火の勢いでフロスタリアに迫る。

剣を鞘に納めたままアレキスの動きを追うフロスタリアに対し、アレキスはフロスタリアの直前でフロスタリアを中心に六角形を描くように軌道を変える。

アレキスはフロスタリアの剣を構えている側面でフロスタリアに向けて切りかかった。納刀状態のフロスタリアが攻撃できない位置、そこから同時防御不能の二刀を振りかざす。



観覧席、その特等席で試合を眺めていた教皇の目が曇る。常人には目で追うことさえ許されない刹那の見切りにあって、試合の見ていた者の多くはアレキスの二振りがフロスタリアに届かなかったことを”音”によって認識した。


氷に鈍器がぶつかったときの、衝突と破砕の音。攻撃の間際、フロスタリアの足元から2本の氷柱がせり上がった。一本はアレキスの右腕を抑え、もう一本は左の肘を押し上げるように今もなお伸び続けている。

フロスタリアは鞘から剣を引き抜くとせり上がる氷の柱を自分の剣が通り過ぎる軌道の分だけ消すと、ガードに回ったアレキスの身体を後方に大きく吹き飛ばした。


雷を身に纏ってフェイント混じりの突撃を繰り返すアレキスをフロスタリアは氷柱と剣捌きで淡々と捌いていく。



「なあこれ、俺いらなくないか?」



修練場のフィールドの端で二人の戦いを眺めているアーデンは、救護として控えているリリアに向かって愚痴をこぼす。


「いるに決まってるでしょ。フロスタリアは背信者金髪混じりなんだから、あんたが勝たないとエルン探しが大っぴらにできないわよ」


アレキスのスピードにフロスタリアが対応し、フロスタリア優位に戦いが進んでいるので、アーデンは注意散漫でリリアの方を向く。


「お前は聖都の中を自由に出歩けるんだろ?なんか情報なかったのか」

「いいえ。北西部に異端が出没したっていう報告が上がってたらしいわ。外見的な特徴もエルンと被ってるし、たまたま現場近くにいた教皇の親衛隊員が取り逃したって教令院の子達が噂してかたら、どこかに潜伏してるのは間違いないと思う」



アーデンはそれを聞くと小さく息を吐き出す。リリアはアーデンの方には目をやらず、真剣な表情で二人の戦いを傍観していた。


修練場に雷鳴がとどろく。空からアレキスの剣めがけて飛んできたそれは、アレキスの剣に追従して鞭のようにしなり、フィールドの大部分を薙ぐ。


フィールドの各所にアレキスの行動を制限するように設置されていた氷柱達はフロスタリアの近くを残してことごとく両断され、切断面の研いだかのような滑らかさがその切れ味を物語る。

攻撃を受け流したフロスタリアの足元には雷の模様を編み込んだ魔法陣が映る。


「使ってきたな」



アレキスは右の剣を肩に担ぐと、自身の攻撃を受けきったフロスタリアをほくそ笑む。再び雷を落とすと乱暴に雷の鞭をフロスタリアに向かって叩きつける。


異常気象の轟雷の連鎖をフロスタリアは同率調和で受け続ける。


(…。開始早々のカウンターから一向に攻めてこねえな。こっちのスピードを追いきれねえからだろうが、このまま守ってても勝てねえだろうに)


アレキスは全く攻めに転じてこないフロスタリアに不穏な気配を感じつつも一心不乱に電撃を浴びせ続ける。アレキスは自身のは鼻に雨粒が滴り落ちるまで、フロスタリアの狙いに気づけなかったのだ。


「なるほど、そっちだったか…」


アレキスが空を見上げると、晴れていた空に黒い積乱雲が発生していた。それが、アレキスの雷によって生み出されたものなのか、はたまたただの天候の変化であるのかは定かではないが、少なくともこの突発的な雨をフロスタリアが待っていたのは疑いようもない。

フロスタリアは既に防御を解き、反撃の祝詞をを詠う。


蝕降しょっこう-―‐――銀世界――」



振り始めた雨粒が地面に着地することなく凍る。凍った雨粒は周辺の水蒸気を巻き込み。雨の降る空間そのものを「凍結」させていく。凍結は中にいる二人を巻き込んで一つの巨大な氷塊になっていく。

