恋とか愛とかそういうのじゃなくて
若生竜夜
結局のところ好きだから
「ええにおいやん。こんばんは。ごはんいっしょに食べへんか」
日曜日、夕方、庭先で魚を焼いてたら、隣の家のきぃちゃんが、カップうどんを二つかかえてやってきた。
なんやそれ、猫かいな。魚のにおいにつられるなんて。
きぃちゃん。お隣のお家の住人。本名は
「七輪ええな。プロパンやと、ふっくら感がもひとつなー」
「ええでー。ここなら炭火で焼いても、クレームも
「広い庭のありがたみよ~」
庭で魚を焼くなんて、きぃちゃんの家以外、近くに住宅がないからできることだ。
きぃちゃんもあたしも、もともとここいらの人間じゃない。
先の見えない激務にいい加減疲れて、使い道のない馬鹿みたいな額の貯金で、ドがつかない程度のほどほどの田舎の古い家を買って。まあちょっとリフォームしてとうぶん引きこもってみよっか、て流れてきて居着いた三年前の秋の暮れ。だいたい同じ時期に引っ越してきたきぃちゃんと、お隣ですね、て垣根越しに顔を合わせてあいさつした。
そっから、顔を合わすたびに、なんやかんや話すようになって。実は同郷だってわかったりとか、同じ銘柄のカップうどんが好きだとわかったりとか、もしかしなくてもけっこう気が合うんじゃない? って、気づいたときにはお互いの家を行き来するほど仲良くなってて――。
「んで、今日はなんやったん」
並んでしゃがんだきぃちゃんへ、炭火をパタパタあおりながら、水を向けてあげる。きぃちゃんは、なにかに落ち込んでるとき、食料をかかえてうちに来ることがけっこう有るから。今日も雀のしっぽがしょんぼりして見えるし、きっと落ち込んでるんだと思う。
「んん。それがな、ちょーっとショックがでかくてな」
あたしは七輪の魚を裏返し、きぃちゃんはカップの蓋をペリペリ剥がしながら、ごはん支度の間に会話をする。
「ずっと好きな子がおったんやけど。俺以外のやつとつきあっとってん」
「げふん」
煙にむせた。思いっきりあおいでもーたわ。
「おったん、好きな子!?」
「おってん。けっこう長いんやで」
「ああ、そうなん」
ええー、もう、恋愛相談っつか失恋相談か。守備範囲外ですよ、うちの。聞かされてもなぁ、と無言で魚をひっくりかえす。焼き上がるまで、もうちょっとだ。
こっちの気も知らないで、「あがるで」と声をかけて、うちの台所にお湯を取りに入ったきぃちゃんは、帰ってきて、開け口からのぞく茶色いおあげにお湯を注ぎながら、話を続けた。
「ほんでな」
「うん」と、気が重いながら相づちを打って、耳を傾ける。
「その子のお相手が俳優さんでな」
「へえ」
「美男美女でお似合いや、てネットじゃ言われとんやけど」
「ん?」
引っかかった。
「ネットで噂になるほどの有名人? で、俳優さんとつきあえる子? きぃちゃん、そんな知り合いおったん?」
「あー、知り合いっつか、俺が一方的に知ってる子で」
「んんん?」
待った待った、ストーカーとかまさかそっちとちゃうやろな?! きぃちゃんに限ってそれはない、って、思いたい、……んやけど。
「ドラマで共演したのがきっかけやって。画面越しの俺の恋、ジ・エンド」
「そっちかーい!」て盛大につっこんだわ。
「あたしのやさしさ返して!」
女優さんかよ。ほんまにもう、膝から崩れ落ちるわ。
「やさしさに飢えとんねん。なぐさめたって~」
「知らんわ」
焼き上がった魚を持って、縁側から居間へあがる。ちゅうちゅうぷすぷす音を立てている魚と、作り置きの惣菜を取り分けて、卓に並べた。二人分としては、ちょっと少ない。
「なあ、このメニューできつねうどんて」
ふと気がついた。ごはんに、さらにカップうどんてどうなん?
「ええやん。これも食べてちょうどええくらいやろ」
「まーね」
美味しいし。あったかいし。……きぃちゃんが持ってきたから、食べないって選択肢はない。
「足らんかったら、また持ってくるで」
一箱有るからと、きぃちゃんは得意そうだ。
「うちにも有るわ。買ったとこやわ」
近所のお店、しょっちゅうきぃちゃんとも鉢合わせする、二日に一回は行くスーパーで、昨日盛大に売り出しやった。
いつでも二個は確実に家に有るんやけど、買っちゃったんよ。
多すぎやわ、て自分でも呆れる。それでも、非常用にとか、なくなるとさみしいとか、なんやかんや理由をつけて置いてるのは、結局のところ好きだからで。
「うちらおんなじことしよるな」と、お互いをさして笑い転げた。
あー、ええわ。
のびるから、と先にうどんをすすりながら思う。ええわ、このままが。このままでいるのが。
恋とか、愛とか、友情とか、みんなすぐに名前付けて、まとめたがる。けど、たぶん大事なのは、そこじゃなくて。
さみしくなったら、ごはん食べよ。
いっしょに食べよ、て持ってきたカップうどんをすすってる。このくらいの距離でいいんだ。そういう相手がいるのがいいんだ。
はふはふと湯気を吹きながら、甘いおあげをかみしめる。いつもの味が、とてもしみた。
恋とか愛とかそういうのじゃなくて 若生竜夜 @kusfune
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