サンタクロース

(まさかあの時のあの子が、藍香だったなんて、な)


藍香が語った『サンタクロース』の話。

誠司には身に覚えのある話だった。

それは、誠司がまだ中学生で、引きこもりがちだった頃のこと。

幼い頃に通っていた学童の先生からの、頼まれごとだった。



”誠司くん、予定が無いなら、うちの学童のクリスマス会で、子供たちのサンタクロースになってくれないかな?”

「はぁっ?オレが?」


ひとり親の家庭で育ち、独りでいることに馴れていた誠治は、学童に通う他の子たちの輪に入ることができず、いつも独りで自分だけの世界に入り込んでいるような子供だった。それをからかわれてトラブルとなることも多く、さんざん心配を掛けたうえに、今でも誠治を気にかけてくれる学童の先生には、頭がまったく上がらない。

だから、時々頼まれて、裏方の仕事を手伝う事もあった。

でも。


「なんでオレがサンタなんか・・・・」


裏方の仕事を手伝うなら、まだ分かる。

もともと誠司はあまり人づきあいが得意な方ではなく、子供の相手も苦手だ。

それを分かっていて、先生はなぜそんな事を言うのか。

いくら先生の頼みとはいえ、誠司は断る気でいたのだが。


”ほら、うちの学童って、男の人少ないでしょ。それに、先生がサンタクロースの格好をしたって、すぐにバレてしまうのよ。だから、子供達に顔を知られていない誠司くんなら、ピッタリだと思って”

「いやいや、だいたいオレ、まだ中学生だぜ?サンタクロースって、じいさんだろ?オレには無理だって」

”大丈夫大丈夫、それはこっちでなんとかするから。じゃ、頼んだわよ!”

「おいっ、ちょっ・・・・マジかよ」


先生からの電話は一方的に切られていて、誠司には断る隙も与えられなかったのだった。



「亮、一緒に学童のクリスマス会、行かねぇ?」


どうしても1人で行く気にはなれず、誠司は同じ学童に通っていた亮に声を掛けた。

同じ中学で、クラスも一緒。

あまり友達の多くない誠司にとって、亮は数少ない友達の1人だ。


「いいねぇ、学童行くなんて、久し振りだよ!」


ノリのいい亮は、二つ返事で誠司の誘いに乗ってくる。


「で、何すんだ?子供達と一緒にゲームやるとか?」

「ちげーよ。サンタクロースやれ、って」

「は?」

「『は?』だよなぁ?よりによって、なんでオレがサンタクロースなんか・・・・」


てっきり同感の返事が来ると思いきや、亮は笑って言う。


「じゃあ俺、トナカイやるよ!」

「はぁっ?」

「だって、サンタクロースが2人もいるなんて、おかしいだろ?サンタクロースは、1人で十分。だから、俺はトナカイ。赤鼻のトナカイなんて、いいかもな!」

「ちょっ・・・・ちょっと待て、亮!じゃ、オレがそのトナカイやるから、お前はサンタクロースを」

「サンタクロースをやってくれって言われたのは、誠司だろ?」

「・・・・ま、まぁ・・・・」

「じゃあ、誠治がサンタクロースやらないと。さっ、これから早速ドンキ行こうぜ。サンタクロースとトナカイの衣装、見てみないとな!」


予想外にノリノリの亮を、誠司はあっけにとられて眺めていたが、大きな溜め息を吐くと、亮の後を追うように歩き出した。




『いいか、亮。プレゼント配り終わったら、早いとこ引き上げるぞ』


学童のクリスマス会に向かう道で、誠司は亮に念を押した。

渋々ながらも、一応先生の頼みを引き受けてしまった誠司は、サクサクとプレゼントを配ってさっさと帰る事ばかりを考えていた。


「みんなー!みんなに会いに、サンタクロースとトナカイさんが、来てくれましたよー!」


先生の呼びかけに目を輝かせた子供達が、誠司と亮の周りに群がる。

騒々しいくらいの子供たちの歓声に顔をしかめた誠司の脇腹を、亮がつついた。


「誠司、笑顔っ」

「わかってるよっ、だいたい、こんなモジャ髭付けてたら、どんな顔してるかなんて、分かんねぇだろ」

「それでも、笑顔!サンタクロースは、子供たちの夢なんだよ?」

「分かってるってっ」


小声でのやりとりを終えると、誠司は腰を屈めて子供達と目線を合わせ、無理やりに笑顔を作る。


「さぁ、いい子にしていたみんなに、プレゼントを持ってきたよ。みんな、順番に並んでくれるかな?」


はーい!


という素直な返事と共に、誠司の前に子供達の列が出来上がる。

ちょっと離れたところでは、学童の先生たちが、なにやらバタバタと慌てた様子で走り回っているのが見えた。


『いない?どこにも?』

『ええ、ちょっと外見てきます』

『困ったわね、どこ行っちゃったのかしら・・・・』


ほどなく、並んでいた全ての子供たちにプレゼントを配り終えたのだが、人数分のプレゼントが入っていたはずの袋の中には、何故かポツンと一つ、取り残されたような包みが見える。


(誰か、貰ってない奴がいるのか?)


