第38話 新店と新ポーション
「……がんばって超級の条件見つけるから」
「期待してるけど、無理のない範囲でね」
「おう。……にしても、よくこれだけ再現したな」
「君の希望とエリフィア嬢の希望は最大限取り入れたからね」
新しい店は、森の中にある両親から受け継いだあの店によく似ていた。違うのは元の店よりも更に大きい事だろう。元々白レンガ造りの店は、白い壁が多いシルヴァティカの町並みにも完全に溶け込むデザインだった。
「おいお前ら、いい加減中入るぞ。視線がうっとうしい」
「そうね。中も見たいし、入りましょ」
「あ、そう、だね」
なにせ街の真ん中に王子とその側近と美男美女がいるのである。それだけでも目立つのに、最近急ピッチで出来上がった建物の前にいれば、余計に目立つだろう。荷物を持って側にいるメリアとローマンの居心地がとても悪そうだ。
ラウルスから受け取った鍵を使って入れば、中も森の中の店とよく似たデザインだった。元の店では焼き菓子系が置かれていた棚がなく、小さなショーケースのみ。他は観葉植物や椅子が数個置かれているだけのシンプルながら、色味などは元の店と同じ。ラウルスはあの店に入れないのに、よくここまで再現したものである。はっきり言って、ポーションを売る店としてはミスマッチな気がするが、エリフィアがこれがいい、と押した結果でもあるので、陽哉としても文句はない。
さらには、そんなこざっぱりとした店舗部分とは違い、裏の厨房は森の工房にも匹敵する広さだった。ずらっと並んだ、この世界で最新だという器具機械類もキラキラと光って見える。一階には事務や商談にも使える部屋があと二つあり、二階には工房と同じくいくつかの部屋まで完備されていた。
「師匠、とりあえず、荷物部屋に置いてきて良いですか?」
「ああ、いいぞ。使う部屋は適当に決めといてくれ」
「わかりました!」
弟子達が二階に荷物を運ぶのを見て、改めて建物の中を見回す。エリフィアとフロウディアを入れても五人で使うには、やはり広い。
「これ、森の工房勿体なくないか?」
「あれはあれで、あとから人が増えれば使えるさ」
「……つまりもっと弟子を取れってね。前にも言ったけど、メリアとローマンがある程度上達して店を切り盛り出来るくらいまでは無理だぞ?」
「わかっているよ」
本当なら、あと何人か弟子をとって生産量を増やす必要がある。けれど予想以上に、ポーションの出来にムラがある為に、陽哉はとりあえず今の二人を徹底的に鍛えることにした。そのために、店としては出来上がったものの、宣伝などはするつもりはないし、看板すらない。とりあえずは騎士団納品分が優先なのだ。
守護団に関しては、アキレア達がまず信頼出来る守護者仲間にそれとなく教えることになっている。きっと、噂がすぐに広まると思うけど、とはベリスの言葉だ。
あとは興味本位で店にやって来た一般客にも一応販売も説明もするが、効果を目の当たりにしない状態で購入するものはそうはいないだろう。一般客が購入し出すのは、噂が充分に広がった頃だと思われる。
「ハルヤ、価格は本当にあれでいいのかい? やっぱり安価すぎるんじゃ」
「俺からすれば逆に高すぎるからいいんだよ」
ハルヤの言葉にラウルスが顔を歪めるが、変えるつもりはない。
ショーケースの上のメニュー表には、ショコラポーションの値段が書かれていた。
下級ポーション 一粒500ココ
中級ポーション 一粒2000ココ
上級ポーション 一粒6000ココ
特殊上級ポーション 一粒一万ココ
この国の平民の平均月収12万ココ。守護者は実力と運にかなり左右されるので、稼ぎがないときは平均月収より低く、高いと20万前後。専属パーティや役職はもう少し高いらしいが。そんな収入で一個一万。ショコラとしてみれば高級品だが、命を救うポーションという意味ではラウルスの言うように安いだろう。
ちなみにテオフルクの液状ポーションは一個から2・3本取れ、価格は500ココ。テオフルクが森の中でしか取れなかったという点で、この時点で効果のわりにそれなりの値段だったから、仕入れの安定化を踏まえてあえて下級は同じ値段にしてある。一個で今までの二倍は効果が出るのだから、やはり安いだろう。
そして、中級から一気に値段も上がるが効果も上がる。だいたい、下級ポーションを三・四粒で中級ポーション一粒、中級ポーション三・四粒で上級ポーション一粒と同じような効果があるから、安い方を多く買うか、高いほうを買うかは購入者次第。
切羽詰まった戦闘時にそう何個も食べられるか、といった背景もあって、おそらくそれなりの守護者は下級だけでなく中級上級も買うだろうと、陽哉は予想している。それでも、単純に考えて、中級レベルに回復する為に元のポーション6本以上は飲んでいるのだ。お腹タプタプになるし、値段もそれで約3000ココ。そう考えればいかに陽哉のショコラポーションが画期的で安価か分かるだろう。アレアなどの特殊効果のあるショコラは、今の所陽哉しか作れないがほぼほぼ上級が作れているから、販売も上級のみにしてある。メリア達が作れるようになれば、改めて値段設定するつもりだ。
