第36話 モルフォセカ商会

 ラウルスの提案を受けて、ハルヤはモルフォセカ伯爵という人物に会いに行くことになったが、それに同行するのは案内人のラウルスとフロウディアとエリフィアのみとなった。さすがにアキレア達は遠慮をし、それならと楓花が彼らに武器などの必要物資の調達同行をお願いしたためだ。


「だって貴族とかぜったいに面倒!」

「いや楓花、その筆頭とも言える王族が目の前にいるんだけど」

「フウカ嬢は面白いお嬢さんだね」


 そんなやり取りを経て、楓花の事はアキレア達に任せることにし、陽哉はラウルスの案内で移動する。移動に使うのは、馬車と自動車の中間のような不思議な乗り物だった。フォルムはファンタジーなどでよく見るような馬車だが、御者が操るのは馬に繋がる手綱ではなくハンドルである。なのに車のエンジンらしき部分は見当たらない。


「不思議な車だな」

「これは魔力車。魔力石を動力にした車だよ。町の外に出れば生き物に引かせる車が多いが、大きな町の中では魔力車のほうが多いんだ」

「へぇ、こんなのにまで魔力石使ってるのか」

「我が国もだが、多くの国で欠かせない動力が魔力石だからね。この国の一番の産業は人工魔力石の生産なんだよ。他の国より純度の高い魔力石を作ることができ、それを活用することが出来る技術者が多い。その知識の多くが今までこの国に力を貸してくれた異世界人達の物なんだ。だからこそ、この国はここまで発展できた」

「へぇ」


 町には数は少ないが似たような魔力車が走り、人々の活気が溢れている。科学ではなく魔法を中心に発展してきたからなのか、思ったよりも陽哉の感覚では、近代的なファンタジーといった感じの不思議な世界だった。


(異世界人の知識を取り込んで、かつ魔法と合わせて発展させると、こうなるのか)


 過去の異世界人がどの分野の知識を持っていたのかは分からないが、その知識を科学という概念の薄いこの世界で利用するのには相当大変だっただろうと、陽哉は考える。その努力によって魔導工学というこの世界独自の文化となった、ということらしい。


「ああ、見えてきたよ。あれが、モルフォセカ商会だ」


 そこにあったのは、守護団の支部よりも大きな建物だった。


「え、あれが、店? でかくね?」

「店舗になっているのは一・二階部分だけさ。残りは商会の事務所だ」

「へぇ。デパートっていうか、会社が入ってる商業施設みたいなもんか」

「でぱーと?」


 そんなやりとりをしながら、人で賑わう入り口とは別の入り口でラウルスが名をつげれば、そこにいた受付嬢は一瞬固まり、即座に流れるように対応してくれた。


(さすが王室御用達商会の受付嬢)


 驚きの声を上げることもしないのはさすがである。そこまで教育が行き届いているのを見て、陽哉は商会のオーナーに会う事に、不安と期待で胸を高鳴らせた。



「ようこそお越しくださいました。ラウルス殿下」

「突然すまないね、モルフォセカ伯爵」

「滅相もございません、殿下にご足労頂きました事、恐悦至極に存じます」


 そこで待っていたのは、柔らかな笑みを浮かべた、モノクルと白いヒゲの似合うジェントルマンだった。


「して殿下、私は一言お声かけくだされば喜び勇んで登城する心持ちの身。それをご存じの殿下がこうして足をお運び下さった御理由は、お連れのお方にあるのでしょうか?」

「ああ、伯爵に紹介したくてね。私の友人のハルヤと、フロウディアとエリフィア嬢だ」


 ラウルスに紹介され、スッっと視線が陽哉へ移る。見た目は柔らかな笑みであるが、その目は陽哉達を探っていることが分かった。


「お初にお目にかかります。私、この商会を運営しております、ディモン・モルフォセカと申します」

「登藤、あ、ハルヤ・トウドウと申します」


 ぺこりとお辞儀をして名前を告げる陽哉に対し、フロウディアとエリフィアは名を名乗ることはなかった。そのことにピクリと伯爵が片眉だけ動かしたことに気がついたが、ラウルスが笑顔で何も言わなかったせいか、彼も何も口にすることはなかった。


「さて、伯爵なら察しているだろうが、わざわざここに足を運んだのは、伯爵に私の友人をただ紹介する為じゃない。私の大切な友人を、伯爵の店のよきパートナーになれればと、紹介に来たのさ」

