赤鼻のブラックサンタクロース

二月こまじ

赤鼻のブラックサンタクロース

 みんなはブラックサンタクロースって知ってる?

 ボクが友達から聞いたのは、悪い子を袋につめてどこかに連れて行っちゃうって話。

 それを聞いたボクは怖くて仕方なかったんだけど、パパがいい子のところには来ないよって言ったから、それからは頑張って嫌いなブロッコリーも残さず食べるようにしたんだ。

 だから、ボクのところにはブラックサンタクロースは来ないって思ってた。

 そう思ってたんだけどね。


 その日は吹雪が吹き荒れる夜だった。

 寝ていたところを、窓の外をドンドンと叩く音で目が覚めたんだ。

 ボクの家は石造りだから、雪の日は凄く冷える。だから、絶対布団から出たくないのに、その音ときたら太鼓みたいにうるさくて、全然鳴り止まなかった。

 ボクはしばらく無視してたんだけど、あまりにも煩いので目を擦りながら仕方なく体を起して、少しだけ窓を開けてみた。

「なぁに?」

 目を擦りながら聞くと、外にはおじさんが立っていた。

「あぁ、良かった! 間に合った!」

 おじさんはほっとしたように、大声を上げた。頭には雪が積もって、鼻の頭が赤くなっている。随分長いこと外にいたみたいだった。

「おじさん、だあれ?」

 ボクが聞くと、おじさんはちょっと変な顔をして頭を掻いた。ボサボサの頭は鳥の巣みたいになっているけど、これは多分外にいたせいじゃなくて、もともとそうなんだと思う。

「俺は、サンタクロースだよ」

「サンタクロース? でも、そんな真っ黒な格好なのに?」

 おじさんは上下とも真っ黒なスーツを着て、真っ黒なネクタイを締めていた。パパがお仕事に行く時の格好に似てるけど、もっと真っ黒だ。ただでさえ真っ黒なのに、濡れて更に黒くなってる。髭も生えてるけど、白くないし、長くない。とにかく、どこもかしこもサンタクロースには見えなかった。

「あ……」

「なんだい?」

 ボクはこの時、やっとブラックサンタクロースの存在を思い出した。言い訳みたいだけど、とにかく眠くて、寝ぼけてたんだ。なんて事だ。ちゃんと、ブロッコリーも残さず食べていたのに、ボクは悪い子に認定されてしまったのだ。ボクがどんな悪い事をしたって言うんだろう!

 返事を待っているブラックサンタクロースに、ボクは首を振った。

「な、なんでもない……」

 お化けに向かって、キミはお化け? って聞く人はいないだろう。ブラックサンタクロースだって同じだ。ボクはなんとかして、この場を乗り切らなきゃいけない。

「そう? じゃあ、とにかく家の中に入れてくれない?」

 ブラックサンタクロースが大きな白い包みを取り出しながら言った。

「ぎゃーッ」

 思わず叫んでしまったボクに、ブラックサンタクロースが眉を潜める。

「一体どうしたってんだ」

「そ、その包み、どうするの?」

 恐々と聞くボクに、ブラックサンタクロースが呆れたように言った。

「クリスマスプレゼントが入っているに決まってるじゃないか」

「ほ、本当?」

 ボクをその中に入れて、どこかに連れ去ってしまうんじゃないの?

