4. 私達のゴール!

 私の解答は正解だった。

 第三の試練を突破し、祠宝しほうのある最奥のフロアへとたどり着くことができた。


 このフロアは、松明たいまつが無くとも明るい。

 どうやら床や壁自体が発光する不思議な材質でできているみたい。

 私は松明たいまつの火を消して、フロアの中央にたたずむ彫像へと近づいていく。


「三つの試練を乗り越えて、あなた・・・の前に訪れたわよ――」


 それは見上げるほどに巨大な彫像だった。

 材質はハッキリとはわからないけど、大理石に似ている。

 その造形は、水晶の大鏡の上にまたがる、女性の顔にライオンの体を併せ持ったモンスター。

 以前呼んだ文献にこのモンスターのことが書かれていたけど、古代人が遺跡の守護神として祀った聖獣であるらしい。


「――これで会うのは二度目・・・ね」


 そう。初めてじゃない。

 ダンジョンを七周する間、このフロアへたどり着いたのはこれで二度目。

 一度目は、条件を・・・満たせず・・・・にスタート地点へと戻されてしまい、クリアには至らなかった。


「ユイちゃん、鏡の中に」

「宝箱が見えるな、ユイリィ?」


 聖獣の像が抱える大鏡には、正面に立つ私の姿は映っていない。

 その代わりに、鏡の中にはこことは別の部屋が見えていて、祭壇の上には黄金に輝く宝箱が安置されている。

 さらに祭壇の奥には、隙間から太陽光が注いでいる小さな扉が……。


祠宝ゴールが見える」


 そう。

 私達の目的だった祠宝しほうはもう目の前。


 想像するに、鏡を通じて祭壇のある部屋へと道が開かれるのだろう。

 これこそダンジョン〈グライアイ〉の最後の仕掛けに違いない


「第三の試練の時みたく、鏡に触ればいいんだよね?」

「そうだね。そうすりゃ、きっと大昔の人間の伝言メッセージが見られるんだろうよ」


 私の心臓が激しく脈打ち始めた。


 ……怖い。


 今回もまたスタート地点に戻されるわけにはいかない。

 これ以上・・・・はもう限界だから。


「どうかお願い――」


 私は泣き出したい気持ちを押し殺し、大鏡へと指先を触れた。


「――神様……っ!」


 鏡面に波紋が広がっていく。

 波紋が止んで鏡が白く光った後、古代語エンシェントワードの文章が鏡面へと浮かび上がる。


 ――さかしき者達よ。よくぞ祭壇へと参られた――


「さんざん苦労させやがって。さっさと祠宝しほうをよこせってんだ」

祠宝しほうってどんな物なのかな? 楽しみっ」

「そうね」


 ――汝らの健闘を称え、我が祠宝しほうを授けよう――


「おっ。祠宝しほうをくれるってさ」

「黄金なのかな。宝石なのかな。それとも聖杯とか聖剣みたいなものかな」

「どうかしらね」


 ――スカラベがさなぎから孵化ふかするうちに、鏡面へと三人の手のひらを当てよ――


「スカラベって何? さなぎってことは虫なの?」

「古代人が崇拝していた神様の使いよ」

「虫が神様の使いって、変なの~」

「初めて知った時、私もそう思ったわ」


 私は、利き腕の手のひらを鏡面へと当てた。


「ここでも謎かけかい。これはどのくらいの時間を意味するのさ」

「12時間以内に、という意味よ」

「虫ってさなぎから孵化ふかするのに、普通何日もかかるもんじゃないのか?」

「スカラベは太陽の象徴。日没から夜明けまでの比喩ひゆよ」


 鏡面に触れている手は、私のものだけだった。


「さすがユイリィは博識だな」

「うんうん。頼りになるぅ~」


 ……やっぱりダメか。


「ユイちゃん、どうしたの。お腹でも空いた?」

祠宝ゴールを前にして、気が抜けたのかい」

「携帯食、まだ残ってたよね」

「朝食と夕食で一食ずつ・・・・、三人分残ってるけど実質一人だから・・・・・・・、あと三日はもつだろうね」


 ……そうよね。


「私さぁ、もしかしたらと思っていたの――」


 ……最初から・・・・そう書いてあったものね。


「――もしかしたら次に来る時は、一人でも・・・・扉が開くかなって」


 ……アニタもヴァフィも。


「ユイリィ。そりゃ無理だろう」

「だって鏡には、三人て書かれてるしねぇ」


 ……ここには・・・・居ない・・・んだものね。


「ああ。荷物は捨ててきたんだよな」

「だよね。荷物は捨てちゃったんだよね」


 ……荷物じゃないわ。


「気に病むな。もう済んだことなんだから」

「そうそう、仕方ないよ! 切り替えて行こっ」


 ……私、一人で何やってるんだろう。


「もう口が疲れたな……」


 私は、鏡から手を離した。


「条件を満たさないまま12時間経てば、私はスタート地点へと戻される。……その間、ここで何をしろって言うのよ」

「前もその時間、ず~っと独りで寂しかったんだよね」

「あたし達とおしゃべりしたいって気持ち、わかるよ」


 私は、その場に膝から崩れ落ちた。


「ユイリィ。八周目、行くのかい?」

「ユイちゃん。八周目、挑戦する?」

「ヴァフィ、アニタ。あなた達、こんな時に本当はなんて言うのかな……」


 何もおかしいことなんてないのに。

 私は、他に誰もいないフロアで一人笑い続けた。



 ◇



 ――12時間後。



 ◇



 薄暗いダンジョンの中、石の扉が大きな音を立てて開いていく。


「はぁ。戻ってきちゃったか……」


 また・・最初からやり直し。

 いつになったら、このダンジョンをクリアできるのかしら。


「だいじょぶ、仕方ないよ! 切り替えて行こっ」

「失敗は成功のなんとやらってね。諦めなければクリアできるさ」


 これでやり直しは何度目かな?

 最後の最後で下手打って、スタート地点まで戻されてしまった。


「だいじょぶ」

「次こそは」

「次って何周目? 四周目だっけ」

「馬鹿。三周目だろう」


 ……。


「八周目よ」


 ……。


「そっか」

「次こそは」

「きっと」

「出られるさ」


 ……。


「きっと出られる?」


 ……。


「この地獄から?」


 ……。


「だいじょぶだってば。だって」

「あたし達が一緒じゃないか」


 ……。


「一緒じゃない・・・・


 ……。


「そだね」

「でも、認められないんだろう?」


 そう。

 だって壊れてしまうもの。


「今まで独りで何日も何日も」

「これからも独りで何日も何日も」


 この誰もいないダンジョンの中で。


「……あっははははっ。ウケる」


 乾いた笑いが止まらない。


「さぁ、行くよ。アニタ、ヴァフィ」













 ――私が死ぬまで。

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ダンジョン・ルーパー R・S・ムスカリ @RNS_SZTK

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