第三十九話 世界一我儘な子①

執務室の裏、親衛隊の仮眠室は9畳ほどの空間に3つの簡素なベッドが設置されている。それぞれのベットにはドアから近い順にへウルア、アーデン、フロスタリアが座り、フロスタリアは粛々とへウルアの話に耳を傾ける。

先程まではエルンの行方不明で気を荒げていたアーデンもへウルアに話しかけられてからは、それが嘘だったかのように静かになっている。



「つまり私は、貴方達をここへお呼びしたのは、教会が執り行っている迫害行為の撤廃するために、彼らに中央の騎士達に劣らない強さがあると証明するためなのです」



ヘウルアは聖都における迫害の歴史を手短に話すとそういって最後を締めくくった。



「あんたが俺達をここに入れたかった理由は分かったよ。

でも、単純に中央の騎士と異端の力比べがしたいだけなら、わざわざこんなに手間のかかるフロイズに俺達を連れてくるよりも、中央の連中をティージに連れてくる方が、何倍も楽だったんじゃないか?」


当たり前のように聖女相手にタメ口を利くアーデンをフロスタリアはいぶかしげな眼で見る。


「アーデンお前、さっきのアンネローズ様の自己紹介をきいてなかったのか。

敬語を使え敬語を」

「うっせえ。生まれてこのかた使ったことがねーんだよ」

「せめて主語を直せ、あんたじゃない聖女様だ」


ガミガミと口を荒くするフロスタリアと、面倒くさそうにフロスタリアを見るアーデンを見てヘウルアは頬を緩めて笑みをこぼす。


「ふふっ。かまいませんよサイナムさん。スキュラスはかしこまっていましたが、クロエはいつもタメ口です。

それに、タメでものが言えるというのはこの世界では親愛を意味する表現ですから、そう悪い気はしません」



そうヘウルアに言われて、少し面食らったフロスタリアはアーデンから視線を感じてそちらを向く。視界の端で口角のつり上がった顔が見えると、フロスタリアはアーデンに向くのをやめて反対側に顔を逸らした。



「話を戻しましょうか。あなた方をここに招き入れなければならなかった理由は二つあります。一つは、教皇様が聖都から外に出ないこと。現在の聖都は彼の一言ですべてが決まると言っても過言ではありません。そして、彼は異端排斥派の筆頭の人物。直接自分の自慢の騎士が敗れるところを見てもしない限り、彼がそれを認めることはないでしょう。そしてもう一つですが、アレキスが現在謹慎中だからです」



謹慎というのは勿論あの謹慎だ。辞書を引けば



《名・自》

『言行をつつしむこと。特に、悪い行いをした罰、また、つぐないとして、家にとじこもったり、行動に気をつけたりして、品行をつつしむこと。』



と書いてあるに違いない。そしてアレキスとは先ほど不法に異端と背信者の騎士を抱えて南門から教会までを飛んでいたあのアレキスである。


「…謹慎とは。」


意味が分からないと言いたげなアーデンは支えを失ったように首をかしげる。


「…正確には聖都から出ることを禁止されているんです。以前、カミリア卿の境界守護の任についた際に、「面白い物を見つけた」と言って半年間帰ってこなくなりまして。今はブーゲンビリアの一族の目の届く範囲に置いておくようにと、教皇様からを言い渡されているんです」


「…なるほど」


ヘウルアの説明に、フロスタリアは小さくそうこぼす。


「一つ目は仕方ないとして、もう一つはどうにかなったんじゃないのか?教皇の騎士っていうなら、アレキスじゃなくても親衛隊は6人いるはずだろ?一人ティージにお送るくらい、できることだったんじゃないか?」


アーデンの質問に、ヘウルアは小さく顔を横に振る。


「確かに、教皇様の親衛隊の誰かをティージへ派遣することは可能です。ティージが災害に見舞われた後でしたし、そもそも過去に親衛隊が派遣された前例もあります。

ですが、彼らは教皇に対する忠誠心が強いので、あの方が害するようなことには手を出しません。もし彼らがティージに赴いたとしても、ティージにいる異端と手合わせをするような機会は作れなかったと思います。

それと、教皇様の親衛隊は今5人ですよ」



「一人欠員…殉職でもしたのか?」



ヘウルアはまたしてもアーデンの質問に首を振る。



「いえ。物体を自分の身体に取り込むことが出来て”全身凶器”と呼ばれていたアーセナル・クロスという親衛隊員がいたのですが、ある日急に消息を絶っているんです。


彼については噂も多く、教皇様からの極秘任務を遂行しているなんてものから、教会の闇に触れて抹消されたとか、切っても死なないからアレキスに修練場のかかしにされて木っ端微塵になったとか訳のわからないものもあって、彼の後釜を立てるのか否かまだ話がまとまっていないんです」


「…アレキスってのは親衛隊員に切りかかると思われるくらい素行が悪いのか?」



アレキスについて問われたヘウルアはバツが悪そうに苦笑いを見せる。


「いえ…決してそんなことは…。…。…。…。…。…。」


ヘウルアは言葉が詰まった様子で目を強く瞑る。小さく溜息をつくと小声で「はい」と頷いた。



「此度の一件でアレキスが私に協力しているのも、あなた達を殺してもいいと約束しているからです。

無論、クロエにはアレキス相手でも死なない人材を探してもらっていましたが選ばれたあなた達には本当に申し訳ないと思っています」



頭を下げるヘウルア。仮眠室にはしばらくの間沈黙が流れる。


「一つだけ聞かせてくれ。最初の方に言った迫害行為の撤廃。ほんとにそれがあんたの目的なのか?」


沈黙を破ったアーデンの不可解な問に、ヘウルアは顔を上げる。


「…?はい、そうですが」

「嘘だろ」

「!?いえ!間違いないです」

「本当か?」

「なぜ疑うのですか!?」



ヘウルアは身を乗り出すと語調を強めてアーデンを見返す。冷ややかな視線を飛ばすアーデンと対照的に、ヘウルアは明らかに怒っている様子で拳を握る。



「別にこれは俺の勘だから、間違ってたら謝る。でも、あんたはこの前ティージに異端の騎士を増やす指令を出してる。

今までティージの独断でやってた異端の編入を中央からの指示でやるって言うのは、文面以上効力がある。現状迫害を解除してない聖都を除いて、少なくとも中央が異端がティージで息する分には教会は問題視しねえっていうなら、実質的に解決状態だ。

これから別に聖都に入れなかろうが何だろうが、他の町で問題なくやっていけるなら俺達としては文句はねえ。


つまり、あんたは根本的に迫害問題を解決したいんじゃなくて、聖都に異端が入れる状況そのものを必要としてるってことになるだろ」



殺してもいいと言われた人間にしてはアーデンはえらく冷静だった。

感情を押し付けれれること予期していたヘウルアは拍子抜けしたようにストンとベットに座る。


「…わかる、ものなのですね。」

「俺は聖人君主見たことないからな。理念とか理想語ってるやつは、絶対に裏に何かあると思っている」



(お前の目の前に座っているのは正真正銘聖女だから、聖人君主で間違いないけどね)


細目で虚空を眺めるフロスタリアがそんなことを考えていると、ヘウルアは自身の膝の上で五指を組み、その右の親指をじっと見つめる。



「最近よく夢を見るのです。アーデン、フロスタリア。あなた達がアレキスとの試合に生き残れたら、連れてきてほしい人がいるのです」










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