怪物祭の群青
木偶坊太郎 (でくのぼうたろう)
1.2100年、羽衣町
仮面を被り、マントを身につけた子どもたちが、歓声を上げて校庭をかけていく。
仮面には縄文時代の土面を思わせる、火焔や水流のような、独特な紋様が彫られている。鹿の角や、カバの牙に見える装飾もついている。マントも同じく、誰もが全く異なる意匠のものをつけていた。
子どもたちは円になり、その中に二人の子どもが飛び出した。二人は互いに向き合い、空手の試合のように身構えた。かと思うと、どこからともなく音楽が聞こえてくる。二人はビートに合わせて体を震わせ、踊り始めた。
その時、二人の仮面とマントがブルブルと震え、形状と色彩を瞬く間に変化させた。表面がざわめき立ち、瑠璃色の蝶や孔雀のように羽毛や鱗に変質していく。
踊る二人は身体を自在に動かし、何度も腕や脚で宙を切った。その度、その軌跡には極彩色のホログラムが出現し、二人はまるで空中に即興で絵を描いているようだった。
周囲の子どもたちも居てもたってもいられなくなり、その周囲で思い思いに踊り始める。
仮面とマントからは、花や香辛料、果物のような芳香がホログラムの煙と共に噴き出しており、辺りには爽やかな香りが満ちていた。校庭にはあちこちにこのサークルが散らばっていて、まるで花園のようになっていた。
空っぽの教室の窓から、それを眺めている少年がいた。仮面もマントも、校庭の子どもたちと比べるとどこか素朴なものだった。
窓から離れ、少年は教室の真ん中に立った。
ふう、とため息をつき、よし、と踊り出す。
仮面から音楽が流れ始める。明るく、軽快な音楽だ。ぎこちない動きでステップを踏み、くるりと回ってみせる。手を振って、空間に群青色の軌跡を残した。軌跡から、ローズマリーの優しい芳香が立つ。仮面とマントに、美しい青海波の紋様が波立つ。
その時、少年の背中にいくつものトゲが浮き上がった。ノイズのようにそれが全身を走り、少年がうめいた。激痛が身体を包んだのだ。
少年はバランスを崩し、教室の床に倒れ込む。息は上がり、鼓動も早くなっている。マントの表面からは、有機溶剤のような悪臭が紫煙と共に噴き出し、マント自体もベチャベチャと溶けはじめていた。
苦しげに仮面を外した少年は、ぜえぜえと荒く息をすると、嘔吐した。
遠のく意識の中で、駆け寄る教師の足音と、子どもたちの歓声だけが少年の耳に入っていた。
これが、私の幼少期の記憶だ。
幼い頃から、自分は皆のようにはなれないことを悟っていた。同じ場所、同じ時間を過ごしても、埋められない溝が私と皆の間にはあり、それは次第に大きくなっていくような気がしていた。そしてその通りになった。いつも。
まずは私、愛染透が生まれ育った町、羽衣町について話そうと思う。
羽衣町は半世紀前、つまり2050年頃まで、山と海に囲まれた、寂れた町だった。古くから良質な服飾品のデザインと生産が主要な産業だったこの町に転機が訪れたのは、世界的複合企業「エス」が本社と工場を羽衣町に移したのがはじまりだった。
「エス」はその頃、人間の精神を読み取って直感的に表現する、特殊な素材を開発していた。それは次第に様々なものに利用され、社会のあり方を大きく変えるものとなった。
「感応繊維」と呼ばれるこの素材が練り込まれた建物、道路、服飾品は、そこにいる人間の精神を、色彩や質感、音や芳香を変容させて映し出した。そして逆に、感応繊維を書き換えることで、人間の精神をも変容させることが出来た。
特に偉大な発明は何かといえば、「仮面」と「マント」だろう。
今では、街ゆく人の誰もが仮面とマントで装っている。その色彩や質感、紋様や芳香で、いわば自己紹介をしているのだ。それらが、精神という複雑怪奇なものを、直感的に表現している、ということは、言葉を介さないコミュニケーションを生み出した。
若者たちは、仮面とマントを用いた演舞に夢中だ。それは小学生の頃から必須科目として習うものにさえなっている。前世紀であれば、ダンスやスケート、ラップのサイファー、バスケの1on1がこれに当たったのかもしれない。
羽衣町はこの半世紀で、超未来都市へと変貌を遂げた。毎日彩りを変える、有機的、生物的に躍動する都市。精神世界と物質世界が調和し、壮大なハーモニーを奏でる美しい都市だ。
ただ、そこには例外もある。
私のような、「不適合者」たちだ。
怪物祭の群青 木偶坊太郎 (でくのぼうたろう) @Dekunobo
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