いつかのクリスマス

平 遊

いつかのクリスマス

「もうすぐ、クリスマスだね」

「うん」

「サンタクロース、来てくれるかな」


キャンバスに向かって絵筆を走らせながら、ポツリと藍香が漏らした言葉に、誠司はキョトンとして振り返る。


「・・・・は?」


ペンを手に固まったままの誠司を目に留め、藍香は小さく吹き出した。


「何て顔、してるの?私だって、これでも夢は持ってるつもりだよ?」

「夢、ったって・・・・サンタクロースなんて、子供だましもいいとこ」

「そうかな」


絵筆を置くと、ストン、とベッドサイドに腰をかけ、藍香は微笑みながら誠司を見つめる。


「私ね、サンタクロースに会った事があるんだ」

「え?」

「たった一度だけ、だけど」

「・・・・へぇ」


ペンをノートの上に置き、誠司はゆっくり立ち上がる。


「聞かせてもらいたいもんだな、藍香の会ったサンタクロースの話」

「いいよ。そうだな・・・・ずっと昔の事だけど、今でもはっきりと覚えてる。そのサンタクロースはね・・・・」


伏し目がちに語り始める藍香の隣に腰を降ろし、誠司はじっと、言葉を紡ぎ出す口元を見つめた。




(サンタクロースなんて、いる訳ない)


おおはしゃぎしている同年代の子供達の中からそっと抜け出し、藍香は1人、公園のブランコに座っていた。

日も西へと傾き始め、子供が1人でいるには暗すぎる時間。けれど、藍香にはどうという事もない、遊具や木の影。


『今日は、サンタさんがみんなにプレゼントを持ってきてくれるのよー!』


という触れ込みに踊らされている同世代の子供達を、藍香は冷めた目で見下し、バカにさえしていた。


(サンタクロースなんて、誰かの作ったおとぎ話なのにさ)


藍香の両親は共働き。

まだ小学校低学年の藍香は、学童に通っている。

今日は、学童でのクリスマス会。

でも藍香はとっくに知っていた。

サンタクロースなんて、おとぎ話の世界の人物だと言うことを。


「ったく、もうっ!」


突然、ほど近い場所から聞こえてきた声に、藍香の小さな体はビクリと強ばった。


「あんだけ『早いとこ引き上げるぞ』っつったのに、どこ行きやがったんだ」


声の主がいるのは、藍香の座るブランコ近くの、大きな木を隔てた向かい側。


(・・・・誰?)


聞いた事のない、声。

そっとブランコを降りると、藍香はおそるおそる木の影から、声の主を覗き見た。


と。


(・・・・っ?!)


「誰だっ!!」


(サンタ・・・・クロース・・・・???)


いきなり怒鳴りつけられ、思わず体を震わせたものの、恐怖を上回る好奇心に突き動かされ、藍香は声の主をマジマジと見つめた。

声の主は、藍香の知らない年上の少年。

帽子こそかぶってはいなかったものの、サンタクロースが着ていると言われる赤い服を身に纏い、プレゼントが入っていたであろう、今はしぼんでそう重たそうでもない大きな袋を肩に担ぎ上げている。

その、少年の、目。

真っ直ぐに藍香を見る、強気そうな釣り目気味の、凛とした瞳。

だが、何故がその中には寂しさも感じられる。

その瞳に魅入られる様に、藍香は声も無く、ボーッと少年を見つめた続けた。


「何だよ?お前、こんな所で何してんだ?ガキはもう、帰る時間だぞ?」

「ねぇ、サンタクロースなの?」

「は?」

「ほんとに、サンタクロース?」


真剣な眼差しの藍香に、少年は苦笑を浮かべ、腰を屈めて藍香の瞳を覗き込む。


「あぁ、一応な。・・・・なんだお前、まだプレゼント貰ってなかったのか?」


ふと、何も持っていない藍香の手に気付き、少年は肩から袋を下ろすと、ゴソゴソと中身を漁り始める。


「確か、まだあったはずだ・・・・居ない奴が1人いたからな・・・・お、あったあった」


少年が袋から取り出したのは、鮮やかな包み紙でラッピングされた、細長い小さな箱。


「ほら、サンタクロースからのプレゼントだ。お前が欲しい物とは違うかもしれないけど、無いよりはマシだろ?」

「・・・・ありがとう」


プレゼントを受け取り、おもむろに包みを開け始め・・・・中身を見て、藍香は驚いた。

ずっと、欲しかった物。虹色の絵具が、そこにはあった。


『おーい、誠司~!』


遠くから聞こえて来た声に、少年はハッとして顔を上げた。


「やっと、来やがったか・・・・それじゃ、オレはもう行くからな。お前ももう、帰れよ!」


再び袋を担ぎ上げ、足早に立ち去ろうとする少年の背に、藍香は問いかけた。


「ねぇ、サンタクロースって、ほんとに居るんだね?!」


足を止め、少年は振り返って白い歯を見せる。


「居ないって思うより、居るって思ってた方が楽しいだろ?」


じゃな!


軽く手を上げ、少年はその場を立ち去った。

日ももうとっぷりと暮れ、辺りは薄暗く、吹きつける風は凍えそうな程に冷たい。

だが、藍香の心は、公園へ来た時よりもずっと、温かくなっていたのだった。




「それからだよ。私がサンタクロースを信じるようになったのは。ふふっ、おかしなことにね、未だにあのサンタクロースの事が、忘れられないの」

「藍香・・・・」


目を伏せたまま俯く藍香の肩をそっと抱き、誠司は耳元で囁いた。


「今年のクリスマスには、絶対会えるよ、そのサンタクロースに」

「そう?」


伏せられていた目がゆっくりと開き、誠司を見つめる。


「じゃあ、楽しみにしていようかな」

「あぁ」

「居ないって思うより、居るって思ってた方が、本当に楽しかった・・・・どんな事でも。あのサンタクロースの言葉は、今でも私の支えになってるんだ」


(それに、こうしてまた、あなたと出会う事もできたし、ね)


微笑む藍香から視線を逸らし、誠司は小さく呟いた。


「・・・・支えになる程、大した事言ったつもりじゃ、なかったんだけどな」

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