たぬき同盟の禁止事項

黒本聖南


 ほんの、出来心だった。


 僕はいつも緑のたぬきしか買わない。

 所属しているチームの集まりでもそれしか出されず、なんなら──きつねと名の付く物なんか嫌いだよな、なんて過激派もいるものだから、買わないように、視界にも入らないように気を付けてすらいた。

 でも、つい。

 放課後の帰宅途中にたまたま入ったコンビニで、緑のたぬきは売り切れてなく、その隣で、赤いきつねが二個残っていた。

 そういえば食べたことない、なんて思っちゃったものだから。

 手が、勝手に掴んでいた。

「……」

 赤いきつね。

 きつねうどんのカップ麺。

 緑のたぬきだと、円形の天ぷらが入ってるけど、こっちは油揚げなんだな。

 きつねは油揚げが好きって、聞いたことがある。

「……」

 カップ麺と言えばラーメンで、うどんもそばも全然食べたことなくて、今所属してるチームに入ってから、緑のたぬき、それに赤いきつねの存在を知って。

 ──緑のたぬきは、旨い。

 じゃあ、同じ会社で作られている赤いきつねは、どんな味がするんだろう。

「……」

 そんなことを考えながら、一分か、二分か、じっと手の中の赤いきつねを見つめていた時。


「──のぶ?」


 同じチームに所属している人間の声が耳に入り、視線を向ける。

「やっぱりのぶじゃないか。この近くに住んでいたのか?」

 爽やかな笑みを浮かべ、親しげに話し掛けてくるその男と僕は、しかしあんまり話したことはない。

 けれど話し掛けられては、返事をしないわけにもいかず。

「いえ、ただの散歩です。よっしー先輩」

 本当にそこまで親しい関係では全くないんだけど、所属しているチームの方で、お互いをあだ名で呼ぶというルールが、僕のいない日に決まってしまい、僕はのぶ、彼はよっしーになり、同じ高校の先輩なので、僕はそう呼ぶ。

 というか、今日初めてそう呼んだ。

「よっしー先輩、か。いつもよっしーと呼ばれるから、なんか新鮮だな!」

 別にそう呼んでもいいんだぞ、とか言われたけど、多分呼ばない。

「それにしても、のぶは散歩か。意外と健康志向……というわけでもないか」

 僕がいる場所がカップ麺コーナーだからだろうか、ははっ、なんて声を上げながら、近付いてくる。

「部活の帰りなんだが、いつもパンを持っていってるのに今日は忘れてしまってね、腹が空いて仕方ないんだ。どれ、俺も何か……」

 僕の傍まで来ると、先輩は棚に視線を向け、小さく笑い声を上げる。

「ははは、ついつい緑のたぬきを探してしまったけど、赤いきつねしかないな。どちらも人気なようで。もしやのぶが最後の一個を?」

 そして先輩は、僕を見た。

「あぁ、やっぱり。……あ?」

 僕の、手元を見た。

「……」

「……」

 普通に、忘れてた。

 自分が手に何を持っているか。

「のぶ、それ」

 ゆっくりと指を持ち上げ、その先端を向けてくる先輩。

 同時に、左手首にある緑色のリストバンドが目に入る。

 僕の位置からは見えないけれど、そこには白い色の文字が記されており、何て書かれているのか、僕は知っている。

 ──だって同じ物が、僕の手首にもあるから。

「赤いきつね、じゃないか」

「……つい」

 先輩と僕が、同じチームであることの証。


『たぬき同盟』


 それが所属しているチームの名前。

 特にこれといって何かをするわけでもなく、ただ集まっては、たぬきの話をしたり崇めたり、関係ない話を楽しんだりする、それだけの集団。

 僕らは同じ先祖を持ち、その墓参りでバッタリ出会った二人か三人が、他にも子孫がいるんじゃないかと盛り上がって、集められたのが事の始まり。

 その先祖のあだ名から、そんなチーム名に決まり、リストバンドまで作られ、そして過激派が禁止事項を勝手に設けた。

 きつねはたぬきの敵だからって。

 ……仲良くしてる話もあるのに。

「買うのか?」

 声の調子はそれまでと変わらず。

 まっすぐな視線が身体に刺さる。


 さて、先輩は果たして、過激派だったか。

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