誰が為の魔女狩り
日野 冬夜
第1話 前編
「君のお姉さんは魔女だ」
「……違う」
「君のお姉さんは美しい。それは男を誑かす為だ」
「……違う」
「君のお姉さんは優しい。それは人に取り入る為だ」
「……違う」
「君のお姉さんは賢い。それは人を陥れる為だ」
「……違う」
「じゃあなんで君のお姉さんは美しいんだ?優しいんだ?賢いんだ?」
「…………」
「ほら、答えられないじゃないか」
「…………」
「君のお姉さんは魔女だ」
この世界には魔女と呼ばれる者達がいる。魔女達は魔法と呼ばれる超常現象を操り人々に恐れられた。彼女達は見た目は普通の人と何も変わらない。その為中には人に混じって生活している魔女もいた。
だが人は自分と違う者を恐れるものだ。ある時村の中で生活していた魔女の正体が露見した。村人達は昨日まで親しくしていたその魔女を処刑しようとした。魔女は嘆き、悲しみ、村人を皆殺しにした。
それから各地で魔女が人に混じって生活していると噂になった。人々は隣人を疑い、魔女と疑わしき者を迫害するようになった。
ここにも一人魔女と疑われ、牢に閉じ込められた女性がいる。
「ねえクラース、私って魔女なのかな…?」
「…………」
薄暗い牢の中で座り込んだ女性が牢の外にいる少年に問いかける。長い期間監禁されているのか、着ているものや美しかったであろう長い金髪は汚れ、くすんでしまっている。
「私なんて何の力も無いただの女なのにね」
そう女性は儚い笑みを浮かべる。
「……魔女だ」
「えっ?」
「……姉さんは魔女だ」
「……クラース?」
「……姉さんは魔女だから牢から抜け出すことができる」
そう言って少年は盗んできた鍵で牢を開ける。
「……ふふっ、それじゃあ魔女の私はクラースを攫って逃げ出すとしましょう」
森の奥深くに追手から逃げる二つの影があった。
「こんな森の奥まで行って大丈夫なの姉さん?」
「心配しないでも大丈夫よクラース。魔女の私が守ってあげるから」
女性がそう言った途端に視界が開けた。森の中に居たはずの二人の前には小さな屋敷があった。
「えっ…?急に屋敷が…?」
「あら、知らずにやってきたのね」
戸惑う二人の隣にいつの間にかローブに身を包み、杖を持った女性が立っていた。
「……魔女?」
「そう、私は幻影の魔女イザリース。知らなかったとしても私の屋敷を見られてしまったからにはあなた達には死んでもらうわ」
「な、なんで?」
「あなた達がここのことを誰かに話したら困るもの。私は他の魔女に比べて戦闘力が低いから幻影でここを隠してたのに知られてしまった」
「……誰にも話したりしないわ」
「信用できない」
「……この子だけでも見逃して」
「残念だけど見逃すつもりはないわ」
女性が弟だけでも見逃してもらおうとするが魔女は聞き耳を持たず、杖を投げるように構える。
「その子から苦しまないように殺してあげるわ」
その言葉とともに唐突な展開に着いて行けず、ただ立っていることしか出来ない少年に向かって杖が飛んできた。
「クラース!」
ビッ!
女性に突き飛ばされた少年の顔に鮮血が飛ぶ。杖は女性の胸に突き刺さった。
「姉さん…?」
「逃げて…クラース…」
「逃がすつもりはないわ」
女性が弟を庇ったことに魔女は少し驚いたようだが、すぐに気を取り直して再度攻撃するために杖を回収しようとすると森の方から声が聞こえてきた。
「こっちの方から物音が聞こえたぞ!」
「逃亡中の魔女かもしれん。油断するなよ!」
「チッ、追われていたのね。ここはもうダメか…」
人が集まってきているのに気付いた魔女は舌打ちをし、溶けるように消えていった。後に残されたのは主のいなくなった屋敷と血塗れで倒れる女性、そして少年だけだ。
「魔女が倒れてるぞ!」
「君がやったのか!すごいぞ少年!」
「僕は…」
少年の姉を追いかけてきた男達は少年が魔女を殺したと勘違いし、囃し立てる。
「その年で魔女を殺すなんて君は英雄だ!」
「僕が英雄…」
「そうさ!君なら他の魔女達も殺せるかもな!」
「僕が魔女を…」
男達はまだ少年に話しかけているが、少年は男達の声など聞こえないかのように呟く。
「僕が魔女を…殺す…姉さんの仇の魔女を…殺す」
「いや…死にたくない…。私は魔女なんかじゃない」
とある村の中で監禁されている女性がいる。彼女は今まで普通に生活していたが、ある日魔女の疑いをかけられ監禁されていた。そしてこの場には魔女を殺す為に雇われた者がいる。
「お前が魔女かどうかは関係ない。お前を殺すよう村人が依頼を出し、俺が受けた。それだけだ」
「なんで私が魔女なのよ…私はただ普通に生きていただけなのに…」
「理由なんかないのかもしれない。あるいは村人にとってただ生きている、それだけでも理由になるのかもな」
姉さんと同じように。
そう思いつつ青年は杖を振り上げる。姉さんの命を奪った忌々しい杖だが、魔女の物だっただけあってこの杖には特殊な効果があった。
「いや…やめて…」
「俺がやめたところでどうせこの村の住人はお前を殺すだろう」
「……そうね」
女性は諦めたように笑い青年を見る。
「先に地獄で待ってるわ」
「いやーありがとうございます剣士様!これでこの村にも平和が訪れます!こちらが依頼料になります」
