セックスレスだったけど事故に遭って記憶喪失のフリをしていたら、『私たちは毎日、愛し合っていたの』と言われてからセックスレスが解消した

スラ星

第1話

 休日出勤があったお昼休憩の時だ。


 青信号なのに減速する気配がない車が信号無視をして横断歩道に侵入してきた。



緋奈ひな! 早くこっちにきて!」


「どうしたのお母さ……」



 そのことに咄嗟に気付いた少女の母親は横断歩道の白線の上をけんけん歩きしている姿を見て慌てて注意を促した。


 だが、急に母親から話し掛けられてしまったが為に、少女はけんけん歩きを止めてその場で立ち止まってしまった。


 このままでは少女が車に轢かれてしまう。誰もが次の瞬間には悲惨な光景が待っていると目を伏せる中、休日出勤で妙にテンションが上がっていた僕は自然と体が動いていた。



「危ない!」



 少女の体を突き飛ばした後に横からやって来ていた車に物凄い力で突き飛ばされた。



「ぁ……」



 突き飛ばされた衝撃で休日出勤で上がっていたテンションは直ぐに霧散すると共に意識も霧散していった。




 **** ****




「……意識ありますか? 大丈夫ですか?」


「……ここは」


「病室ですよ。直ぐに奥様呼んできますね」



 奥様? ということは妻? 結婚もしていないのに? 僕は今まで彼女の一人もできたことがない人生を送って来た平凡な社会人だ。


 ……っ! 頭が痛い。



「……あ、あなた大丈夫?」



 頭を抱えていたところ、看護師さんが連れて来た女性を見て思ったことがある。


 それは、



「貴女は?」



 綺麗だ。

 アイドルをやっている人たちより断然に美人で、スタイルも凄くて。うん、とにかく凄いな。



「……わ、私が分からないの?」


「申し訳ございません」


「……私、バカだ」



 涙をこぼしながら女性は病室を飛び出して行ってしまった。看護師さんは深刻そうな顔をして、『先生を呼んできます』と一言告げてから看護師さんも病室を後にした。




 **** ****




 診断の結果、記憶喪失だった。


 記憶の欠落が見られるようで、記憶が戻って来るのかは現状では分からないらしい。それもピンポイントで妻の事柄についてだけを忘れているみたいだ。


 でも幸いなことに体に後遺症が残ることは無く、数日の入院を経て退院が決まった。だけど、車に轢かれて足の骨を折る重傷を負ったので、当分は歩けそうにないが。



「では、何かありましたらご連絡下さい」


「夫を救って頂き、ありがとうございました」



 そうして、僕は妻に車椅子を押して貰いながら病院を出た。しかし、未だに信じられないな。この美人の方が僕の妻だなんて。


 よし、ここは少しでも妻のことを思い出せるよう会話してみよう。



「その、質問してもいいですか?」


「何でも聞いて。それと夫婦だから敬語じゃなくていい」


「わ、分かった。名前教えて貰っても良い?」


「……夕菜ゆうな、夕方の『夕』に野菜の『菜』」


「夕菜か。僕は夕菜とはどんな感じだったのかな。仲の良い夫婦だったのかな」


「とっても仲が良かったの」


「そっか」



 それは大変なことをしてしまった。楽しかったこと、嬉しかったこと、時には悔しかったり、苦しかったりしたこともあったと思う。


 でも、僕には体験してきた記憶がない。だから──



「また君を好きになろうとしても良いかな」


「……うん」




 **** ****




 それから夕菜は僕たちの出会い話、両想いにお互いが気付いた時、二人同時に告白し合ったこと、面白可笑しいプロポーズのことを話してくれた。


 それを楽しそうに話す夕菜を見ていたら、あっという間に自宅近くの公園を通り過ぎていた。


 学生時代は、よくこの公園で一人寂しくブランコを漕いでいたものだ。



「この公園を見て何か思い出さない?」


「う〜ん、寂しかったなって思いました」


「そう……」



 一瞬、悲しそうな表情をしたが、直ぐにその表情を元に戻した。おそらく、この公園で夕菜と何かしらのことが起こったのだろう。


 だけど、そのことは何も覚えていない。


 そうこうして僕は夕菜に車椅子を押して貰って自宅前までやって来た。内心、本当にこの美人の方が妻なのかと疑い半分だったが、自宅を知っている事実から本当なのだろうと確信を持てた。



