第39話 ショコラポーション専門店ルピナス開店

「これなら、詐欺のようなことは出来ないね」


 テオフルクの木の樹液。それを鑑定して浮かび上がった言葉は、『種子に触れると、その純度によって輝く』という、偶然にしては出来すぎている効果だった。

どういう進化をすればこんな効能を持つことになるのか陽哉にはさっぱり分らないが、往々にして、生き物とはそういうものである。元の世界にだってどうしてそうなった!?と聞きたくなるような進化を遂げ、不思議な生態や効能を持つ動植物は数えきれないほどいたのだから、このテオフルクの木もそうなんだろうな、と陽哉は考えることを放棄した。


「いろいろ試した結果、樹液でただコーティングするのがポーション自体の効果を損なわず、見た目も分りやすかったんだ。ついでに、溶けにくくなったし」


 ポーション自体に混ぜ込んでみたり、デコレーション用に別のショコラに混ぜてみたりもしたが、一番ハッキリと樹液の効果が現れたのは、単純に樹液でコーティングすることだった。

不思議なことに、そのままの状態では固まらない樹液も、ショコラポーションにコーティングすると飴のように固まってくれた。かといってしばらく舐めないと溶けないという訳ではなく、口の中に入れると水分に反応してスッとなくなる。さらには味もほとんどなく、香りはチョコレートの香りが若干強い程度だからなんの問題もなかった。

そして、樹液が固まるにつれ、その効能は発揮される。

鑑定眼で見た通り、樹液でコーティングされたショコラポーションは、レベル別に輝きの異なる光をはなったのだ。


下級はほぼ光らず、中級はほんのりと、上級はキラキラと輝きを纏っていた。明らかに違うそれは、完全に目印である。

特殊のほうも分りやすく、それぞれ白銀の光に、黄金とピンクゴールド、黄緑の光が僅かに混じって輝いている。どれも混ぜているアレアの蜜、ミフォルの花弁、レーテルの果実の色だ。その輝きは、ラウルスの言うように神々しく、陽哉の言うようにポーションには見えない雰囲気を醸し出していた。



「何はともあれ、開店までに間に合って良かった。しばらくは、これで固定だな」

「ちょっと不満だけどしょうがないわね。まぁ私も売る時、変に難癖付けられるよりいいし」


 エリフィアのその言葉に固まったのは、ラウルスだけだった。


「え、売るとき? フィア嬢が接客を?」

「? そうよ。元の世界でもしてたから」

「ハルヤ、本当に? だって彼女は神獣……」

「え、でもこの姿なら分らないだろ?」

「いやそうだけども」

「フィアなら慣れてるから接客で新しく雇う必要ないし信頼できるし、忙しければフロウも手伝ってくれるし」

「え!?」

「忙しければな。俺は基本的に事務処理や会計を担当する予定だ」

「え、事務処理? フロウディアまで仕事を!?」

「俺も出来なくはないけど、やってくれるっていうから任せる事にしたんだ。こいつ頭良いし。元の世界でも手伝って貰ってたから問題ないよ」

「……」

「?」


 唖然とするラウルスに首を傾げる陽哉は分っていなかった。ラウルスからすれば、いくら親しくなろうとも神獣。そんな彼らが陽哉の護衛以外に、仕事をするなんて思ってもみなかったのだ。

 当の本人達は、仕事するのが当然と思っている辺り、なんとも言えない。


 神獣が働く店。彼らの正体を知る者からすれば、客がなにか粗相をしないかと、冷や汗必須の店である。


 そんなこんなでひっそりとオープンした、ショコラ専門店ならぬショコラポーション専門店“ルピナス”。




 それから数日後、店は大変なことになっていた。





「お、押さないでください!」

「並んで整理券を受け取った人だけが購入できます!」

「個数制限を設けておりますので、ご了承の上お並びください!」

「割り込みしたヤツは並ばせねぇからな! そこの守護団員! おまえだお前!」


 店の前には長蛇の列が出来ていた。その列を捌くラタムと見慣れぬ男女数名。入り口にも一人立ち、店の中がぎゅうぎゅうにならないよう一組ずつ入れている。その対処でなんとか密集を避けている店内では、客の声が飛び交っていた。

