下
「……」
何と言うべきだろう。
先輩がたぬきについてどう思っているのかなんて正直知らないから、商品を棚に戻すくらいで許されるのか分からない。
でも過激派なら、この時点で殴りかかってくるんじゃないか?
……なら、一応棚に戻してみるか。
別に買うつもりとかなかったし。
返事もしないまま、戻そうとした所で──手が止まる。
僕の意思じゃない。
「……先輩?」
ずっと指差していたその手で、僕の腕を掴んでいた。
「欲しいなら買えばいいじゃないか」
そして笑みを浮かべ、
「もう一個あるようだし、なんなら俺も買おうかな」
反対の手で、最後に一つ残っていた赤いきつねを取った。
「……」
かなりの穏健派では?
先輩は周囲をきょろきょろ見た後、僕にこんな提案をする。
「このコンビニにはイートスペースがあることだし、俺の腹は限界だ。どうだろう、のぶ。一緒に食べていかないか?」
僕も辺りを見回してみれば、確かに、入り口の所にそんなスペースがあるし、ポットも置いてあった。
「あまり話したことがないからな、この機会に君と少し話してみたいんだ。もし良ければ、このきつねも奢らせてくれ」
……奢りか。
奢ってくれるなら、じゃあ。
僕が頷くと、そこでやっと、先輩は手を離してくれた。
◆◆◆
赤いきつねと一緒に、小さいボトルの水も買ってもらい、十席ほどあるカウンター席の、端っこの方に僕らは座る。
二人か三人他の客が座っているわけだし、あまり目立たないといいけど。
お湯を注いで、五分待つ。
緑のたぬきなら三分だ。
それまでの間は、先輩の話に相槌を打ったり、訊かれたことに答えてみたり。
「元気があるのは良いことだと思うし、それだけ慕っているということなんだと思うが、あれは少しやりすぎなんじゃと思わなくもない」
「確かに」
「ただ単に、大御所様素晴らしいと言いつつ、今はお菓子やジュースで賑わい、大人になれば酒や花でも共に楽しみたいものだよ」
「人によっては花より団子では?」
「それでもいいよ、同じ時間を楽しめれば」
ちなみに僕らはご先祖様のことを、大御所様と呼ばせてもらっている。
親達がそう呼ぶから、物心ついた時にはこうなっていた。
──そんなこんなで、五分。
蓋を取って、粉末スープを入れて、箸で混ぜていく。
色が変わると共に香ばしい匂いが鼻腔をくすぐり、そこまでなかった空腹感が急激に増していく。
いざ……!
適量を箸に取り、口へと運んでいく。
「……っ!」
思わず先輩を見れば、先輩も僕を見ていた。
言葉を交わさなくても、思っていることは伝わる。
頷いてから、もう一度。
「ほふっ」
旨い。
緑のたぬきももちろんだけど、赤いきつねも負けてない。
優劣なんてつけられない。というかつけたくない。
どっちも旨い、それでいいんじゃないか。
「のぶ、油揚げも旨いぞ」
その言葉に、今度は油揚げを一口。
噛みついた拍子に、染み込んだ汁も入り込んでくる。
熱い、でも旨い。
一口のつもりが全部食べてしまった。
後に残るはうどんと汁。
息を吹き掛け少し冷ましながら、カップを傾け食していく。
あっという間の完食。
「ごちそうさまでした」
「……ごちそうさまです」
手を合わせそんなことを言ったのは、何年振りか。
先輩は腹を軽く叩きながら、「もう三個くらいいけるな」なんて余裕をかます。
「お夕飯食べれなくなりますよ」
「……それもそうだな」
先輩があまりにも楽しそうに笑うものだから、つられて僕も笑ってしまった。
◆◆◆
たぬき同盟において、きつねうどんを食べることは禁止事項にあたる。
しかし僕と先輩は、赤いきつねの美味しさに気付いてしまったし、今後食べないなんて選択はどうしたってできそうにない。
「どうだろう、のぶ。たまにこのコンビニで、こっそり食べるというのは」
「他の人にバレないですかね」
「のぶ以外に他のメンバーと会ったことはないから、心配しなくても大丈夫だろうさ」
「……じゃあ、そうしましょうか」
こうしてたまに、僕はよっしー先輩と赤いきつねを食べるようになるけれど、見つかったら見つかったで、その時はその時だ。
過激派に見つからないことだけは、一応祈っておくけれど。
たぬき同盟の禁止事項 黒本聖南 @black_book
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