秘め事は修道院の地下室で
転E紬
悪役令嬢がやってきた
「はああああああ!!!???」
その報せは突然だった。
王都を賑わせる最新の娯楽。王子とその婚約者、そして悲劇の妹君の物語。それはとても滑稽で、城下町の人々を大いに沸かせたという。
齢5歳のころから婚約関係にあった王子とその婚約者。婚約者は公爵令嬢であり、その莫大な資産を背景に我儘放題に育ったという。彼女の我儘は家族にとどまらず、領民や婚約者である王子、そして将来王子に仕えるであろう他の貴族子息にも及んだ。
彼女の我儘は留まることを知らず、ついには婚約破棄が決まった。そして彼女の後釜として彼女の妹が、王子の新たな婚約者となった。
その妹は姉の我儘の一番の被害者であった。例えば、家族や友人らから与えられたものは即座に取り上げられ姉のものとなった。茶会でも姉は妹が恥をさらすようにふるまい、妹を責め続けた。それは第三者から見ても、見ていて気持ちの良いものではなかったという。
王子もまた、姉の我儘の被害者であった。そうして被害者同士、王子と妹は惹かれあうようになったらしい。
幸い、貴族の結婚は家同士の契約である。姉であるか妹であるかは些細な問題であった。王子と妹が惹かれあっており、王子の心が姉から離れているのであれば、なおさら、王子と姉の婚約を白紙にし妹と婚約するといった提案が出るのは時間の問題だったといえよう。
この一連の流れは城下町へと伝聞し、彼女はまるで喜劇の悪役のようであると『悪役令嬢』とあだ名された。
こうして、彼女は『王子の婚約者』『未来の国母』という地位を失い『悪役令嬢』という醜聞を得た。未だ『公爵令嬢』ではあったが、公爵は彼女をかばい立てするようなつもりはないようだ。そして彼女は辺境にある『最も厳しい』といわれる修道院へと送られることとなった。
そして、その修道院こそが、私、アリシア・マナステリーが管理している女子修道院である。……胃が痛い。
「本日からお世話になります。イザベル・アロガンス……いえ、イザベルですわ」
報告を受けて絶叫してから早数日、件の公爵令嬢が豪奢な馬車に乗ってやってきた。公爵家から勘当される勢いって聞いていたけど、粗末な馬車になんか乗せたら見栄えが悪いからだろうか。まあ、噂通りの我儘なお嬢様なら粗末な馬車に乗せられたら耐えられなさそうではあるけれど。
……名前を言い直したのは、実家から家名を名乗るなって言われているのかな。
それにしても美人だ。やっぱり都会の人は皆そうなのかな。いや公爵令嬢だったからにはスキンケアとかも高等なものを使っていたのかもしれない。
「長い道中、お疲れ様でした。ここの管理をしているアリシア・マナステリーです」
とりあえずそう返すと、彼女は金色の瞳をぱちくりさせて
「あなたが、ここの管理をされているのね」
「はい。立ち話もなんですから、イザベルさんのお部屋に荷物を置いてから、所属の正式な手続きをしましょう」
「分かりましたわ。……あなたたち、ここまでお疲れ様でした。領に戻ってよろしくてよ」
彼女はそう護衛に声をかけた。……道中お疲れだろうし、何かお茶とか出したほうが良かっただろうか。いや、でも雇い主側の彼女がそう指示するなら私が口を出すことでもないのか。
そんな風に迷っているのを察したのだろうか、彼女は
「元々彼らは、私を送り届けたらすぐ戻ってくるように言われているから大丈夫です。それより、お部屋に案内してくれると嬉しいわ」
「そ、そうなんですね。ありがとうございます。えっと……こっちです。ついてきてください」
沈黙が支配する。いや、石畳の床をたたく音だけが聞こえる。先導する私と、それに続くイザベルさん。……というか「さん」づけで呼んでいるけど、怒られないかな。「様」のほうが良かったかな!? でも修道院的には貴族も平民も区別なく平等に扱うべきだしぃぃぃ。っていうか本当に、公爵令嬢のお相手なんてしたことないんだから、荷が重い。なんでこんなことに……。
「あの」
「あ! はい! なんでしょうか?」
唐突に話しかけられてビックリしてしまった。変な声を上げていないだろうか。
「ほかの修道女はいないんですの?」
「あー、えっと、その、大変言いづらいのですが……いません」
「え。えっとその……つまり……?」
「つまり、この修道院で修道女となるのはあなただけです」
「え? えっと……」
混乱している様子。いや、無理もない。修道女のいない女子修道院とはなんぞ、という感じだ。きっと、視界に修道女がいないことから、どこにいるんだろう、みたいな軽い気持ちで聞いたのだろう。それが「一人もいない」と言われたら驚く。というか困惑する。そして私は申し訳ない気持ちになる。
「と、言いますのはですね……。『最も厳しい』修道院などと呼ばれていたのは過去の話でして……というか『最も厳しい』がゆえに人がいなくなったと申しますか……」
しどろもどろにそう告げると、彼女は握りこぶしを口元において、少し考えるというように黙ってしまった。
そう。『最も厳しい』修道院なんてもうないのである。『最も厳しい』ために人がいなくなって早数十年経つと聞く。今では建物だけが残っている。
「つまり、私はここで一人生活することになるということですか?」
彼女は、それはある意味もっとも厳しいかもしれませんね、とにっこり微笑みながら呟いた。
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