第37話 億の1粒

 


とにもかくにも、なんとか商談は纏まり、これでテオフルク不足に悩まされずに済むことになった陽哉。なにからなにまでラウルス様々だ。

 ホッと息をつくと、余裕が出てきた分、気になることが出てくる。


「あの、ディモンさん。下の店舗を拝見してもいいですか?」


 異世界での店というのがとても気になり、陽哉はそう願い出た。その言葉に、モルフォセカは笑みを深める。この部屋に入ってきたときとは違う、瞳も柔らかな笑みだった。


「もちろんでございます。もしなにかお気に召す物ああれば、ハルヤ様でしたら特別価格で提供いたしますので、こちらを提示してください」


 そう言って渡されたのは、一枚のカードだった。黒いベースに、店にもあった、おそらくモルフォセカの家紋か店の印と思われる白い模様が刻印されたシンプルなそれを受け取り、まじまじと眺める。


「我が商会の特別パスでございます。この店のみならず、他の町でも特別価格で提供できますので、是非お持ち下さい」

「(い、所謂ブラックカード的な)あ、ありがとうございます」

「そしたらハルヤ、私は彼と少し話があるから、フロウとフィア嬢と下の店舗を見ていていいよ。終わったら迎えに行く」

「わかった。二人とも行こう」

「ああ」

「ええ、何があるか楽しみね」


 ここまで来てやっと、二人が言葉を発した。伯爵に挨拶させずにいいのだろうかと頭の隅で思ったが、陽哉は自分が下手に声を出して守護団でのようにカオスを引き起こす可能性を考えて、口をつぐむ。

 エリフィア、ハルヤ、そしてフロウディアの順で部屋を出るとき、最後に、フロウディアが顔だけをラウルスに向け、口元に笑みを浮かべた。


「ラウ、信用してやる。そいつも守りに加えて良いぞ」


 それだけをいい、ラウルスが何か返すまえに、その背は見えなくなり、見送ることしかできなかった。



「……敵わないな」


 ふぅ、と息をはき、苦笑いするラウルス。どこか強ばっていた体から力が抜け、ソファに深く寄りかかった。


「ラウルス殿下、先ほどの方はいったい? ……ただ者ではないと思い、問いかけませんでしたが」

「ああ、さすがディモンだ。君なら、適切な対応をしてくれると思っていたよ」

「ラウルス様が、ハルヤ様と同等か、それ以上に気にされていたようでしたので、ハルヤ様のお付き、とも思えず。……やはり、なにか特殊なお立場のお方で?」


 今までよりも気安くディモンの名前を呼ぶラウルスは、彼の相変わらずな観察眼にさらに苦笑いを零す。彼は、この国の伯爵の地位に就く貴族だ。元来の気質も偉ぶるような者ではないけれど、それでも貴族としての威厳を持っている。けれどその観察眼でもって、その威厳をふるってはいけない相手であると判断したからこその、あの対応。そんなディモンがフロウディア達のお眼鏡にかなったらしいと、ラウルスは安堵の笑みで告げた。


「フロウディアとエリフィア嬢。彼らの希望で対等に接することにしているが、本来であれば、私であっても敬意を払わなければならない相手だ」

「……まさか」

「二人は、人型を取っているが神獣だ。そしてハルヤは、神獣のお二人が守る、異世界人だ」

「……」


 ディモンは絶句した。ある程度高貴な方だろうと予想していたが、その上を行く存在だったのだから当然だろう。


「……そ、そのような機密を、私などに漏らしてよかったので?」

「フロウが……フロウディア様が、私の思惑を許してくれたからね」

「先ほどの、守り、というお言葉でしょうか?」

「ああ、ここに来る前に少し強引に、守護団のトネリコとラタムを味方に引き込んだ。私の管轄である騎士団もいるが、信頼出来る守りは多いに越したことがない。直属の部下達は信頼しているが、他となると、完全に、とは言えないからね」

「……それは」

「ハルヤを守ることは、この国の未来を左右する。この国は平和だが、一枚岩ではないからな。ショコラポーションの作り手が増えるまでは、少し強引であっても、彼の周りを信頼出来る者で固めたい。あまりフロウディア様とエリフィア様のお手を煩わせることのないように」

