第2話 後編

「んっ…朝か…」



 いつもより長く眠っていたのか頭がはっきりしない。背中を預けていた木から背を離し立ち上がる。体を動かせばはっきりするかと体をほぐしてみると、こちらもいつもより凝り固まっている。


「疲れているのだろうか?」


 今日は休んでいたほうがいいのかもしれないがそういう訳にもいかない。金にあまり興味はないが、生活していく以上ある程度の金はいる。確認してみると財布の中身は心許なかった。


「どこかで依頼を受けるか…」


 そう考えつつ荷物をまとめる。野宿だったせいか未だに体の節々が痛む。今日は出来れば宿で寝たい。とりあえず村を目指そう。


 そうして俺は以前に依頼を受けた村にやってきた。新たな依頼があるかと思ったが空振りのようだ。


「いつの間にか滅んでいたんだな」


 やってきた村には人影がなく、廃墟と化していた。これでは依頼どころかベッドの上で眠れるかも怪しい。念の為村の中を散策してみるがどこも荒れ果てていた。諦めて別の村へ行こうかと考えていると村のはずれにある家が目に入る。


「…………」


 以前に来た時にはここに一人の少女が監禁されていた。当たり前だがもう誰もいない。


「……別の村へ行くか」


 ここに来ることはもうないだろう。盗賊か何かに襲われたか、村人がこの村を見限って他所へ行ったか。この時代、村が滅びるなんてことはそう珍しくない。






 廃墟と化した村を後にして数日。森の中を歩いていた俺はふと既視感を覚える。


「……なんだ?俺はここに来たことがあるのか?」


 疑問に思いつつも歩みを止めないでいた俺の視界が急に開ける。そこにはおそらく家であったであろう瓦礫があり、そこに一人の女性が腰掛けていた。


「お前は…」


「久しぶりねクラース」


 驚く俺に向かってその女性は微笑んだ。








「こいつです剣士様!こいつが魔女です!」


「この少女が魔女?」


 魔女を殺す依頼を受け、村人に案内された先には年端もない少女が蹲っていた。


「そうです!こいつの側にいると時折妙なものが見えるんです!」


「おい、お前は魔女か?」


「……死にたくない」


「質問に答えろ。魔女なら殺さなければならない」


 そう問いかけると急に寒気を感じ、辺りに影のようなものが揺らめいているのが見えた。


「ひいっ!剣士様早くそいつを殺してください!剣士さ…あれ?さっきまで剣を持って…?」


「……チッ」


(打ち消された…無意識か?これでは誤魔化すのは無理だな…)


