二人っきりの修道院と錬金術
私はマナステリー家において空気のような存在だった。
長女でありながら、母は亡くなっており、後妻が家の主導権を握っている。そして気づいたころには、たくさんの義妹と義弟に囲まれていた。父も義母も義妹、義弟の世話と自分たちの仕事にかかりっきりで私は半ば放置され、書庫の本を与えられて育った。
ゆえに書庫の本は私の一番の友達だった。
書庫の本で一番のお気に入りは錬金術の本だった。
後にして思えば、父が錬金術師だったから、錬金術を学べば父に構ってもらえると思う子供心もあったかもしれない。
とにかく、錬金術は私を魅了した。
しかし錬金術に限らず学問は男がするものとされている。錬金術に限ればそれは教会が行う領域だ。錬金術師として名を上げるもの者は教会関係者の男子と相場が決まっている。実際、父も伯父が亡くなって家督を継ぐまでは司祭をしていた。
だからソザポト女子修道院を見つけたときは「これだ!」と思った。
今では人がいない女子修道院。父の話を盗み聞いた限りでは、扱いに困る場所。
そして私は、扱いに困る空気のような娘。
私がソザポト女子修道院の管理者になりたいと告げたとき、父は驚いた顔をしていたが、きっと喜んでくれたと思う。厄介者を一度に処理できたと。
一方で、私は確かに喜んだ。錬金術をいくらでもできる秘密基地を手に入れたのだ。
それからは大変だった。何と言ったって管理者がいなくなってから数十年は経っている修道院だ。手切れ金かなと思いつつ父からもらった資金をやりくりして修道院をキレイにしたり自給自足の体制を整えたりもした。あと、書庫からいくつか本を拝借した。
もともとあった地下室に錬金術用の実験器具を持ち込み「いざ実践!」というところまでこぎつけた。
それがなんで元公爵令嬢が来ることに。
ということで彼女が修道院に来てから早1週間。
「アリシア様。ご飯できましたよ」
図書室で本とにらめっこしている私にイザベルさんが声をかける
「はーい、今行きます」
イザベルさんはなんと家事ができるのだ。元公爵令嬢だけあってそういうこととは無縁と思っていたが、そんなことはないらしい。
それにしても、この料理がおいしいのだ。
材料は私が手配した、月に1度だけ来る商人の方が持ってくるものと、家庭菜園しているものくらいで質は
まあ、なんというか、すっかり胃袋をつかまれてしまった気分だ。
イザベルさんの修道院での生活は『悪役令嬢』の異名に反して、おとなしいものだった。ワガママも言わずに粛々と修道院での生活を受け入れているように見える。ある日不満が大爆発しないかと思ったときもあるが、そんな予兆は一切ないし、『悪役令嬢』の噂はあくまで噂だったんだ、と最近は思うようにしている。
それにしても、元公爵令嬢が子爵令嬢を様付けで、子爵令嬢が元公爵令嬢をさんづけで呼んでいる現状、大丈夫だろうかとたまに思う。なんなら、私より舵ができるということで、この修道院生活の家事担当までやってもらっている。イザベルさんは「管理人のほうが修道女より地位が上だから大丈夫ですよ。それに今は平民ですから」と話していたけれど。
「そういえばアリシア様はずっと図書室にいらっしゃいますよね。 何を調べているんですか?」
「へ? な、内緒……」
何度も言う通り、学問は男がするものとされている。翻って、貴族令嬢――というより女性が学問をすることはあまりよくないこととされている。だから、イザベルさんもおそらく、私が錬金術の勉強をしていることをよくないことと思うことだろう。
出会ってからまだ1週間程度の仲ではあるけれど、彼女に変な人と思われたくないという気持ちもある。
だから、まだ一度も地下の実験室を見せられていない。
――共同生活している以上、いつかは話さないといけないんだろうなぁ。
そうは思っても、それをするのは今じゃないというか、今するのは心の準備ができていないというか。
「……私、知ってますからね。錬金術の本読んでること」
「え!?」
「アリシア様、機が来たら教えてくださいね」
そうか。さっきご飯呼ばれたときとか、何呼んでるのか見られていたのか。相変わらずガばいなぁ、私。
「う、うん。私の覚悟が決まったら話すね」
「はい、楽しみにしてますね」
「そんな楽しいことじゃないと思うから、大丈夫だよ……」
秘め事は修道院の地下室で 転E紬 @equlyu
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