第3話サイレントナイト3

 二人は駅近くのラーメン屋に落ち着いた。

はじめはカフェかレストランを探したのだが、クリスマスイブに空いている席があるはずもなく、目についた小さなラーメン屋の奥テーブルに、向かい合って座っていた。


「あのさ」

有賀が気まずそうに口ごもりながら、口を開いた。

「なに」

「あのさ、あの時の事、講義室でオレが怒りだして」

「え、ああ、あのことか」

茉莉は彼が覚えていたことに驚いた。


「ずっと、悪かったなと思ってたけど、あの後すぐに退学届け出したから、あやまる機会なくってさ」

「そうなんだ」

「うん、ごめんな。茉莉が悪かったわけじゃ無くて、あの時、オレの頭の中グチャグチャだったから、否定されてカッとなって。ま、言いわけにもならないが」

有賀はテーブルに両手をついて、深々と頭を下げた。


「いえ、そんなこと。有賀君が覚えていたのを驚くくらい、些細な事だったし。私、あの時何て言ったのか覚えてないし」

茉莉はお茶の入った湯飲みを手元に引き寄せて、ひと口飲んだ。


「ここで会えて良かったよ」

「もう二年近くも前のことだし、何とも思ってないよ」

本当はまだ少し、トラウマになっていることを隠して笑った。今更言ってもしかたがない。

「そうか、よかった。あやまれてスッキリしたよ」


 有賀の話によると、あの時、彼の両親の離婚話が進んでいて、ゴタゴタしていたらしい。父親の浮気が原因で、母と彼と妹の三人で暮らすようになったとのこと。


 後期の学費は慰謝料でなんとかなりそうだったが、妹の大学進学の費用が危ぶまれていた。

そこで、彼の学費を妹の進学費用に回すかどうかで、母親と言い争っていたという。


「オレはさ、三年半も勉強できたし、次は妹の洋子の番だと思って。母親は卒業だけはしておけと怒ってたけど、後悔はしてないよ」

「そうなんだ、大学やめて就職したの」

「いや、しばらくはバイトしてた。短期の仕事とか、日雇いみたいなこと」

「へえ」

「今はやりたいこと見つかってさ、スタント」


「スタントって、崖から飛び降りたりとか、火の中を走り回ったりとか」

私が驚いて言うのにうなずいた。

「ま、そんなもん。まだ訓練中だけど、やり甲斐はある」

「そうか、有賀君、演技好きだったものね。やりたいことが見つかったんだね」

「うん」

有賀は嬉しそうに言って、半分ほど残っていたラーメンをすすった。



「結局、オレの事ばかり話してたな」

一時間ほど話して、ワリカンで会計を済ませた後、駅へ向かいながら有賀が言った。

「そうかな、私は平凡な会社員だし、あまり話すこともないかな」

暖かい店から外に出たので、急に寒さがおそってきた。


 それぞれにコートの衿をかき合わせながら、白い息を吐いた。かなり冷え込んできて、雪でも降りそうな寒さだった。


「茉莉は学生の頃と、変わらなくてほっとしたよ。電車ですぐわかったし」

「オバサンになったって言われなくて良かったよ」

茉莉がおどけると、有賀はクシャリと顔をゆがめて笑った。

ショッピングセンターの前に置かれた、大きなクリスマスツリーのイルミネーションが光っていた。


「じゃあ、気をつけて、また会おう」

有賀は手を上げて上りホームの方へ歩き出した。

「またね」

茉莉も下り方面へ歩きながら、小さく手を振った。


 また会おうとは言いながら、お互い連絡先を交換しようとは言い出さなかった。

茉莉のわだかまりは少し解けたが、恋人としてはもちろん、友人としても、つき合って行くには、隔たりが大きい人だというのがわかっていた。


いつかまた偶然出会ったら、挨拶を交わすくらいがちょうど良い。


 茉莉はホームに入って来た快速電車に乗ると、空を見上げた。

電車のガタゴトいう賑やかな音とは対照的に、夜空の星は、冷たくまたたいていた。


さすがに終点まで、クリスマスケーキの箱を持って帰宅する人はいないようで、電車内はいつもの地味な色彩にもどっていた。


 コンビニで、ケーキでも買って帰ろうかな、茉莉は考えた。

赤い苺がのった生クリームのショートケーキ。たまには食べるのもいい。


チラチラ雪が舞いはじめた。静かな夜。

みんなそれぞれの場所で、幸せでありますように。


(終)

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サイレントナイト 仲津麻子 @kukiha

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