行き着く先は原点

琉水 魅希

第1話 私(きつね)と彼女(たぬき)どっちを取るの?

「結局行き着く先は原点なんだよな。」


 夜勤へ行く前に夜食として持って行くための、パンとカップ麺を選んでいた。

 夜勤は何もなければ詰所で待機しているだけだけれど、故障や呼び出し、発報があれば出動する。

 忙しい時は始まって直ぐから、翌日の日中勤務の引継ぎ時間まで対応となる事もある。

 いわば夜勤は波と言っても過言ではない。


 待機中は携帯弄ったり本を読んだりしても構わないが、基本仕事である。

 もちろん日常業務でこなしきれなかったパソコン業務を行っても良い。寧ろそういう事に時間を割く人が殆どだ。

 当たり前と言えばその通りである。

 

 当然夜勤中は仮眠時間も取って良い。大体の人は1時くらいに布団を敷く。

 これも時代の変化か、夜勤の時間が始まって直ぐに敷く人もいる。

 流石にそんな時間から布団に入る人はいないが。


 深夜帯は1時から4時となっており、この時間に出動した場合は残業を取って良い事になっている。

 19時50分から翌朝8時50分までの長い時間の勤務故の時間割や仮眠、残業措置となっている。


 夜勤中は家で夜ご飯を食べてくる人もいれば、少し早めに出勤しコンビニ弁当や家から持参した弁当などを食べる人もいる。


 基本的には自宅で17時頃に軽めの夕飯を取り、18時前には家を出る。

 そして19時半前には詰所に到着する。

 22時頃に家から持参したパンとカップ麺を夜食として食べる。

 もちろん、出動してしまえばその限りではないが、詰所に待機中の状態であれば夜食のタイミングは大体同じだ。

 出動すれば当然22時がどうとか言ってる場合ではなく、戻ってきてから24時頃に食べる時もあれば、食べる余裕もなく翌晩に持ち越す時もある。

 1時過ぎたら布団を敷いて仮眠を取る。これが夜勤時のスタイルだった。


 パンは大体チョコやコーヒー系が好きなので菓子パンの部類が多い。

 カップラーメンは色々なものを試すが、あまりこれが!というものがなかった。


 有名なラーメン店監修といっても、そこのラーメンではない。

 あくまでカップ麺はカップ麺という一つの食べ物なのだ。


 ラーメンとは似て非なるものなのだ。

 そのため、値段の高いものや有名なラーメン店監修と呼ばれるカップラーメンは正直期待外れが多い。

 恐らくは値段やそのラーメン店への期待の高さからくる現実が大きな理由だろう。


 その点、昔からあるカップ麺は違う。

 毎年色々な商品が開発される中、現在でも廃止される事無く販売されており、安定の味を提供しているのだ。


 マルちゃんの赤いきつねと緑のたぬき。

 この『仕事と私、どっちを取るの?』と同等なくらいどちらを選んで良いのかわからない天秤もまた心に残っているのではないか。


 安定の味を……安定の美味しさを提供してくれるのは流石だ。こういうのを企業努力と言うのだろう。

 正確にはあまり表に見えないが、消費者には見えない努力と言うのだろうか。

 新しいものが悪いと言っているわけではない。

 古く良きものを押し付けるわけでもない。


 人間が母親の胎内を安定・安寧と考え、赤子が安心を覚え、歳を取り死の淵で思い出すように。

 カップラーメン……うどんやそばもだけれど、一周廻って原点こそが至高だと感じるのではないだろうか。



「さて、4直は長い。今日は初日だし荷物が多いから小さいのにしよう。」


 そして翌日、2直目の出勤前に、再び買い置きしたカップ麺の中から一つを選ぶ。


「今日は緑のたぬきにしよう。蕎麦の気分だ。このスープと蕎麦の食感が素敵だ。さくさくの揚げも良い。」


 さらに日は経ち最終日。いくつかのカップ麺達の中から赤いきつねを選んだ。


「結局行き着く先は原点なんだよな。子供の頃から親しんだ味は大人になった……おっさんになった今でも忘れられない。」

「麺の食感、可愛いなると、油揚げに沁み込んだスープと噛んだ時に出る出汁の味。忘れられない。類似商品は存在してもこの味はマルちゃんならではだ。」


 基本的には夜勤の時にしかカップ麺の類は食さない。

 食べる機会自体は少なくとも、食べるとすればやはり昔からある赤いきつねと緑のたぬきに行き着く。


 安心と安定の味、それが昭和から続くカップ麺の歴史ではないだろうか。

 年越し蕎麦に緑のたぬきを食べる人の中には懐かしさを見出したからではないだろうか。


 ホッと一息つける何かが赤と緑、きつねとたぬき、うどんと蕎麦にはあるのかもしれない。



(それで?今日は赤いきつね緑のたぬき彼女どっちを取るの?)


 なんだか妹と幼馴染と彼女に腕を引っ張られながら究極の選択を迫られているような気がした。

 もちろんそれらの妹や幼馴染や彼女なんてものは存在しない。


 ただ、赤いカップと緑のカップ、油揚げとかき揚げに見つめられている気がしてきた。

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