第四十話 世界一我儘な子②
拝礼堂の上にある教会の鐘つき塔。聖都全域に時を告げる鐘の音を増幅するために,
壁中に金属パイプが張り巡らされている。部屋の上部には大人が100人は入りそうな大きな鐘が吊り下げられており、その周囲にはそれを揺らすための大小様々な歯車が設置されている。
鐘は純金で金色に輝いているのはそうとして、金属パイプも真鍮できており、それが六方の壁一面にぎっしりと敷き詰められている。そんな様子なので、照明の明かりが視界の所々でキラキラは存在を主張し、白が基調となっている教会の内外においても、金色に染まったこの部屋は悪く言えば潔白さを欠いて俗的なこの空間は敬虔と清廉を重んじる教会においては異質だった。
聖都フロイズの領主であり、現教皇でもあるバラムアンク・ウォーレンハルトはその金色の鐘を何をするでもなく、後で手を組んだままただしきりにこれを見つめている。
後ろにあるドアが重々しい音を上げて開く。教皇はチラリとドアの方を向くと、彼の甥っ子であるアレキスがこちらへと歩いてくるのが見えた。
「執務室にいないときは、だいたいここに居るよなあんた」
「ここの音は等しく聖都全域に伝わるのです。いうなれば教会が最も民と近しい場所がここ。暇があれば民と寄り添うのが教皇たるものの務めでしょう」
「それを理由にするなら、閉口盤を開いて音が外に出るようにしたらどうだ。入り口のアレは閉まってるようにしか見えねぇが」
アレキスは親指立てると後ろにあるドアの方へと向ける。ドアの隣に設置された操作盤のレバーは下に下がっており、現在鐘つき堂が防音状態であることを示している。
「あなたと会話するならその方が良いでしょう。中央騎士隊の隊長が聖都に異端を連れ込んだなどという一大事を民達に聞かせるわけにはいきません」
「やっぱり耳が早いな。かなり飛ばしてきたつもりだったが」
「あなたのことは常に監視させるといったでしょう?此度の件については、既にブーゲンビリアの者から報告を受けています」
教皇は細目を閉じて首を横に振る。その後、教皇は目を見開いてアレキスを直視した。
「それで?アレをどう片付けるつもりですか?」
「あんたたちの目の前でぶった切って肉片にする」
「…?わざわざ連れてきたのに殺すのですか?試し切りがしたいのなら牢につないである死刑囚どもで十分でしょう。わざわざ聖女側と組んでまで、それをやる理由が変わかりません」
教皇の疑問に、アレキスは口角を上げる。
「付加価値って知ってるか?例えば同じ鉄剣でも、無名の鍛冶屋が作った剣と名のある鍛冶屋が作った剣じゃ買うのに必要な値段が違ってくるんだ。たとえ中身が全く同一の代物だったとしても、そこに権威や銘が加わると単純な武器としての価値に加えて格式を示す道具としての価値が出てくる」
アレキスはそういって自分の両側に腰に吊るされた剣の一本を引き抜くと、その腹をゆっくりとなぞる
「俺が連れてきたのはヘウルアが俺との婚儀を断るために仕立てたやつらだ。
それをぶった切ってやるのは、あんたにとっても好都合だろ?
それに、せっかく面白そうなおもちゃが手に入ったんだ。邪魔しないでくれよ、おっさん」
目をギラつかせるアレキスに教皇は説教を諦めて小さく溜息をついた。
「いいでしょう。貴方に連行してきた二人の私刑を許可します。
ですが万が一にもしくじらぬこと。わかっていますね?」
「当然。面白い物が見れるんだから、ちゃんと予定開けとけよ?」
二人の浮かべる笑みには嬉しさの他にどす黒いなにかが混ざっていた。
***
聖都にはティージのような大規模な闘技場は存在しない。故に、このような騎士達の儀礼がある際には修練場が使われる。上部の開いたドームになっている修練場には儀礼用に観覧席が設けられており、多数の教会関係者や騎士達が二階部分から下の様子を窺っている。
修練場のフィールドには既に帯剣したフロスタリアとアレキスが顔を合わせており、その中央には審判として少々不安げなクロエの姿があった。
「勝敗がつくまでフィールドの外に出ないこと、観覧席に攻撃を当てないように攻撃範囲を制限すること、所構わず修練所を壊さないこと。やり過ぎだと判断したら止めるからそのつもりで」
クロエはジト目でアレキスの方を向きながらそういった。
「審判は公平公正だろうに…」
「うるさい。お前は自分が問題児なのを自覚しろ」
フロスタリアとアレキスは開始地点の位置まで下がると互いに剣の柄に手を添える。
アレキスはそのまま二本の剣を引き抜き、フロスタリアは添えたまま居合の姿勢を取った。
「居合か。かまわねえが、剣はちゃんと鞘から抜いといた方がいいぜ」
「問題ありません。これが私の戦い方ですので」
武器を構えた二人の間を砂塵が舞う。風音だけが鳴り響くなかでクロエは静かに手を挙げる。二人の様子を再度確認すると、クロエは手刀を振り下ろし開戦の合図を送る。
「始め!」
アレキスは合図とともに体に雷を纏い、獲物を狩る狩人の目でフロスタリアに切りかかった。
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