「俺は依頼を受けただけだ」
「そう謙遜なさらずともいいのですよ!近隣の村でも魔女狩りの英雄と評判です!」
「評判なんぞに興味はない」
長々と会話をする気がないのか青年は金を受け取るとすぐに村の出口へ向かう。
「もう行かれるのですか。この村にもまだ魔女と疑わしき者達がいます。また依頼を出すと思いますのでその時はよろしくお願い致します」
「覚えておこう」
同じ村の住人を疑い、殺害するよう依頼を出す村人には反吐が出る。だがそんな依頼を受け、その依頼料で生活している俺のほうが悪辣だと理解しているので口には出さない。ましてや俺は村人を騙してもいるのだ。ロクな死に方は出来ないだろう。
「行くぞ」
「………」
姉さんが魔女に殺されてからかなりの時間が経った。俺は各地を回り魔女と疑わしき女を殺す依頼を受けている。すべては姉さんを殺した魔女を殺す為にだ。しかし実際に殺すよう依頼されるのは仇の魔女どころか魔女ですらない姉さんと同じような境遇のただの女だ。
だが今までに姉さんの仇の魔女以外に遭遇した魔女がいない訳ではない。一人だけだが他の魔女に会ったことがある。
姉さんの仇の魔女を探して立ち寄った村で山の中にある洞窟の中に魔女が住んでいるという噂を聞いた。詳しく話を聞いてみると本物の魔女のようだ。これまでのように魔女と疑われただけの女性ではなく本物の魔女。
逸る気持ちを抑えつけ準備を万端にし、魔女の住処を目指す。相手は魔女だ。いきなり攻撃されるかもしれない。姉さんが殺されたあの時のように。
姉さんの仇の魔女ではなさそうだが、幻影の魔女の住処を知っているかもしれない。ならば危険だとしても引く気はない。
「話によるとここのはずだが…本当に魔女がいるのか?」
そうしてやって来た魔女の住処とされる洞窟は外から見るとただの洞窟にしか見えない。
だがその疑念も洞窟に入るとすぐに晴れた。そこには俺には何に使うのか検討もつかない器具や素材と思われる植物や鉱物が所狭しと並んでいた。そして洞窟の奥にはこちらに背を向け、器具をいじりながら紙に何かを一心不乱に書き殴っている魔女がいた。
「おい」
「………」
その光景に気押されながらも声をかけるが、聞こえていないのか魔女は何の反応も返さない。
「おい!こちらを見ろ!」
「ん?誰だか知らないが見ての通り私は忙しい。お帰りはあちらだ」
先程よりも大きい声で呼びかけると今度は聞こえたみたいだが、魔女はこちらを見もしない。俺のことなど完全に眼中にないようだ。
「いいからこちらを見ろ!お前には聞きたいことがある」
「邪魔しないで欲しいんだがな。さっさと言ってみたまえ。そして早く出て行け」
俺に帰る気がないのが分かったのか、それとも用事を済ませばさっさと帰ると思ったのか意外にも魔女はこちらの話を聞いてくれるようだ。相変わらず振り向かないままだが。
「お前は幻影の魔女イザリースの住処を知っているか?もしくは知っていそうな奴に心当たりはあるか?」
「知らん。話は終わりだ、帰れ」
「待て!本当に知らないのか?同じ魔女だろう?」
俺の質問を一言で切り捨てた魔女にそう問いかけると魔女は手を止め、溜め息を吐きつつようやくこちらを振り向いた。
「何を勘違いしているか知らないが魔女に仲間意識などない。ゆえに他の魔女のことなど何も知らん。そんなことも知らないのか?」
「………」
魔女の問いかけに俺は答えることができない。魔女狩りの英雄などと世間で言われても、俺は魔女のことを何も知らない。
「分かったら帰れ。私は忙しいんだ」
そう言って再び背を向け、何かしらの作業をしている魔女がどんな力を持っているのか、何の目的でこんなことをしているのか、さらには名前すらも知らない。
「……もう一つ聞かせろ。お前は一体何をしている?」
「それを聞いてどうする?」
「人に害を与えるようなら無視は出来ない」
俺が魔女に勝てるか分からない。いや、負ける可能性のほうが高いだろう。姉さんの仇の魔女でもない相手に命を賭けることになるが、俺のような復讐者を生み出したくない。
そう覚悟を決めた俺だが魔女は相変わらずこちらを見もしない。
「なぜ私が人間を害さなくてはならない?私にそんな暇はないんだ。人間の方から襲ってくるなら別だがね」
「それを信じろと?何をしているか分からない相手にか?」
「信じるか信じないかは好きにしたらいい。ただ私は人間を害する気はなく、何をしているか語る気もない」
「………」
こちらに背を向け、手を止めずに語る魔女の表情は見えない。だが彼女が真剣に作業しているのは分かる。
「聞き方を変えよう。何故そんなことをしている?」
「………」
魔女は無言で作業をし続けている。だがしばらくすると口を開いた。
「友との約束の為」
「……そうか。邪魔をした」
彼女の答えを聞いた俺は洞窟を後にする。魔女に仲間意識はないと言っていた彼女の友が誰なのか知らない。約束の内容も知らない。結局何をしていたかも知らない。どれだけの時間ああしていたかも知らない。
俺は魔女について何も知らない。
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