 影に驚いたのか村人が俺の方に目を向け、俺の手にある杖を見て疑問を持つ。それに舌打ちしつつ再度少女に問いかける。


「もう一度聞くぞ。お前は魔女か?」


「……違う」


「そうか」


 少女の返答を聞いた俺は蹲っている少女に近づき、その小さな体を抱え上げる。


「おいっ!あんた何をしている⁉︎そいつは魔女だぞ!」


「聞いてなかったのか?こいつは魔女じゃない」


「ふざけるな!さっきのを見ていなかったのか⁉︎」


「俺には何も見えなかったな」


 村人にそう答えつつ少女を抱えたまま外に出る。


「待て!そいつをどうするつもりだ⁉︎」


「俺が引き取る。この村からいなくなるならお前も構わないだろう?」


「……死ぬぞ、あんた」


「その時は仕事納めになるだけさ。どうせ俺はいつか野垂れ死ぬ」








「ほら、今日からお前はここに住め。ここにはお前を害する者はいない」


 そう言ってそこの住人に少女を預けようとする。


「……クラースは?」


「俺にはやることがある」


 少女に背を向け立ち去ろうとすると少女が飛びついてきた。


「私もクラースと一緒に行く!」


「やめておけ。俺といてもロクな生き方は出来ない」


「やだ!クラースと一緒にいる!」


「……勝手にしろ」


 こうして俺に旅の道連れができた。






「見てクラース!海だよ海!おっきいねー!」


「あまりはしゃぎ過ぎるなよ」






「すごいっ!辺り一面お花でいっぱい!」


「こんな所があったのか。見事なものだ」






「クラースと出会ってからしばらく経ったけどまだ名前で呼んでくれないの?」


「お前が一人前になったら呼んでやる」






「あれっ?急に景色が…?」


「っ!引き返せ!」





 少女と旅をするようになってしばらくの時が過ぎた。一人で旅をしていた時には復讐のことで頭がいっぱいだったが、こうして少女と旅をしていると各地の景色を楽しむ心の余裕ができた。以前は同じものを見ても何も感じなかったであろうことを考えると、如何に自分の視野が狭まっていたかが分かる。


 だが二人で旅をするのも今日で終わりだ。






「お前を連れて行く訳にはいかない。ここで暮らせ」


「な、なんで…?」


「なんでもだ」


「やだやだっ!もうわがまま言わない!言う事もちゃんと聞く!だから置いていかないで!」


「ダメだ。もうお前を連れて行くことは出来ない。俺がお前にしてやれたことは少ないが…せめて平穏に暮らしてほしい」


「ならクラースも一緒に暮らせばいいじゃん!」


「それは出来ない相談だ。……頼んだぞ」


「待ってよクラース!また会えるよね⁉︎」


「ああ」


 まだ騒いでいる少女達に背を向け歩き出す。そして自分にしか聞こえないほどの声量で呟く。


「あの世でな」








「……成長したな」


「おかげ様で」


 かつて少女だった女性はあの頃の面影を残しつつ立派に成長していた。


「……ここはなんだ?」


「幻影の魔女イザリースの住処よ。もう死んでいるけど」


「……お前がやったのか?」


「ええ、そうよ」


「大したものだ。だがあいつを殺すのは俺の生き甲斐だった」


「それは悪かったわね。だけどあなたではイザリースに敵わない」


「たとえ死んだとしても俺はあいつと戦う為に生きてきた」


「そう。でもイザリースはもういない。仇を殺した私を殺してみる?」


「……それもいいかもな」


 そう言って俺は杖を構える。


「イザリースに敵わないあなたじゃ私には敵わないわよ?」


「その時はその時だ。姉さんの仇の魔女が死んだのなら俺の生きる意味などない」


「…………」


 そして戦いが始まった。いや、戦いとは言えない。俺は終始彼女に遊ばれ、あしらわれ、ただ転がされただけだった。


(……イザリースを殺したのは間違いないようだ。俺ではまったく歯が立たない。あの小さかった少女がここまで成長するとは)


「そんなんじゃ私に傷一つつけられないわよ」


「…………」


(しばらく見ない間に強くなったものだ。……しばらく?)


「隙あり」


「ぐっ…」


(彼女は成長した。だが俺は変わらない。……おかしくないか?)




 




「……もう気が済んだ?」


「…………」


 何度も転がされ、今もまた空を仰いでいる。そのまま彼女の問いに答えず、俺は戦いの中で感じた違和感について考える。いや、違和感自体は戦いの前から感じていた。長い眠りから覚めた感覚、いつの間にか滅んでいた村、ここへ来る時に感じた既視感、成長した彼女、そして変化のない俺。


