最終話 夢のような本当の話
ラビーニャは両手を自分の胸の前に持ってくると、
「太陽の赤、月の青。すべてのものに祝福を、営みを、命を。星の瞬きより
と、呪文を唱えた。
すると、彼女の両の手のひらの上にかわいらしい花が二つ現れた。透明感のあるサーモンピンクの花びらが、とてもきれいである。
「ラビーニャ、それって花の妖精が使う魔法?」
ナターシャが驚いたようにたずねると、ラビーニャはうなずいた。
「使えるようになったばかりだから、このくらいしか作り出せないけどね。鍛錬すれば、この部屋一面の花畑は作れるようになるかも」
そう言いながら、ラビーニャは手の中の花を魔法で器用に髪飾りに仕立て上げる。それらに、時を止める魔法である
「これは、ぼくからのプレゼントだ」
と、二人に手渡した。
「ありがとう! きれい……」
髪飾りを受け取ったフランチェスカは、あまりの美しさにうっとりと見つめる。
「あたしの分もあるなんて思ってなかったから、うれしいよ」
と言って、ナターシャは受け取ったそれを早々に髪につけた。
可憐なそれは、控えめではあるが存在感があり、ナターシャの前髪を飾り立てている。
「ナターシャには、いつも世話になってるからね」
ラビーニャは微笑むと、それととつけ加えてフランチェスカに視線を向ける。
「今夜の天気は晴れの予報だ。満月が真上にきた時に砂時計をかざして逆さにすれば、もとの場所に戻れるよ」
「本当!?」
髪飾りに見惚れていたフランチェスカが、勢いよくラビーニャに向き直ってたずねる。その瞳は、期待に満ちあふれて輝いていた。
ラビーニャがうなずくと、フランチェスカは安心したように息をついた。二人と楽しい時間をすごしていても、心のどこかでは不安を感じていたのだろう。
「満月が昇るまで時間があるけど、どうする?」
何をしてすごそうか? とラビーニャ。
髪飾りをポケットにしまったフランチェスカは、少し考えてから二人の話が聞きたいと告げた。友達にはなったけれど、二人についてほとんど知らないことに今更ながら気づいたのである。
そういうことならと、ナターシャはキッチンからクッキーの入った深皿を持ってきた。
「さすがナターシャ。そういうところには、気が回るよね」
皮肉を混ぜつつ言うラビーニャだったが、彼女自身はとくに気にしていないようだった。
ナターシャが座り直すと、フランチェスカは二人に好きなものをたずねた。それを皮切りに、嫌いなものやついついやってしまうこと、恋愛話など様々な話題で盛り上がる。
クッキーをつまみながら語り合う話は一向に尽きず、楽しい時間はあっという間にすぎていった。
「……あれ? もうこんな時間!?」
ふと、時計を見たフランチェスカが声をあげる。
壁にかけられているラベンダー色の時計は、十一時三十分を示していた。窓の外に目を向けると、すっかり暗くなっている。
「おや、もうそんなに経っていたんだね。それじゃあ、そろそろ二階に行こうか」
そう言って、ラビーニャは席を立つ。
彼女に続いて、ナターシャとフランチェスカも席を立った。家主であるラビーニャを先頭に、三人は二階へと進んでいく。
二階に着いた三人は、一直線に窓際へと向かい窓を開けた。
フランチェスカを中心にして、三人並んで外を見る。隣家も街灯もないためか、漆黒の闇が広がっている。空を見上げると、金色の満月が三人を静かに出迎えた。
ラビーニャは、静かにフランチェスカの名を呼び彼女をうながした。
フランチェスカはうなずいて、首もとに手を添える。砂時計の感触を確かめて月を見上げるが、次の行動に移ることができなかった。
「フランチェスカ、怯えないで。君はちゃんと戻れるから」
と、ラビーニャが明るく言った。
だが、フランチェスカは浮かない顔でうつむいてしまった。短い間とはいえ、楽しく濃密な時間をすごした二人と別れるのが辛くさみしいのだ。
ラビーニャはフランチェスカを自分の方に向かせると、
「フランチェスカ、よく聞くんだ。今回を逃したら、いつ君の世界に戻れるかわからない。満月の夜は定期的にやってくるけど、今日みたいに雲一つなく晴れるかどうかはわからないんだ。だから、どうかためらわないで」
と、諭すように告げる。
「でも……」
と、顔をあげるフランチェスカの目には、涙が浮かんでいた。
「大丈夫。君が望めば、ぼく達はいつだって会えるよ」
友達なのだからと、ラビーニャが断言する。
その真剣な表情に後押しされ、フランチェスカは砂時計を満月にかざして逆さにした。
三人が見守る中、琥珀色の砂が月の光を浴びながら落ちていく。心地よいその音を聞きながら見ていると、砂時計の台座にはめ込まれた宝石が輝きだした。その乳白色の光は、徐々に輝きを増していく。まぶしさに耐えられなくなった三人は、思わずまぶたをかたく閉じた――。
まぶしさが消えたことを自覚したフランチェスカは、ゆっくりとまぶたを開く。視界に映るのは、薄暗いながらも見知った室内。手に触れる毛布の感触は、どこか懐かしささえ感じる。彼女は、自室のベッドの上に座っていた。
「……帰ってこれたんだ」
思わずつぶやいた声は、自分でも聞き取れるかどうかの小さなものだった。
フランチェスカは、弾かれたようにベッドサイドに手を伸ばした。そこには、楕円形のデジタル時計がある。それを手に取り確認すると、彼女の誕生日の翌日、午前四時を示していた。
ようやく安心したのだろう、彼女は大きく息をついてベッドに体を預けた。
「……あれは、夢……だったのかな?」
天井を見ながら、ふとそんなことをつぶやく。
そう思いたくなくて、フランチェスカは左手首を確認した。間違いなく、ミサンガが結ばれている。それでも、完全に不安を消し去ることはできなくて、洋服のポケットを探る。
(――っ!)
ズボンの右ポケットに確かな感触があった。取り出して見ると、それは折りたたまれた便せんと花の髪飾りだった。
「よかった。夢じゃなかった」
あの体験が現実のものだったと実感できたとたん、フランチェスカは強烈な睡魔に襲われた。
大きなあくびを一つした彼女は、妖精達からのプレゼントを時計の隣に置くとベッドにもぐりこむ。
「おやすみ。ナターシャ、ラビーニャ……」
無意識に友達の名を口にすると、フランチェスカはまどろみの中へと誘われていった。
月雫の砂時計 倉谷みこと @mikoto794
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