 そう聞きたいけど、怖くて言えない。

「当たり前だろ? 見せてあげるから、俺を家に入れてくれよ」

 やけに家に入りたがるのが怪しい。やっぱり、こいつはブラックサンタクロースなんだ。ボクは勇気を振り絞って、必死に窓を閉めようと踏ん張った。

「おいっ、こらっ、いいから家に入れろっ!」

 ブラックサンタクロースはとうとう本性を現した。凄く怖い顔で窓をこじ開けようとしてくる。

「いやだいっ! 帰ってよっ!」

「絶対帰ってなんかやるもんかっ。俺も中に入るからなっ」

 血走った目で僕を見て、肩をグィッと窓の隙間に差し込んできた。ボクは恐怖でぎゅうっと目を閉じた。

 その時。

 北風が窓の隙間からビューッと吹き込んだ。

 冷たい吹雪が、ボクの頭を通り過ぎる。寝ぼけてたボクの頭が、ちょっとだけすっきりした。

 それで、思い出した。

「だって、パパは死んでないから、ここに入れないよ」

 血走ったパパの瞳が、一気に潤む。窓を掴んでいた手から力が抜け、凍りつく寸前のように震えた。

「エイジ……エイジ……」

 ボクがブラックサンタクロースだと勘違いしていたパパは喘ぐようにして、ボクの名前を繰り返し呼んでいる。

 そうだ。ボクはクリスマスの一週間前、トラックに轢かれて死んじゃったんだった。

 最近はなんだかずっと眠くて、凄く記憶が曖昧なんだ。

「エイジ……俺も行くよ。俺も、中に入れてくれ」

 パパは縋るように、窓の隙間から必死に手を伸ばしてきた。

 でも……。

「入れても、パパとボクは同じところに行けないよ」

「──え?」

「パパ、首吊りをしたんでしょう? パパがこのまま死んじゃったら、ボクと同じところに行けないんだ」

「そんな……」

 パパはすごくショックを受けているみたいだった。

 酷く項垂れて、滝のように涙を流している。こんなに泣いているパパを見るのは初めてだった。ボクはなんて言っていいか分からなくて、ボンヤリそれを眺めていた。

 ずっと泣いていたパパだったけど、暫くして、やっと顔を上げた。すごく、暗い瞳だった。

「せめて、最後に抱きしめさせてくれないか……」

「でも……」

「いいから」

 パパは少し強引に、また窓の隙間を広げてきた。そして、ボクの体を掴もうとする。

「家に入れないなら、お前を連れて帰る。この袋に入れていけば……っ!」

 ボクに触れようと伸ばした指先が宙を切った。そりゃ、そうだ。ボクの肉体はもうないんだから。

「そんな……」

「ごめんね、パパ」

 パパの顔が絶望的に歪んだ。

 この時、ボクは自分がどんなに悪い事をしてしまったのか、やっと分かった。

 パパにこんな顔をさせるなんて、ボクは世界一悪い子なんだと思う。

「ごめんね」

 もう一度謝った。パパは無言でボクを見つめた。やがて、パパはポツリと呟いた。

「せめて……」

 嗄れたおじいちゃんのような声だった。

「せめて、プレゼントを受け取ってくれないか」

 白い袋の中には、ボクがずっと欲しかったクマのぬいぐるみが入っていた。

「いいの? ボク、悪い子なのに」

 ボクの言葉に、パパは大袈裟に驚いた。

「誰がそんな事を言ったんだい? お前は世界一いい子だ。パパの子に生まれてきてくれて、ありがとう」

 パパは優しくそう言いながら、クマのぬいぐるみを窓の隙間に差し入れた。

 そっと手を差し出すと、ぬいぐるみの感触がしっかりボクの手にも伝わってきた。まるで、パパの温もりがぬいぐるみから伝わってくるようだった。きっと、今日はクリスマスなんだ。だから、神様がサービスでちょっとだけ奇跡を起こしてくれたんだと思う。

 だって、ボクもずっとパパに会いたいって思ってたんだ。パパの顔を思い出せなくて、布団の中で凄く寂しくて、辛かった。

「メリークリスマス、パパ」

 ボクはパパの顔を、今度こそ忘れないようにしっかりと焼き付けた。最後に見たパパは、泣いてたけど、いつもみたいに優しく微笑んでくれた。

「メリークリスマス、エイジ。よい夢を」


 

 それから、どうしたかって?

 パパは髪を切って髭を剃って、ちゃんと仕事に行くようになった。

 ボクの家の前にも毎週来てくれるけど、中にはもう入って来ようとはしない。お花とボクの好きなココアだけ置いて帰っていく。

 最近では、たまに笑顔も増えて、普通の生活に戻っているように見える。

 でも、ボクは知っているんだ。

 クリスマスの夜に現れる、ブラックサンタクロースの正体を。

 だからね。どうか、怖がらないで。

 ブラックサンタクロースがキミの前に現れたら、お願いだからボクの代わりにぎゅうと抱きしめてあげてくれないかな。

 そしたら、きっと、大きな袋の中から、とびきりのクリスマスプレゼントをキミに渡してくれるはずだから。

 じゃあ、ボクはそろそろママが呼んでいるから逝くね。

 メリークリスマス!


 

 fin

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赤鼻のブラックサンタクロース 二月こまじ @nigatukomaji

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