「中級5個下さい!」

「こっちは特殊アレアを二つ、いや三つ!」

「う、どうする、上級が欲しいが、いっそのこと特殊のほうがいいかっ。いやでも中級も持っておきたいし」

「おい早く決めろよ!」


 老若男女問わず、それぞれが目的のショコラポーションを購入していく。対応するのはエリフィアとフロウディアだ。


「おい! なんで個数制限なんてあるんだよ!」

「申し訳ありませんが規則ですので。外で並ばれているうちに伝えられているはずですが?」

「んなもん知るか! 客が買ってやるって言ってるんだから売りやがれ!」


 ほとんどの客は注意に従い、目的のポーションを制限内で買っていくが、たまに現れるこういった迷惑な客。

 それも、なんの問題はなかった。


「……理不尽なクレームは対応出来かねるので、お引き取りを」

「あぁ!? なんだと!?」

「出て行けと言ってるんだ」

「ハルの店で問題を起こすなんて、死にたいのかしら?」

「ひぃ!」


 フロウディアの絶対零度の鋭い睨みと、恐ろしい笑みを浮かべるエリフィアにかかれば、クレームを入れるような小者など、敵にも成り得ない。案の定男は、二人から発せられる殺気に腰を抜かす。


「それにここはラウルス王子が管轄する、王子の友人が経営する特殊店。あなた、その身なりだと守護団員ね。資格剥奪で済めばいいけれど」

「す、すんませんでした、も、もう二度と文句なんてい、いいませんので、それだけはどうかっ」

「判断するのは俺達じゃない。……ラタム」

 

 いつのまにか、外にいたはずのラタムが男の背後に立っていた。


「ひっ! ら、らら、らたむさんっ」

「俺もトネリコさんも言ったよなぁ? この店に迷惑だけはかけるじゃねぇと。あぁ? その耳は飾りかおい」

「ひ、そ、それはっ」

「言い訳はいらねぇ。さっさとこいオラァ! とりあえずお前はトネリコさんから説教だ!」

「ラタム、処分は任せるが、そいつ最低一年は出禁にするぞ」

「もちろんです。うちのもんがご迷惑をおかけして申し訳ありませんでした」


 深く頭を下げてから、ラタムは男を引きずって出て行った。


「お騒がせしてごめんなさいね。次の方、ご注文は?」

「え、あ、中級5つと、あと特殊のアレアを、えーっと、」


 男とのやり取りが始まってから唖然としていた客達が、エリフィアの笑みで氷が溶けたようにわっと動き出す。店の中はまた客達の声と、二人の落ち着いた声だけが響いた。


「ハルー! アレアポーションがもうすぐなくなるわ!」

「え、もうっ!?」


 エリフィアに声をかけられて、裏の厨房からバッドにショコラを乗せた陽哉が顔を出すと、店内はさらにわっと賑わった。


「あなたがこのポーションの制作者のハルヤさんですね! お会いできて光栄です!」

「このポーションのおかげで、嫁入り前の娘に傷跡ひとつ残さず治療できました! 本当に、ありがとうございます!」

「い、いえ」


 陽哉が厨房から姿を現したのが分かった扉の外でも、ざわめきが広がっていく。その熱狂ぶりに、ヒクリと口元を引きつらせた。


「なんなのこれ」

「まぁこのスピードは予想外ではあったけど、ある意味想定内よ」

「アキレアに感謝していいのか、もう少し慎重に動けと注意すべきか、迷うところだがな」


 小さく零した言葉に返された二人の言葉。フロウディアのいうアキレアの行動が、この騒動の発端であった。

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ショコラティエの異世界ミッション~異世界で作ったチョコは奇跡のポーションでした~ 雛藤 ゆう @hinayuu

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