フロスタリアは剣を上段に構えなおし氷を纏い、リーチの増大したそれを振り下ろす。


しかし、光の反射を繰り返し、銀色に輝いていたそれは、内部から金色に光を放つ。

氷の内側から現れた雷球は氷を跡形もなく削り、フロスタリアの掲げていた刃の先端が荒のない切断面で消滅している。


「お前の因子がなんなのか。勘違いしてたよ。てっきり氷を作り出す能力だと思ってたんだが、どうやら物を凍らす能力みてーだな」


氷の檻を内側から破壊し、先ほどよりも青白く光を放つ雷を纏ったアレキスが、空中に浮遊したままフロスタリアに話しかける。


「そういうあなたの能力は雷を操り斬撃や自身の神経系を強化する『迅雷』、といったところでしょうか」


「正解。

知っているか?俺達の目に見えてる物体ってのは全部、原子っていう小さい粒の塊らしい。その原子も陽子と中性子っていう微粒子でできてて、それが雷と同質のエネルギーでつながってんだ。つまりこういう風に」



アレキスはそういうと、剣先をフロスタリアへと向ける。放たれた雷はフロスタリアの足元の地面を、雷の軌跡の形にくりぬいた。


「そのつながり物体に雷を流しこんでやれば、こうやって原子レベルでバラバラにできるってことじゃねえのか?」


アレキスは剣を振り下ろすと雷の剣撃をフロスタリアへと飛ばす。


「凍結―。雷電!」


フロスタリアの領域内にアレキスの剣撃が突入する。フロスタリアは彼の範囲内はいった物質のエネルギーを0にして、その場に完全に静止させる。

しかし、雷の剣撃は領域内で停止せず、速度を落としながらも前へと進んでいく。

フロスタリアは驚愕しながらも剣撃を身のこなしで躱す。


(剣撃が止まらない…。内包しているエネルギー量が高すぎるからか?

それとも、因子で構築した空間そのものを、無理やり食い進んでいるのか…)


アレキスは空中を移動しながら、矢継ぎ早に雷の剣撃を浴びせる。

フロスタリアは高速で飛んでくる剣撃を自身の領域の中で何とか掻い潜る。



「苦しそうだな背信者。随分と足掻くが、それも出来ないようにしてやるよ!」


修練場の空中に、三つの雷の輪が現れる。アレキスの高速移動の残像であるそれには、既に無数の斬撃が刻まれている。


「迅雷―――。神の雷霆クレア・ケラウノス


号令とともに雷の槍が降り注ぐ。フロスタリアの展開した空間に入り速度を弱めつつも、圧倒的な物量で逃げ場のないフロスタリアを追い込んでいく。


「…はぁ、これでどうあっても詰みか。」


諦めるように溜息をつくと、剣を振りぬいて自分の眼前に構える。


「―凍結。座標空域オネット・テュール


フロスタリアがそう唱えると、雷の槍はフロスタリアの頭上すれすれを飛び超えて、周辺の地面へと流れていく。

直後にアレキスがフロスタリアを切ろうと放った横薙ぎも、剣そのものが縄跳びの縄のように変化し、フロスタリアの頭上を移動するように不自然な軌道を描く。

直後、フロスタリアの剣撃がアレキスの腹部を切り裂く。

アレキスは飛び退き、傷口に手を当てる。


(剣の腹が見えなかった…。まるで剣の先端だけが、俺の腹にワープしてきたみてえだ)


アレキスは自分が切ったはずの空間に目を移す。フロスタリアの姿は足と体が繋がっておらず。明らかにおかしな見え方をしている。それを見て、アレキスはハッとした表情を浮かべた。


「これは…、空間そのものをいじってやがるのか」



フロスタリアの因子は『凍結』。対象の指定したエネルギーを限りなく0に近づけることで、対象の動作を停止させる。飛んでいるボールの運動エネルギーに使えばボールが空中で止まり、水流の熱量に使えば氷になる。


それを空間そのものに使えばどうなるのか。その答えがこれだ。空間そのもの存在するのに必要なエネルギー、これを希釈すれば空間の存在はいびつに広がる。しかし、そのようなものに干渉した代償は高くついた。


いびつだった空間が戻っていく。フロスタリアは吐血し、倒れる体を剣で支える。


「敵ではなく、自分の因子に負けるとは…、情けない限りです

絶対に勝つようにと仰せつかっていたのに、セプトラ様申し訳ありませ…ん」


力なくフロスタリアは地面に倒れる。

観覧席からはアレキスを称える歓声が上がった。









  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る