第1話 オーロラを目指した日

SideN 荒地を這うもの

時は、ジェイと名乗るAIと出会う前日に遡る。



ただ一面に砂漠が広がり、煌々と照り付ける太陽が大気を揺らめかせる。

その向こうに広がる海は、沖合でモーセの十戒のごとく二つに割れて、裂け目は遥か水平線の向こうまで続いている。

 底も見えない水のクレバスの合間からは、天高くまで虹色の大気オーロラを噴き上げていた。


そんな光のカーテンを防塵ゴーグル越しに眺めながら、ネルは砂漠のただなかにバイクを走らせていた。

じいちゃんから昔聞いた話では、あのオーロラの底にはお宝が眠っているなんて噂もあるらしい。


ぼーっとそんな話を思い返していると、やがて小さな町にたどり着いた。

お目当ての店の前に無造作にバイクを停めて、スイングドアをくぐる。

4人掛けテーブルが6つのさして大きくもない酒場。日も傾く前のこの時間では客足もまばらだ。

「いらっしゃいませ~! ってネルじゃない。いつものカウンター、空いてるよぉ。」

愛らしい声で案内をしてくれるのは、この店のたった一人の店員であるルルゥである。

長い琥珀色の髪も、ゆるっとした目元も、厚みのある唇も、このあたりでは男たちが頬を緩ませてこの店に足しげく通う理由になるくらいには目を引く。

もっとも、大概の男は視線が下がりがちなのだが…とため息を吐きながらネルは荷物を足元に置いた。足元の見通しはすこぶる良い。


「はーい、いつものやつでーす! で、今日は大漁だったのかな?」

注文を聞くまでもなく彼女はビールとソーセージを運んできて、そのまま横の席にちょこんと座った。

彼女の問う漁果とは、荒地を這うものクロウラーと呼ばれるネルの今週の仕事についてである。

この荒れた土地のあちこちを駆け回り、土中に埋まった過去の文明の遺産を掘っては売りさばく。今ではロストテクノロジーとなってしまった機械は、この世界のあちこちで利用されている。

「今週も大したことなかったな。電子回路をいくつかと、エンジンの死んだクルマを1台。」

「じゃあ、そんな大きな稼ぎでもないか。

 外を歩き回るのは女の子には危ないんだから、ネルも町で暮らせばいいのにぃ。」

ビールをぐっと煽ると、ネルは煙草に火をつけた。

そう言ってくれるのはルルゥの優しさであろう。

「今さら町に降りて人づきあいも面倒だよ…。」

ネルは、荒地を這うものクロウラー以外の生き方を知らなかった。


ネルは天涯孤独の身だった。森の中で泣いていた赤子のネルを、やはり荒地を這うものクロウラーだった祖父が拾って育ってくれた。

その祖父も2年前に他界し、ネルには祖父とともに砂漠を駆けた生き方だけが残っていた。

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オーロラの底へ ~変わり者AIと二人旅~ 真岡主水 @mondo_moka

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