とある館にて、
メルトア
0. 倒れ込むは扉の先へ
「……もしもし。」
飛び起きた。見知らぬ場所だった。見た事も無いような上質な布団に寝かされ、聞いた事も無いような良質な寝間着を着せられていた。上にへばりついて光っている照明もまた豪勢だ。
何故こんな特別待遇を受けているのだろう。そういえば、昨夜の記憶がすっかり穴空きになっている。仕事をクビになってヤケになって呑んだくれた所は覚えているのだが。如何にして此の自分に似つかわしくない綺麗な場所に自分が辿り着いたのだろう。
「もしもし。」
「ぅおゎっぁ!?」
変な声が出た。慌てて問いかけの来た方角を見ると、何とも麗しい少女が自分をお高い木苺に似た目で突き刺していた。肩までで切り揃えられた緑の黒髪は丁寧に整えられてふわりと軽い印象を受ける。背丈に見合った幼げな顔付きだが、その表情はどんな年齢層も惹き付けるであろう魅力を携えていた。
しかしまぁ、当然ではあるが此の少女に見覚えがあるかというと全くそんな事は無く。また当然ではあるが、此の豪勢な場所にも相変わらず見当が付かないままである。
一先ずどうにか現在の自分の状況を確認せねばなるまい。俺は小さく湧き上がる「犯罪」の二文字をかき消して、未だこちらを見つめる少女に話しかけた。
「えー、と。あ、お、驚かせて申し訳ない。え、っと、その……貴女は一体、」
「……道端で倒れ込んでいらしたから、どうかなさったのかと。お元気そうで何よりです」
「あぁ……これはとんだご無礼を。本当に申し訳ない……ですが、何をお返しすれば良いか……生憎、勤め先を失っての事でして」
どうやら、年端も生かぬ此の少女に自分は行き倒れを救っていただいたらしい。何とも面子の立たない話だ。元より面子など無いに等しいのだが。
しかし、返せるものが何も無いのは困った所だ。自分が此の少女と同じ様な地位にある人間であれば幾らか良かったというのに__彼女と同じ地位にある人間は此の様な失態を犯す事は無いだろうけれど。
さてどうしたものか。考えながらふと少女を見ると、何故か先程よりも熱心に此方をじぃと見つめていた。何か失礼をしたのだろうか。そんな積もりは全くと無かったのだが、如何せんそういった類のマナーにはあまり明るく無い。無礼があったなら謝らなければならない、と口を開きかけた。
「それなら、此処で働きませんか?」
遮られ聞こえた彼女からの言葉は、予想と大きく反した。思えば、表情も先程より少し朗らかだ。いや、いや何で?何でそうなる?
混乱した俺の思考を読んだのか元からこうなると思っていたのか、少女は小さく笑ってから俺に真意を説き始めた。
「私は此の館の主、
一人。慣れ親しんだはずの単語にひたりと肩が震える。できる限り外に出ないように努めた、功は奏したようだ。琉歌と名乗った彼女は特段気に留めた様子もなく続けた。
「いえ、たった一人と言うと語弊があります。母に仕えていた執事やメイド、いろんな人たちが未だ至らぬ私を支え、助けてくれています。しかし、皆ができる業務は限られていて、現状人が足りないのも事実です。もし貴方が本気で私に何か返したいと考えてくださるのであれば、此処で働いていただけると、恐らく貴方が思う以上に助かるのですが……」
お見通しだったか。恥に燃やされた耳を冷やせぬままで事柄を咀嚼した。要は、力が少ない故に管理に困っていると。確かに何方にとっても渡りに船だ。俺は勤め先が出来て、琉歌は人手が増える。相互利益がある関係の方が、当然長続きするだろう。
琉歌は此方を窺うように、また俺の目を見つめている。どうにも慣れず顔を逸らした其れがどうやら彼女には否定の意を思わせたらしく、あからさまに落ち込むものだから、慌てて両手を横に振らせた。
「あぁいや、違う、違います!俺としても非常に魅力的なご提案ですし、お受けしたいとっ」
「……本当ですか?」
「もちろんです!いや申し訳ない、人と目を合わせて会話するというのが……こう、得意ではなく」
琉歌は忽ち目を輝かせ、綻ぶ頬を丁寧に解しながら小さく「よかった」と呟いた。声色の変化には特徴がある、耳は多少良いと自負している。彼女の言葉に嘘偽りは無かった。
苦労しているのだろう。少しでは無い、少女の肩にはまだ重い苦労を。俺には想像もつかないほどの苦労を。涙を流す質では無いにしろ、苦しさは想像できた。
「俺なんかでお役に立てるかは分かりませんが……精一杯やらせていただきます」
「、ぜひ。よろしくお願いしますね」
「此方こそ」
やるからには徹底的に。琉歌と握手を交し、俺は契約を結んだ。何処と無く躍っている心を、隠そうとは思わなかった。
とある館にて、 メルトア @Meltoa1210
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