立ち上がり、ぐるりと辺りを見回してみるが、そこにいる全ての子供たちの手には、各々が貰ったプレゼントがある。


(誰か、居ない奴がいたとか?)


ほんの少し、ひっかかりはしたものの、


「ま、いっか」


小さく呟くと、誠司は後ろに控えているはずの亮へ声を掛けた。


「亮、帰るぞ・・・・あれっ?」


だが、そこに亮の姿は無く。


「亮くんなら、さっき表に出ていったわよ」


そう告げる先生の言葉に、誠治はもともと吊り気味の目をさらに吊り上げる。


「なにやってんだよ、アイツっ!」


苛立ちをぶつけるように帽子と髭を乱暴に取ると、サンタクロースの衣装のまま、誠司は学童を後にした。







「メリークリスマス!」

「ふふっ、いらっしゃい、サンタさん」


誰もが知っているサンタクロースの赤い服を身に纏い、玄関から入って来た誠治を、藍香はにこやかに出迎えた。


「いい子にしてたかな?」

「はい、いい子にしてました」


照れながらも素直に頷く藍香は、穏やかで優しい目をしている。

だが、あの時誠司が見た少女は、ひどく屈折した、寂しい目をしていた。

だからつい、口から出た言葉だった。

『居ないって思うより、居るって思ってた方が楽しいだろ?』と。

何気ない自分の言葉がその少女の支えとなり、少女は成長して、今自分の目の前にいる。

藍香と出会ったのは、本当に偶然だった。

書きかけの小説に行き詰まり、気分転換にと足を向けた河原で、一心に絵を描いていた少女。

その美しくも柔らかで温かな絵に一目で心を奪われて、思わず誠治から声を掛けたのがきっかけ。

そう、思っていたのに。


(そんな昔に、既に出会ってたなんて、な)


「じゃあ、いい子にしていた藍香には、サンタクロースからプレゼントだよ」


そう言って、誠司は袋の中からプレゼントを取り出し、藍香へ手渡す。


「あれ?これって・・・・」

「開けてごらん」


驚いた顔で手にした包みを眺めていた藍香だが、しばらくしてその包みを開け、中から出て来たものに、さらに驚きの表情を浮かべる。


「これ、って・・・・っ?!」

「欲しい物とは違うかもしれないけど、無いよりはマシだろ?」


藍香が手にしていたのは、虹色の絵具。

昔、藍香が一度だけ出会ったことのあるサンタクロースから貰ったプレゼントと同じ物。


「ううん、これ、私の欲しい物。今も・・・・あの時も。ありがとう、サンタさん」


大事そうに虹色の絵具を胸に抱き、藍香は微笑む。

誠司は藍香をそっと抱きしめた。


「サンタクロースは、ちゃんと居るよ。オレがずっと、藍香のサンタクロースでいるから」

「・・・・うん」


小さく頷くと、藍香はそっと、誠司の腕を解く。


「あのね、私からも、サンタさんにプレゼントがあるの」

「え?」

「見て」


キャンバスに掛かっていた布を、藍香が取り去ると。

そこに描かれていたのは、サンタクロースの姿をした少年の姿。


「これって・・・・」

「うん、私のサンタさん。ふふっ、何でだろう、誠司さんにそっくりだね?」


いたずらっ子のような顔で笑う藍香に、誠司は照れて頭を掻く。


「これからもずっと、ずーっとよろしくね、私のサンタさん」

「あぁ」


(『居ないって思うより、居るって思ってた方が楽しい』、か。いい事言ったなぁ、オレ)


ねぇ、もう【誠司さん】って呼んでいいかなぁ?


などと無邪気に問う藍香を見ながら、誠司はふと思った。


もしかしたら、誰もがみんな、誰かのサンタクロースなんじゃないかと。


「なぁ、藍香」

「なに?」

「オレ、藍香のサンタクロースの話、書いてみようかな」

「えっ?ほんとっ?!」


誠治の言葉に、藍香は嬉しそうな笑顔を見せる。


「そしたらさ、藍香に挿し絵、描いてもらいたい」

「うんっ!」

「本になったら、学童の先生と、トナカイの亮にも、読んでもらいたいな」

「・・・・トナカイの、亮?」

「うん。サンタクロースの、相棒だ」


(オレにもいたんだ、サンタクロースが。オレのサンタクロースは、藍香と、学童の先生と、トナカイの亮だったんだな)


「トナカイなら、赤鼻のトナカイだね!」


楽しげに笑う藍香を、誠治はもう一度抱き締めた。


(オレ、藍香のサンタクロースになれて、本当に良かった・・・・)


【終】

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いつかのクリスマス 平 遊 @taira_yuu

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