カップ麵売りの少女

@maruidan5nosuke

第1話 カップ麺売りの少女


 それは、ひどく寒いおおみそかの夜のことでした。あたりはもうまっくらで、こんこんと雪が降っていました。寒い夜の中、一人の少女がカップ麺を売っていました。

 「今年の厄を断ち切る年越しそばに美味しい緑の狸はいかがですか。美味しい天婦羅入りですよー。」「新年からアゲアゲで、幸せを太く長く。年明けうどんに、お揚げが美味しい赤い狐はいかがですか。」と、少女は声を張り上げます。

あわただしく行きかう人々も、赤い狐と緑の狸と来ては、少女を無視することなどできるはずもなく、年越しそば用に緑の狸を買ったり、正月うどん用に赤い狐を買ったりしていました。

 その傍らで、みすぼらしい一人の女の子が裸足で歩いていました。女の子の古びたエプロンの中にはたくさんのマッチが入っています。手の中にも一箱持っていました。一日中売り歩いても、買ってくれる人も、一枚の銅貨すらくれる人もいませんでした。女の子はおなかがへり、寒さにぶるぶるふるえながらゆっくり歩いていました。

 カップ麺売りの少女も赤い狐を売るのに忙しく、その場で食べたいお客さん用にお箸やお湯を差し上げながら、自分自身では赤い狐も緑の狸も食べる暇がありませんでした。

 そんなに忙しくても、心優しいカップ麺売りの少女は、みすぼらしい身なりの女の子が裸足で震えといるのを見逃さず、見て見ぬ振りもしませんでした。

 女の子を呼び止めると、女の子が売っていたマッチを買ってあげた上で、お湯を注いだアツアツの赤い狐を手渡します。

 カップ麺売りの少女は、女の子に実演販売だから無料ですよ、食べてみせて、売るのを手伝って、とにっこり微笑みながら話しかけます。女の子が赤い狐をハフハフとたべはじめると、そのかわいらしい姿に、益々お客さんが集まり、一緒に赤い狐や緑の狸を食べたり買っていったりしました。

 そんな中、カップ麵売りの少女が、お湯を沸かそうとして、女の子から買ったマッチを擦ると、なんということでしょうか、暖かそうなストーブや幸せそうな団らん、年末や新年のごちそうの幻が、カップ麺の湯気や、ハフハフと赤い狐や緑の狸を食べる人々の白い吐息に映し出されたのです。それを見た人々を、マッチ売りの女の子からどんどんマッチを買っていきました。

 一通りマッチが売れると、カップ麺売りの少女は、これもたべてね、と言いながら、アツアツの緑の狸を女の子に手渡し、実演販売への協力のお礼だと言って赤い狐と緑の狸がたくさん入った袋を女の子にくれました。

 マッチを売っていた女の子が緑の狸をかわいらしく食べていると、一人の青年がカップ麺売りの少女から赤い狐を買い求め、お湯を注いでもらいました。

 なにしろ忙しく、ずぅうっと、ご飯が食べられなかったので、カップ麵売りの少女は、青年の前で、可愛らしくお腹を鳴らしてしまいました。

 そうすると、青年は赤い狐を掲げて、「お揚げあるけど、あげないよー。でも、これをあげるね。」といって、小箱をカップ麺売りの少女に渡しました。

 カップ麵売りの少女が箱を開けると、中にはとても美しい指輪が入っていました。

カップ麵売りの少女は、婚約指輪らしい、その指輪を見て、大変うれしそうな顔をしましたが、すぐに真顔になり、「これを、こんな状況で渡すようではダメです。もっとロマンチックな渡し方ができるようになるまで、この指輪は私が預かります。」といいました。

 マッチを売り切った女の子は、「おねぇさん、おめでとう!」といいました。お客さんたちも口々に、お祝いの言葉を述べてくれましたが、ひとりのおじさんが、「がんばれ、にぃちゃん」といった途端に、周囲が暖かい笑いの輪に包まれました。

 こうして、暖かい笑いを後にマッチを売っていた女の子は家に帰り、寒さに凍えることなく、赤い狐と緑の狸で暖かく年を越し新年を迎えました。

そうして、カップ麵売りの少女と青年は、そばつゆにたっぷり浸かった緑の狸のてんぷらのようにトロトロな恋愛を経て、赤い狐のお揚げのようにじんわりと甘い家庭を築き、うどんのように太く長く幸せに暮らしたそうです。

めでたし、めでたし。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

カップ麵売りの少女 @maruidan5nosuke

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