「パートナー、ですか?」

「ああ、まぁ見た方が早いだろうね。ハルヤ、あれを」

「あ、うん」


 促されて取り出したのは当然ショコラポーション。出てくる時に念の為キレイな箱に入れてきて良かったと内心ホッとしながら、モルフォセカの前に差し出す。中に入れておいたのは、ノーマルの下級中級上級の三種類と、特化系であるアレアなど3種の上級の6粒。


「これは?」

「ハルヤが作ったポーション、ショコラポーションだ」

「これが、ポーションなのですか?」


 良く見る液薬でも丸薬でもないポーションに、初めてモルフォセカが表情を笑顔から変える。


「失礼ですが殿下、鑑定をしても?」

「もちろんだ」


(この人も鑑定眼を持っているのか。あれ、目の色が……)


 ラウルスが許可を出して数秒後、モルフォセカの目の色が僅かに変化して見えた。


(もしかして、鑑定すると目の色が変わるのか? もしかして俺の眼も? あとで確認しよ)


「こ、これはっ」

「どうだい?」

「まさか、これほどの、これほどの効果のポーションが存在するとはっ」


 モルフォセカの興奮した様子に、にこりとラウルスが笑みを深める。


「伯爵なら分かってくれると思っていたよ」

「もちろんですとも殿下! これはまさに革命でございます!」

「うん、だからこそ、私はコレを広めたいと思っている」

「なるほど、数ある商会の中から我がモルフォセカをお選びいただけたのは、私の鑑定眼と、我が商会の商品の一つ、このポーションの原料であるテオフルクの実が理由でございますね?」

「その通りだ」

「殿下のそのご様子では、我らが成し遂げたテオフルクについての念願もご存じなのでしょう。情報も網羅しているとは、さすがはラウルス殿下」

「優秀な部下が多いからね。それでどうだろうか? 私は伯爵に、ハルヤと提携をして欲しいと願っている。この奇跡を作り出すハルヤを守る意味でも、陛下の忠臣である伯爵ならば任せられると思っているのだが」

「勿体ないお言葉。もちろん、こちらからお願いしたいくらいでございます」

(……うわぁ)


 状況を読む能力はさすが貴族であり商人と行った所か。テオフルクを安定的に卸すよりも、それを陽哉に回すほうが利益になると瞬時に判断したモルフォセカ。


「改めましてハルヤ様。是非とも、我が商会と提携を結んでいただけますでしょうか」

「あ、はい。よろしくお願いしますっ」

「ではさっそく、色々お伺いしたいのですが」


 そこからは、怒濤の商談となった。テオフルクの卸価格やそれぞれのレベル別の単価の調節、ついでに包装関連や店に使用する機材関連まで。一括でモルフォセカ商会へ依頼する代わりにある程度の値下げなど、本当によきパートナーとなる商談内容だ。

 テオフルクの価格については、出来上がったポーションをモルフォセカ商会でも取り扱うということで予想以上の低価格になった。


「本当にいいんでしょうか? 職人は俺、あ、私以外に弟子二人のみなので、まだ量産と言うほどの量は卸せませんが。騎士団へ卸す数もありますし」

「ええ、これは謂わば先行投資。いずれお弟子さんが増え、量産がかなった際に我がモルフォセカ商会で多少上乗せし他の地域へと販売出来ればこちらの利益も確実に望めます。是非とも、お願いしたいのです」

「……わかりました」

「では、商談内容はこちらで纏めて後日お渡しいたします。何かあれば、なんなりとお申し付けくださいませ」

「よろしくお願い致します。……あと、モルフォセカ伯爵様、今更ですが、お、私は貴族というわけでもないので、敬語でなくても」

「とんでもございません! ハルヤ様は殿下のご友人であり、奇跡を生み出すお方。むしろ私のことはぜひディモンとお呼び下さいませ」

「……いやさすがにそれは」

「ぜひ!」

「は、はぁ」

「ハルヤ様は確実にこの国にとってはなくてはならない存在となります。まだその名が轟く前にお会いできてなんと幸運なことか……、そう考えますと殿下、ハルヤ様の叙爵はお決まりに?」

「いや、ハルヤに断られちゃったから叙爵はないよ。陛下も残念がっていたけどね」

「なんと謙虚なっ」

(いや面倒なだけですっ!)


 俺はただチョコが作りたいだけなんです! とはさすがにこの場では言えない陽哉だった。


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