戦うメイド様は甘味がお好き

ペテン

第1話 プロローグ

信じられなかった。


見るからに華奢でか弱そうな少女だった。

運悪くこの場に来てしまった、哀れで無力な少女だと思った。


何も持たず、金持ちの屋敷で雇われた女が着る所謂メイド服のみで単身現れた少女に口笛を吹いたのは誰だったか。


確かにその少女は美しかった。


金髪碧眼の少女はまるで神によって作られた美そのもののようだった。


乳白色の肌に淡く薔薇色に染まった頬。

その海のように憂いを帯びた蒼い瞳は金糸の睫毛に覆われている。

艶やかに色付いた唇は瑞々しい果実を連想させる。


何処をとっても美しいとしか表現できないほどに完成された美の化身そのもの。


「なんだお嬢ちゃん。そんな格好して……。

俺達にご享受でもしに来てくれたのかぁ?」


「皆様はイタリアンマフィア、ロレンツォファミリー様でしょうか」


下卑た笑みや笑い声、少女の全身を舐め回すように眺める視線も物ともせず、淡々とした口調で少女が口にしたのは自分達のマフィアの名前だった。


それを知っていてここに来たのか。

だが何故確認する必要がある?


「そうだ。まぁ知ったところでお前を帰す訳には行かないがな。

何故ここを知っているのか、どうやって知ったのか吐いてもらおうか」


「質問されれば答えますが」


幼い少女のように、無防備なまでに首を傾げた少女に仲間の一人が近づいていく。


「いやー、それじゃあ俺達がつまんないんだよ。

どうせなら楽しいことをしようか?」


近づいた仲間が少女の腕に手を伸ばす。

目の前まで近寄っても動こうとしない少女。


だが、その手が腕に触れる直前___


「貴方方に触れられることは許可されていません」


何処にそんな力があったのか、伸ばされた手を捻り上げ、足払いを掛け自身よりも体格の大きな男一人を地面へと倒したのだ。


「なっ___?!」


驚きに声を漏らすも、素早い動きで意識を刈り取られた男は気を失いピクリとも動かなくなった。


「こんのっ………クソアマァァァァ!!」


「よせ!!」


仲間が目の前で、それも自分達よりも力も体格も劣るであろう年端も行かぬ少女に倒されたのだ。


頭に血が登ってもおかしくはない。


静止の声も聞かずに


ある者は拳銃を向け


ある者はナイフを振り上げ


ある者は己の肉体で少女に襲いかかった。


「………。」


自身に襲いかかる驚異を前に、少女は先程と同様にその場を動こうとはせずにただ静かに眺めていた。


だからこそ、長年の間に培った己の勘が囁くのだ。


『アレは違う。普通じゃない』


『アレは人間じゃない』


『アレは、化け物だ!!』


「任務を遂行いたします」


小さく呟かれた言葉。


その言葉を己の耳が拾うと同時に目に写った光景は、余りにも信じがたい光景だった。


長いロングスカートの下から現れたのは、艶めかしい太ももと___重火器といった大型の武器から拳銃やナイフといった比較的小さめの武器の数々が顕となった。


そして少女は目にも留まらぬ、精錬された動きで自身に向いくる驚異を一人、また一人と地面へと沈めていった。


拳銃を構えていたものは撃つ間もなく両腕を撃たれ痛みに地面を転げ回った。


ナイフを振り上げて向かっていた者はそのナイフを拳銃で防がれ、もう片方の手に持っていたナイフで足を地面に縫い付けられた。


己の肉体で向かっていった者は、少女の顔を狙って繰り出した拳を避けられ、腹に重く鋭い拳を叩きつけられ泡を吹いて倒れた。


それを見て、恐怖を覚えながらも誰も止まらなかった。


止まれば殺られる。


その思いだけが彼等を動かした。


「……三時になりました。甘味の時間ですのでボスのもとに戻らせていただきます」


一瞬だった。


百人以上居たはずの仲間が、一瞬にして地面に沈んだ。


そして最後に見たのは、己を無感情に眺める残酷なまでに美しい死神の姿と自身へと迫りくる一発の弾丸だった。






_______


_____


___


「おかえりアクア。今日もお疲れ様。

相変わらず時間通りだね」


「ただいま戻りました。

ボス、今日の甘味は何でしょうか?」

人形の様な美しさを持った少女を迎えたのは、少女と同じ年頃の青年だった。


「今日は果物を貰ったからフルーツゼリーを作ってみたんだ」


「流石ですボス。

フルーツの色鮮やかさと瑞々しさが目を楽しませ、甘やかな香りが素晴らしいです」


「ははは、褒めても追加のゼリーしか出ないぞ〜」


そう言ってゼリーの乗った皿を持つこの青年が、世の中から悪だと言われ嫌悪の対象に成り得るマフィアのボスだと見抜けるものがいるだろうか。


「でも、この時間は俺の事を名前で呼んでくれる約束でしょう?」


「はい、申し訳ありません。優雨様」


「うーん、出来れば様付けも敬語も止めてほしいんだけどなぁ……」


「それは………出来ません」


「だよね。大丈夫だよ。

さぁ!おやつ食べよう」


互いに向き合うように席に付き、早速と言った様子でスプーンでゼリーをすくい取る少女アクアの姿を

青年、優雨はその隻眼を柔らかく緩ませながら眺めていた。


形の良い小さな口にゼリーが含まれる。


「!!」


今までの無表情ふりが嘘のように目を見開き、咀嚼し飲み込めば恍惚とした表情で頬を緩ませたアクア。


味わうようにゆっくりと、しかし次々とゼリーを口に運ぶ動作は止まらない。


そして自身の目の前にあったゼリーを食べ終えた途端にシュンと分かりやすく悲しそうな顔をするのだから愛おしい。


その彼女の前に新たにゼリーを置けば、再度輝く蒼い瞳。


それを見るのが、優雨にとっての何よりの楽しみだった。


これは二人だけの時間。


誰にも邪魔されない二人だけの世界。


この殺伐とした世界にしか生きることを赦されなかった青年と、その青年に救われた少女の為の時間なのだ。

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戦うメイド様は甘味がお好き ペテン @charlatan0213

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