この価格設定についてもかなり揉めたことを思い出して、そしていまだ納得していないラウルスを見て、苦笑いを零した。
「これでも俺は高い気がするけど、まだ数が出来ないからこの値段。ホントはもう少し低くてもいいくらいだ。ラウだって、ショコラポーションが出回って少しでも国の負傷者減らしたいだろ?」
「……そうだね」
安ければ手に入れやすくなる。それは生存率に繋がり、民が健在であることは国の富にもつながる。王子であるラウルスにとっては、それが一番の望みのはずだ。それだけでなく、守護者や騎士団に広まり、一般にも周知されれば、城壁の外で魔物に襲われた時だけでなく普段の生活の負傷にも対応出来る。
「何が不満なんだよ? 不満っていうか、心配?」
「いや、なんでもないよ」
「ならいいけど」
「ああ、そうだ。今日中にアスターが鑑定師在中証明書を持ってくるから、目立つ所に飾っておいてくれ」
「鑑定士在中証明書?」
「ハルヤは知らなかったね。不正な商売をしないように、この国では特殊な商いをする場合は必ず店舗に鑑定士在中証明書か鑑定士巡回店認定書のどちらかが必要になるんだ。ハルヤのようなポーションや薬の販売や付与武具の販売。魔法書店や核結晶販売店、核結晶を使った器具販売も対象だね。名前の通り鑑定士がその店にいるか、役所の鑑定課で不定期の巡回検査が実施されているかのどちらかだ。あ、ハルヤはちゃんと鑑定士として登録してあるから大丈夫だよ。特殊職用の鑑定士カードも一緒に持ってくるから。あれだけ持ってれば身元証明になるから持っていてね」
「ちょっとまていつの間に?」
「準備だけはしてたから、君が森から出てすぐだね」
「……とりあえず感謝しとく」
一言欲しかったとか言いたいことは色々あるが、手を回してくれるラウルスにお世話になりっぱなしなのは確かなので、陽哉はため息を飲み込んでそれだけ伝えた。
「ねぇハル、ショコラポーションの見た目はあれで固定なの?もうちょっといろいろ増やさない?」
「しょうがないだろ。やっと見た目で判別出来るようになったとはいえ、形を毎回変えてしまったら混乱を招く。基本は半円で固定するよ」
ショコラポーションにレベルがあると分ったあと、陽哉は焦った。見た目が全く変わらないのだ。特殊の三種だけ若干色味が違う程度だった。レベル別に作る型を変える、というのも考えたが、それも陽哉ならば出来るが、鑑定眼を持たない弟子達では出来ない。かといって付きっきりで陽哉が付くのは弟子を取る意味がなくなるし、それだけのために鑑定士を常時させるのも難しい。
いざと言うとき上級を食べようとして下級だと命の危険にも繋がる。袋を分けるとか対処方はあるかも知れないが、見た目が同じでは店で買った下級を上級と偽って転売するような詐欺も発生する可能性もあった。そうなれば、陽哉のポーションの評価にも傷が付きかねない。
そのため、どうにかレベル別に見た目が変わるようにしなければいけなかった。
陽哉がまだ弟子達に付いている今だけの対応作として、目印になるようデコレーション用の色別ショコラを作ってみようとしたが、使ってみた何種類かの果実や花は、組み合わせが悪いのか、どれもデコレーションに使うとポーション自体の効果を下げてしまい、いい材料は見つからなかった。
対応策が見つからず、そうこうしている内に王都で店を持つことが決まったことで、さらに悩みに悩んだ陽哉は、エリフィアに泣きついた。
『雪乃―、なんかいいのない?』
『あったらとっくに教えてるでしょ。植物の効果なら少しは詳しいほうだけど、なんでもかんでも知っている訳じゃないし。特にこの世の動植物は神の手を離れてから常に進化しているから』
『森の恵みや街に売っているありとあらゆる物を鑑定して、使えそうな物を探して片っ端から試作するしかないだろ』
『そうね』
『……それしかないかー。とりあえず森の中からだな』
目を酷使しながら、植物だけでなく、動物や泉の水などまでいろいろ見て回り、特にそれらしい効果がある物は見つけられずに採取した物を持って工房へ戻る途中、あのテオフルクの群生地を通りかかった時、偶然、それは陽哉の目に飛び込んできた。
『……あ』
『ハル?』
『……あった』
灯台もと暗し。陽哉達が求めていた効果のあるそれは、テオフルクの木、その幹から流れ出ていた、樹液だった。
「それにしても、まさかテオフルクの樹液にこんな効果があるとは。今までよりも神々しいポーションになったね」
「まぁ、ますますポーションっぽくない見た目になった気もするけどな」
工房から持ってきて取り出したポーションは今までと違い、淡い輝きを放っていた。
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