クリスマスの贈り物

平 遊

クリスマスの贈り物

「♪お料理お料理 あなたのために♪」


小声で口ずさみながら、ちょっと味見。

調味料で味を調えて。


「♪おいしくなぁれ あなたのために♪」


もう一度味見をして、お鍋にふたをする。

と同時に、後ろのオーブンから、チン、と焼き上がりのお知らせ。


「♪デザートデザート デコレート♪」


ふっくらと焼けたスポンジをオーブンから取り出して、作っておいた生クリームできれいに可愛くデコレート。


「♪可愛くなぁれ あなたのために♪」


最後に大きな、真っ赤なイチゴで飾り付け。


「♪素敵になぁれ あなたのために♪」


テーブルの上には、ポタージュとシーザーサラダに、チキンのハーブ焼き。

それから、今できたばかりの、クリスマスケーキ。

全て、彼が好きだったもの。

・・・・元、彼氏が。

ふと気づいて、私は思わず苦笑い。


「間違えた。♪わたしのために♪だ」


振られたことを忘れてた訳じゃない。

単なる口グセ。

もう、4ヶ月も経つのに、なかなか直らない。

4ヶ月前、私の大好きだった彼は、突然私に別れを告げた。


『好きな人ができた』


浮気をするくらいなら、正直に言ってと、前から約束していたことだったけど、全く頭になかったから、ショックだった。

あまりにショックで、涙も出てこなかった。しばらくは。

ようやく、寂しさや悲しさを感じはじめたのは、つい最近。

1人で作って、1人で食べるご飯。

いつものクセで2人分作ってしまうから、2日間同じご飯がいつも続いて。

あぁ、彼はもう私の作った料理を食べてくれないんだ。

やっと、そう気づいた夜に、大声を上げて泣いた。

いつも、おいしいよって言って、ほんとにおいしそうに食べてくれた彼は、もう私ではない他の人の彼。

悲しくて寂しくて、そして憎かった。

彼も、彼の彼女も。

それでもやっぱり、私は彼が大好きみたいで。

作る料理は、いつも、彼の好きだったものばかり。

・・・・自分自身の好きなものなんて、もう忘れてしまったのかもしれない。



「今日は、飲んじゃおっかな。クリスマスだし」


最近は、ようやく1人分の分量で料理を作れるようになっていたけど。

クリスマス用の料理を1人分作るのって、難しい。

1人では食べきれない位の料理が乗ったテーブルを眺めながら、小さめの缶ビールをあけて、口をつけた時。

玄関のベルが鳴った。


「誰だろ?まさか、サンタさんとか?」


まさか、ね。


そう思いながら、おそるおそる開けた扉の向こうに立っていたのは-


「・・・・君のごはんが、食べたくなった」


4ヶ月前に別れたはずの、彼だった。


「なに・・・・」


驚いて言葉も出ないというのは、正にこの事だ。

頭が真っ白になって、何の感情もわいてこない。

そんな私の姿に誤解したのか、彼は少し寂しそうに笑って言った。


「ごめん、今さら、だよな・・・・突然、ごめんな」


そして、そのまま私に背を向ける。


行ってしまう。

また、私のもとから、彼がどこかへ行ってしまう。


考えるより早く、右手が動いていた。

伸ばした右手が、彼のコートを必死でつかむ。

振り返った彼に、私は言った。


「おかえり・・・・なさい」



彼を部屋に招き入れ、スープとチキンを温めなおす。


「♪おいしくなぁれ あなたのために♪」


キッチンに立った私を見て、彼が笑っている。

いつも、そうだった。

私の歌を聴きながら、彼はいつも笑っていた。

『聴いた事ないぞ、そんな歌』って。

でも、今日はちょっと違っていた。


「やっぱりいいな、その歌」

「え?」

「俺、好きだ、その歌」


湯気の立ち上る、アツアツのスープとチキンを彼の前に置き、サラダを取り分ける。


「召し上がれ」

「いただきます」


まずスープ。次にサラダ。

チキンを食べようとして、彼は手を止めた。


「ごめんな、ほんとに」


うつむいて、彼は頭を下げた。


「ほんとに、バカだったよ、俺」

「・・・・うん」


本当は、言いたいことたくさんあったはずなのに、そんな風に謝られたら、もう何も言えない。

でも、やっとのことで、これだけ言ってやった。


「2度目は、無いからね」

「わかってる」


そう言って顔を上げた彼の目は、涙目だった。


甘いと思う。自分でも。

でも、こんなにおいしそうに、私の作った料理を食べてくれる彼が、私はどうしようもないくらい、好きだ。

彼が、どんな経緯で私の所へ戻って来たのかはわからないけど、今は、どうでもいい。

今、彼が私の側にいて、私の作った料理を、おいしそうに食べてくれている。

その現実だけで、私は満たされる。

いつか。

この空白の4ヶ月が、お互いにとっての笑い話になればいい。

そう、思った。



「ケーキ、食べる?」

「うん」


あらかた食べ終わった彼の前に、綺麗にデコレートしたクリスマスケーキを置く。

ナイフを入れようとする私を止め、彼が言った。


「せっかくだから、ロウソク付けない?」

「ん、そうだね」


確かどこかにあったはず、と、キッチンの引き出しからロウソクを数本取り出し、ケーキの上に立てる。

イチゴとイチゴの間に。

彼が火を付けて、私が電気を消す。

それは、去年までのクリスマスと、何ら変わらない光景。

4ヶ月間、別れていたのが、まるで夢だったかのよう。

暗闇で、何となくロウソクの炎を見つめていると、彼の声が響いた。


「俺と、もう1度付き合ってくれないか?」


とたん。

自分でも抑えきれないくらい、涙がこみ上げてきて。

何度も頷きながら、私は声を上げてワンワン泣いた。

その間ずっと、彼の大きな手が、私の頭を優しく撫でてくれていた。



ようやく涙が止まった私と彼とで、一緒にロウソクの炎を吹き消す。

正直、泣いてぐしゃぐしゃになった顔を見られるのは、何とも気恥ずかしく、このまま暗闇に溶けてしまいたい気がしないでもなかったけれど、そういう訳にもいかず。

暗闇じゃ、せっかくのケーキを食べるのも、一苦労だし。

袖口で、涙のあとを拭きながら、部屋の明かりを付ける。

と。


「・・・・え?・・・・あれっ?」


振り返った場所にあったケーキには、私がトッピングした覚えのないものが、トッピングされていた。

部屋の明かりをキラキラと反射させているそれは、一生懸命泡立てた生クリームでもなければ、クリスマスだからと奮発して買った大きなイチゴでもなく・・・・


「結婚、しよう」


立ち上がり、彼がまっすぐに私を見た。

拭いて乾かしたばかりの目尻から、再び涙が流れ落ちる。

あとからあとから、止まることなく。

ケーキからそっと取り上げ、付いた生クリームをすくって舐めると、彼がそっと手を差し出し、私の指にはめてくれた。


「俺と、結婚してください」



クリスマスの、最高の贈り物。

奇跡なんて、はっきり言って信じてなかったし、クリスマスも単なるイベントでしかなかったけど。

聖夜の奇跡は、あながちウソではないのかもしれない。

なんて。

そんな事を思いながら、私はこれからも、大好きな彼のために、お料理を作るのだろう。

きっと・・・・ずっと。


「♪お料理お料理 あなたのために おいしくなぁれ あなたのために♪」



END

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