「お帰りなさい、あなた」


「ただいま」


「んっ……」


「ぁ……」



 夕菜が僕の目の前に回ってくると唇を奪って来た。柔らかくて温かい感触が僕の体を支配する。だが、その時間は直ぐに終わりを迎え、夕菜の唇が名残惜しそうに離れていく。



「あ、えっと、行ってきますとお帰りなさいの時は毎回、キスしていたの……」


「そ、そうなのか?」


「嫌なら止めるけど……」


「い、嫌じゃない。僕も早く記憶を取り戻したいからね……」



 だが、玄関先でのキスでは終わらず、昼食と夕食の食べ始める前と食べ終わった後の4回、入浴前と後の2回。


 とにかく何かあるごとに僕は夕菜とキスしていた。その度にあの心地良い感触が僕を支配した。


 記憶喪失前の僕が羨まし過ぎる……。


 そして夜が深まる頃、夕菜に促されるような形で僕と夕菜はベッドの上で下着姿になっていた。



「あ、あのね、私たちは……」


「その前に夕菜は記憶を失ってる僕でもいいの?」


「う、うん……。だって記憶は失っていてもあなたはあなただから……」


「夕菜……」



 僕はその言葉に嬉しくなり、夕菜をお腹の上に乗せた。その後、すっかり興奮して巨象になっている僕の分身を夕菜は恥ずかしそうにしながらも自ら受け入れてくれた。




 **** ****




「あなた……あなた……♡」


夕菜ゆうな……」



 僕は夕菜と久々に・・・一つになっている最中に全て思い出していた。夕菜が言っていた告白の話やプロポーズの話が全て嘘だったということも。


 それに僕たちは本当の意味で愛し合ってなどいなかったことも。


事の始まりは高校生の時期まで遡る。


 学生の頃、僕は夕菜ではない他の女性のことが好きだった。遊ぶだけの間柄じゃ後悔しそうだったので告白もしたけど『友達以上としては見れない』と断られて受け入れてもらえなかった。


その失恋中の最中に僕は夕菜から告白されて、好きでもないのにその告白を受け入れた。


 ショックだったのだ。彼女に振られたことが。だから、僕は同じ女性である夕菜でその傷を癒そうとした。


 でも、ダメだった。


 夕菜と付き合いを進めていくうちに惰性で付き合い始めた自分が許せなくなっていった。以前、好きだった女性よりも夕菜の存在が僕の中で大きくなってしまったから。


 プロポーズを受け入れて結婚したのだって、夕菜を他の人に取られたくなかったからだ。


 なのに夕菜は……。



「愛してる、あなた♡」



 僕にいっぱいの愛情をくれる。初めから夕菜のことが好きじゃなかったのに。そのことを負い目に感じて、僕は夕菜と積極的に夫婦の営みをしようと思えなかった。夕菜もそれに気付いていたからなのか誘うようなことはしてこなかった。



「ごめん……夕菜」


「あなた?」


「えっと、そう言わなきゃって突然思って……」


「そっか……なら、私も伝えなきゃいけないことがあるの」


「何を?」



 夕菜は申し訳なさそうな表情をして僕に告げた。



「私たちの馴れ初めの話、全て嘘なの。あなたには私以外に好きな子がいて、その子に告白して振られたの」


「え……?」


「それで、私チャンスだって思ったの。傷付いてるあなたに優しくして好きになって貰おうって。でもダメだった……。あなたと過ごす時間が幸せ過ぎて、あなたのことを想う気持ちが溢れると、弱みに付け込んでしまった自分が嫌になった。プロポーズしたのだって、どうしてもあなたと離れ離れになりたくない、私自身の保身の為だった」


「夕菜……」


「だけど、あなたが車に轢かれたって聞かされた時、後悔した。もっと早く本当のことを言ってれば良かった。他に好きな子がいたんだから、私と付き合える状況じゃないってことも少し考えれば分かっていたことなのに……」



