恋とか愛とかそういうのじゃなくて

若生竜夜

結局のところ好きだから

「ええにおいやん。こんばんは。ごはんいっしょに食べへんか」

 日曜日、夕方、庭先で魚を焼いてたら、隣の家のきぃちゃんが、カップうどんを二つかかえてやってきた。

 なんやそれ、猫かいな。魚のにおいにつられるなんて。

 きぃちゃん。お隣のお家の住人。本名はばたけ公章きみあきさん。雀のしっぽみたいな結んだロン毛。無精ひげとややチャラめの服装で、年齢不詳に見えるけど、三十そこそこ、同い年なのは、教えてもらったから知っている。

「七輪ええな。プロパンやと、ふっくら感がもひとつなー」

「ええでー。ここなら炭火で焼いても、クレームもえへんし」

「広い庭のありがたみよ~」

 庭で魚を焼くなんて、きぃちゃんの家以外、近くに住宅がないからできることだ。

 きぃちゃんもあたしも、もともとここいらの人間じゃない。

 先の見えない激務にいい加減疲れて、使い道のない馬鹿みたいな額の貯金で、ドがつかない程度のほどほどの田舎の古い家を買って。まあちょっとリフォームしてとうぶん引きこもってみよっか、て流れてきて居着いた三年前の秋の暮れ。だいたい同じ時期に引っ越してきたきぃちゃんと、お隣ですね、て垣根越しに顔を合わせてあいさつした。

 そっから、顔を合わすたびに、なんやかんや話すようになって。実は同郷だってわかったりとか、同じ銘柄のカップうどんが好きだとわかったりとか、もしかしなくてもけっこう気が合うんじゃない? って、気づいたときにはお互いの家を行き来するほど仲良くなってて――。

「んで、今日はなんやったん」

 並んでしゃがんだきぃちゃんへ、炭火をパタパタあおりながら、水を向けてあげる。きぃちゃんは、なにかに落ち込んでるとき、食料をかかえてうちに来ることがけっこう有るから。今日も雀のしっぽがしょんぼりして見えるし、きっと落ち込んでるんだと思う。

「んん。それがな、ちょーっとショックがでかくてな」

 あたしは七輪の魚を裏返し、きぃちゃんはカップの蓋をペリペリ剥がしながら、ごはん支度の間に会話をする。

「ずっと好きな子がおったんやけど。俺以外のやつとつきあっとってん」

「げふん」

 煙にむせた。思いっきりあおいでもーたわ。

「おったん、好きな子!?」

「おってん。けっこう長いんやで」

「ああ、そうなん」

 ええー、もう、恋愛相談っつか失恋相談か。守備範囲外ですよ、うちの。聞かされてもなぁ、と無言で魚をひっくりかえす。焼き上がるまで、もうちょっとだ。

 こっちの気も知らないで、「あがるで」と声をかけて、うちの台所にお湯を取りに入ったきぃちゃんは、帰ってきて、開け口からのぞく茶色いおあげにお湯を注ぎながら、話を続けた。

「ほんでな」

「うん」と、気が重いながら相づちを打って、耳を傾ける。

「その子のお相手が俳優さんでな」

「へえ」

「美男美女でお似合いや、てネットじゃ言われとんやけど」

「ん?」

 引っかかった。

「ネットで噂になるほどの有名人? で、俳優さんとつきあえる子? きぃちゃん、そんな知り合いおったん?」

「あー、知り合いっつか、俺が一方的に知ってる子で」

「んんん?」

 待った待った、ストーカーとかまさかそっちとちゃうやろな?! きぃちゃんに限ってそれはない、って、思いたい、……んやけど。

「ドラマで共演したのがきっかけやって。画面越しの俺の恋、ジ・エンド」

「そっちかーい!」て盛大につっこんだわ。

「あたしのやさしさ返して!」

 女優さんかよ。ほんまにもう、膝から崩れ落ちるわ。

「やさしさに飢えとんねん。なぐさめたって~」

「知らんわ」

 焼き上がった魚を持って、縁側から居間へあがる。ちゅうちゅうぷすぷす音を立てている魚と、作り置きの惣菜を取り分けて、卓に並べた。二人分としては、ちょっと少ない。

「なあ、このメニューできつねうどんて」

 ふと気がついた。ごはんに、さらにカップうどんてどうなん?

「ええやん。これも食べてちょうどええくらいやろ」

「まーね」

 美味しいし。あったかいし。……きぃちゃんが持ってきたから、食べないって選択肢はない。

「足らんかったら、また持ってくるで」

 一箱有るからと、きぃちゃんは得意そうだ。

「うちにも有るわ。買ったとこやわ」

 近所のお店、しょっちゅうきぃちゃんとも鉢合わせする、二日に一回は行くスーパーで、昨日盛大に売り出しやった。

 いつでも二個は確実に家に有るんやけど、買っちゃったんよ。

 多すぎやわ、て自分でも呆れる。それでも、非常用にとか、なくなるとさみしいとか、なんやかんや理由をつけて置いてるのは、結局のところ好きだからで。

「うちらおんなじことしよるな」と、お互いをさして笑い転げた。

 あー、ええわ。

 のびるから、と先にうどんをすすりながら思う。ええわ、このままが。このままでいるのが。

 恋とか、愛とか、友情とか、みんなすぐに名前付けて、まとめたがる。けど、たぶん大事なのは、そこじゃなくて。

 さみしくなったら、ごはん食べよ。

 いっしょに食べよ、て持ってきたカップうどんをすすってる。このくらいの距離でいいんだ。そういう相手がいるのがいいんだ。

 はふはふと湯気を吹きながら、甘いおあげをかみしめる。いつもの味が、とてもしみた。

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