青い瞳と修道院

 カタカタと小さな音を立てて、馬車がゆっくり進んでいく。公爵家の見栄の塊のような豪奢な馬車とそれを囲む同じく豪奢な装備をした護衛たち。運ばれていく私は、大事なお姫様……ではなく罪人だ。


 憂鬱な気分がずっと続いている。どうしてこうなったんだろう。そんな思いがこだまする。


 終わりの始まりは婚約者だった王子の

「貴様とは婚約破棄をさせてもらう」

 という一言で始まった。


 妾腹父の本命の娘であるがゆえに、家族から可愛がられていた私の妹。一方で、妾腹不倫の末に生まれた娘であるがゆえに社交の場では距離を置かれていた。だからだろうか。社交の場でのストレスを私に向けるようになった。そうして最終的には婚約者を取られた。


 喜劇のような大立ち回りで行われた婚約破棄のひと騒動は、巷でまさに喜劇のようであると評された。そして私は『悪役令嬢』と呼ばれた。


 悪役令嬢わるものであるらしい私は、王太子殿下ヒーローによって、最も厳しいと噂される修道院に送られるらしい。曰く、そこで十分に反省しろということだ。


 何を反省しろというのだろう。殿下に私の罪だと言われた諸々は身に覚えがないし。


「長い道中、お疲れ様でした。ここの管理をしているアリシア・マナステリーです」


 長い旅路。もしかしたら道中襲われるかもと思ったりもしていたが――どうやらそういった事態は物語の中だけだったようで――特に何も起きずに山奥の修道院までたどり着いた。


 出迎えてくれた少女は青い瞳に不安を湛えながらも、好奇や軽蔑の視線を向けてこなかった。それは悪役令嬢となってから曝されてきたものと少し毛色が違って、私の眼には新鮮に映った。


「あなたが、ここの管理をされているのね」


 アリシア・マナステリー。クロウズド子爵領を管理するマナステリー家の長女。どういう理由で私よりも年下の少女が『最も厳しい』と噂される修道院を管理することになったのかは知らないが、私が来たことでわざわざこの子も山奥まで来たとなると少し同情する。


「はい。立ち話もなんですから、イザベルさんのお部屋に荷物を置いてから、所属の正式な手続きをしましょう」


 とりあえず「なんで俺が悪役令嬢の護送なんて」だの「事故が起きても仕方ないよな」だの言ってくれていた護衛を家に帰るように告げ、アリシア嬢の提案に従う。


 なるほど。『最も厳しい』といわれることはあるようだ。世俗から離れた山奥に位置する修道院。王都で知られていた戒律は少し緩めだったが、これを王都でやれば間違いなく脱落者が多数出るであろう厳しい戒律とその絶対遵守。それを守れなかった場合の罰。


 この修道院の一員になることに同意する書類に一通りサインして、ひと呼吸つく。


「お疲れ様です。次は院内を案内しますね」

「わかりました」


 案内されている中で、ふと修道院の違和感に気づく。人がいないのだ。石畳をたたく私たちの足音が響くだけで、それ以外に物音もしない。

 最初は、『悪役令嬢わたし』が来たことに対して遠巻きにされているのかとも思ったが、人の気配が全くしないのは異様だ。私が来たからどこか別の場所にいるとしても、この山奥に位置する修道院では難しいだろう。


「あの」

「あ! はい! なんでしょうか?」

「ほかの修道女はいないんですの?」

「あー、えっと、その、大変言いづらいのですが……いません」

「え。えっとその……つまり……?」

「つまり、この修道院で修道女となるのはあなただけです」

「え? えっと……」


「やっぱり」という感情と「どうして?」という感情がないまぜになる。


「と、言いますのはですね……。『最も厳しい』修道院などと呼ばれていたのは過去の話でして……というか『最も厳しい』がゆえに人がいなくなったと申しますか……」


 彼女の歯切れの悪い説明によると、そういうことらしい。


 山奥の修道院で1人で生活する。たしかに『最も厳しい』修道院にふさわしい待遇かもしれないなぁ、と呆けてしまう。


 家事や着替えといった自分のことさえできない令嬢なら、すぐさま脱落――というか死んでしまうのではなかろうか。


 あいにく私はある程度はできるけれど。唾棄すべき家庭環境に感謝すべきかもしれない。

 

「えっとですね。私との共同生活……ということになります。よろしくお願いしますね」

「あなたも修道女なんですか?」

「あ、私はあくまで管理人です。修道女ではないです」

「いいんですか? 私、悪役令嬢ですけれど」

「だ、大丈夫です! 悪いことしたら、ちゃんとめってしますよ!」

「……ふふっ、そうですか。よろしくおねがいしますね」


 ――罰として送られてきた修道院だけど、思ってたよりいい場所みたい。

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