「……なあ」


「なにかしら?」


「俺はもう死んでいるのか?」


「ッ!」


 彼女が息を呑むのが視界の端に映った。








 森の中をひたすら進む。すると突如視界が開けた。魔女と初めて会った時のように。そこにあった小さな家のドアを開ける。


「あなたは…」


「久しぶりだな幻影の魔女イザリース。姉さんの仇を討ちに来た」


「そう…あの時の少年か。せっかく助かった命を無駄にするとは救えないわね」


「黙れ」


 そう言って魔女へ向かって駆け出す。


「そういえば杖を回収してなかったわね」


 魔女はそう言いつつ正面ではなく、真横に向かって持っていた杖を投げる。


「ぐっ!」


 正面から向かっていくように見せていた幻影は消え失せ、横から向かっていた俺に杖が突き刺さった。


「確かにその杖は幻影を見せる効果があるけれど幻影の魔女たる私に効く訳ないじゃない」


 そう言いつつ魔女は別の杖を取り出す。


「くそっ…!」


「あの世で姉に謝りなさい」


 魔女が杖を投げるのを俺は見ていることしか出来なかった。






 幻影の魔女の住処で二人の魔女が向かい合っている。


「何よあなた!どういうつもり⁉︎」


「いつまで経っても帰って来ないから探しに来たのだけれど……とりあえずあなたには死んでもらうわ」


「舐めるな新参が!死ぬのはあなたよ!」


「年季は関係ない。実力がない方が死ぬだけよ」






「いつまで経っても帰って来ないあなたを探したのだけれど、見つけれたのは魔女の家の側にあった墓だけだった」


 申し訳程度の石が置いてあるだけだったけど、私にはそれがあなたの墓だと分かった。その時に私に目覚めたのは……死者を弄ぶ力。死んだ者の魂を呼び戻しこの世に留める忌むべき力。


「そうか…とりあえず幻影の魔女を討ってくれたのには礼を言う。おかげで姉さんの仇を討てた」


「……礼を言われることではないわ」


「そんなことはない。俺にとってはどれだけ礼を言っても言い足りない。ありがとうノルン。」


「なによ、今更名前で呼ぶなんて」


「一人前になったら呼ぶ約束だったからな。立派になったなノルン。俺なんかよりも」


「……そんなことはないわ」


「そう言うな。イザリースは死に、ノルンが立派に成長したことも分かった。もう思い残すことはない」


「…………」


「だから……もう眠らせてくれないか?」


 結局俺は姉さんの仇を討つことが出来なかった。だが代わりに討ってくれた者はいる。何も成すことが出来ない惨めな人生だったが俺は満足だ。


「……ダメよ」


「ん…?」


 そのまま眠るつもりだったが彼女はそれを許さない。


「何を満足したまま逝こうとしているのかしら?そんなことは許さない。あなたには責任をとってもらわなくてはならないわ」


「責任…?」


「そうよ。あなたには私達を救った責任を果たしてもらわなければならない」




 彼女がそう言うと視界が切り替わる。




「ここは…」


 気がつくと俺達はかつて幻影の魔女が住んでいた屋敷にいた。


「あっ、おかえり。ちゃんと連れてきてくれたのね」


「ほんとだ。あの頃と変わってないわねー」


 そこで迎えてくれたのはかつて魔女の疑いをかけられ、俺に殺すよう依頼がきた女達だった。


「お前達は…」


「久しぶりねクラース。私達を救っておいて先に地獄に行くなんてどういうつもり?」


 かつて依頼を受けていた時に姉さんと同じ境遇の女を殺したくなくて村人を幻影で欺き、魔女の捨てた屋敷に匿っていた。まだ生きていたのは喜ばしいが…。


「……俺は死んだ。ならば眠るのが道理だろう」


「道理なんて知らない。あなたはここで私達と暮らすのよ……永遠に」


 後ろから俺の肩に手が置かれる。まるで逃がさないと言うように。そしてかつて少女だった女性は道理も倫理も外の世界も知らないと嗤う。




「だって私達は魔女だから」






 こうして一つの物語が終わる。かつて魔女を憎んだ男は後に魔女達に囚われた。誰が正しく、誰が間違っていたか議論することに意味はない。魔女、魔女と疑われた女性達、村人、そして復讐者になりきれなかった男。それぞれが思いのままに行動することを止める権利は誰にもない。たとえその結果がどうなろうとも…。

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誰が為の魔女狩り 日野 冬夜 @CELL

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