「……その守りの一角にお選びいただいたこと、このディモン・モルフォセカ、しかと受け止め、ハルヤ様のため、励んでまいります」

「頼んだよ、ディモン」

「ハッ」


 こうして、何も知らない陽哉が階下で元の世界とは似て非なる品物の数々に眼を輝かせる時に、フロウディア達が認めた密約が、静かに二人の間で交わされた。

 着々と、陽哉の異世界での地盤は整っていき、また同時に、周りも強固に固められていくのだった。




 モルフォセカ商会との商談の後どのような店にするか、という相談はもちろん陽哉も参加したが、そのほとんどはラウルスとエリフィアによって決められた。そして数日後には、陽哉は王都の一角で、出来上がった店を唖然と見上げた。


「……だから早すぎるだろ」

「ある意味これは国家事業のようなものだからね」


相も変わらずにこやかに笑うラウルスを、隣の隣に控えるアスターも咎めることはない。森の中の工房と同じく、王都に店を構えることはアスターも賛同し、むしろ何よりも優先していたらしい。

そのため、店作りに携わったのは城の補修や増築なども手がける、宮大工のような超一流の職人達。聞けば、森の中の工房にも携わった者達だった。そんな彼らの手によって、もともとラウルスが候補に挙げていた土地にあっという間に店が建ち、モルフォセカ商会で購入した機材などが運び入れられ、内装もあっという間に仕上がった。

早速守護団の仕事に向かう楓花達を見送り、心配しつつもの戻った森の中でせっせとチョコ作り、基ショコラポーション作りに励んでいた陽哉は、予想以上に早く出来上がった店をこうして口をあけて見上げることになったのだ。


「ラウ、コレ、本当に金払わなくていいわけ?」

「何を言っているんだいハルヤ。その件はこの前解決しただろう?」

「いやそうなんだけど」


 店を作る。となれば、本来は土地代と建物代、それに付随して調理器具など本来ならかなりの金額がかかるのは必須。陽哉とて銀行からの融資みたいな制度があるだろうか、なければいいだしっぺのラウルスに借りよう、と思っていたのだが、そのラウルスは最初からお金を取る気はなかったらしい。

それに待ったをかけたのは当然陽哉だ。森の中の工房すら気が引けたのに、こんな街のど真ん中、完全な一等地に建てられるとなって、それが無償でといわれて喜んで受け取れるほど、陽哉は図太くはなれなかった。損な性格である。

 押し問答の末、陽哉はひらめいた。それが、陽哉がたった一粒だけ作り出した、あの超級ポーションだ。


『ラウ、あの超級ポーションを王宮に売ったら、店の資金の頭金くらいにはなるか?』

『むしろ今の価値でいうとおつりを渡さなきゃいけないくらいだよ!?』

『へ?』

『作り手であるハルヤすら、まだ生産工程がハッキリしていない。この世に一つ、なんて、少なくとも、一億ココは行く』

『いちおく、ココ?』


 ココとはなんだ、億って元の世界の単位と同じなのか? そんな疑問を浮かべるハルヤを助けたのは、エリフィアだった。


『ハル、ココ、っていうのはこの世界の通貨よ。この国がある大陸の多くがこのココで統一されているわ。別の通貨の国ももちろんあるけどね。数字の単位は共通。これは、昔の転移者が広めたの』

『それは、つまり』

『まぁ物価の違いはあるけど、ほぼほぼ、ハルの認識する“一億円”と同じだわ』

『うっそだろ!?』


 あの小さな一粒が!? と叫んだ陽哉は悪くない。自分の作った一粒のチョコがダイヤの原石の如く大金となるのだから無理はなかった。



 その後、ラウルスだけでなくアスターも交えての相談の上、超級のショコラポーションがもう一つ出来たらそれを王宮に渡す、という条件で、陽哉の店は建てられる事になった。陽哉としてはすぐに渡してもよかったが、唯一の超級ポーションはなにかあった時の為に手元に残したほうがいい、というラウルスやエリフィア達の主張を陽哉が飲んだ形だ。仮に、超級の条件が判明し、量産できて価値が下がったとしても、数が増えるならそれはそれで王宮としては願ったり叶ったり。

元々は、陽哉の店だけでなく超級ポーション自体にも、ラウルスや王の意向もあって国家事業として臨時予算が組まれる予定だったとさらりと恐ろしい事を聞かされ、おつりはいらないから!とこちらは陽哉が押し切った。なんなら王への献上品という形でもいいからと、焦って言った陽哉の言葉に、一度王と会わせたかったラウルスが、それなら、と了承したのである。

 もちろん、今後確実に超級ポーションが出来るという確証はない。だが、誰もが、出来ないとは思っていなかった。


 こうして、陽哉の異世界での新店舗は、たった一粒のショコラポーションを対価として、無事に出来上がったのである。



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