 そうだったのか……。


 僕は弱みに付け込まれたなんて思っていない。誰かが悲しんでいたら優しくするのは普通のことだと思うから。


 それに振られた時点であの子との関わりは無くなったんだ。夕菜と付き合うことを決めたのも夕菜を好きになったのも僕自身の意志だ。そこに夕菜の責任は無い。


 ……そうか、僕たちはお互いに思っていたことを言い合っていれば、すれ違わずに済んだのか。



「夕菜……僕は君のことを愛してる。これからもずっと愛してる……と思う」


「う、うん……! あ、でも、いつもは耳元で愛してるって囁いてくれてたんだよ?」



 嘘である。


 でも、これからは夕菜に愛してるということを伝えていきたいから、その一つ目にしよう。



「……愛してるよ、夕菜」



 そう耳元で囁いた後に追撃として頬にキスを落とした。



「〜〜〜〜っ!!」



 急所に直撃したのか身悶えながら、ベッドの上をコロコロと転がる。その姿が面白くて僕はつい調子に乗ってしまった。



「そろそろ僕たちの子供作ろ?」


「……あ……はい」



 その後、妙によそよそしくなった夕菜が可愛くて激しく求めた。しかし、途中から夕菜の我慢が限界を迎えたのか『子供、子供!』と連呼しながら僕の性と体力を全て持っていった。



「ふふふ、あなた♡ 私たちは毎日、こうして愛し合っていたの」


「そ、そうなのか……」



 こんなハードなことを毎日続けていたら妊娠なんてあっという間にしてしまうだろう。今の夕菜だったら避妊なんて考えもしないから。


 だから、普通に嘘である。


 だけど、初めて身と心が一つになれた気がして、とても幸せな時間を送れた。そして案の定、この日から性に塗れた性活を送ることになり、夕菜はすぐに身籠ることになった。




 **** ****




 記憶喪失の出来事から4年、僕は自宅近くにある公園にやって来ていた。この公園で遊べる遊具はブランコ、鉄棒、滑り台等が設置されており、子供たちが遊びに飽きることはないと思われる。


 砂場もあったりするが、昼間は子連れの親が幼児を連れて遊ばせていたり、夕方頃になってくると学校帰りの小学生が遊ぶのでよく使われている。


 学生時代の僕はよくブランコを使うことはあったが、それよりも使う器具があった。



「やっぱ気持ち良いな」



 背伸ばしベンチである。

 両親との仲は悪くはないが、兄との仲が悪かった為、家には居づらかった。その為、このベンチが僕の気が休まる場所だった。



「こんにちは」



 僕のことを知っているのか正面から声を掛けられた。僕は姿勢を正すと声を掛けた人物を見る。



「あ、緋奈ちゃん。こんにちは」



 4年前、僕が助けた少女だった。今では小学5年生になりお姉さんオーラがある。結構近場に住んでいたようで、公園にいた僕を見つけるなり感謝されたものだ。今では家族ぐるみで付き合いがあり、色々とお世話になっていたりする。


 特に緋奈ちゃんには──



「ぱぁぱ! おねぇちゃん!」


菜々美ななみちゃん! びゅ〜ん」



 娘の菜々美の遊び相手になってくれている。その微笑ましい光景を見ていると隣に夕菜が座ってきてだらりとした。



「覚えてる? ここであったこと」


「思い出したよ、夕菜のバカバカしいプロポーズのこと」



 確かこう言っていた筈だ。



「『私のことは好きにならなくても良い。でも、一緒にいて欲しい』だったか。愛も何にもないのに家族になりたかったのか?」


「結婚した時は大丈夫だったんだけど、今はあなたと愛し合う幸せを知った。だからそのプロポーズは撤回。……私のことをずっと愛して。これからもずっと一緒にいて、私に愛を伝えてね? 勿論、子供たち・・にも」



 子供たちと言っても子供はまだ菜々美一人。つまりそういうことなのだろう。

 そのプロポーズに僕はほんの苦笑いを浮かべて、返事代わりに夕菜とキスを交わした。


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セックスレスだったけど事故に遭って記憶喪失のフリをしていたら、『私たちは毎日、愛し合っていたの』と言われてからセックスレスが解消した スラ星 @kakusura

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