第15話 求人

 平手政秀の死後。信長は春日井郡。平成でいえば愛知県北西部に政秀寺という寺を創建。


 一家臣を弔うために寺を建てる。たしかに織田家はかなりの財力をもっていた。けれど、このときの信長は尾張統一のために武器を買い、兵を雇う軍資金はいくらでも必要だったはずだ。それでもな寺を建てたのは、それほどに政秀を大切に思っていたからだろう。


 話は変わって、信長は政秀の死後、とあることをはじめた。


 一言でいうと求人だ。


 いまは戦国乱世。どこの家も兵はひとりでも多く欲しい。だから基本的にどこの武家もつねに求人状態だし、浪人もえり好みをしなければどこかの家の足軽にはなれた。(何かしらの理由で他国のスパイと思われた浪人は断られる)


 ただ信長は、自ら『人材求む』と噂を流した。前にも説明したとおり、吉乃の家は情報屋。多くの旅人が集まるため、噂はすぐに広がった。


 戦国時代において、織田家の有名武将に中途採用が多いのは、これが原因だ。


「甲賀出身、滝川一益。特技は鉄砲術です」


 那古野城の庭先で、若い男が自信満々に胸を張る。信長は縁側に座り、腕を組む。


「鉄砲術かー、鉄砲隊に使えそうだな。でもさぁ、甲賀者なら他になにかできないのか?」


 甲賀と言えば、伊賀と並び忍者の里で有名だ。信長が勘ぐるのも仕方ない。


「いえ、鉄砲以外には。もちろん武士ですので馬術なども、おっと小刀が」


 一益のふところから、手裏剣が落ちた。


 ――絶対こいつ忍者だろ。


 いまのわざとらし過ぎる行為は、自分から忍者とは言えないけど察してください、という意味なのか、本当にドンくさい忍者なのか迷う信長だった。


 ――まっ、忍者として使えないときは鉄砲隊で使えばいいか。


「採用」

「恐悦至極にございます」

「次の人」


 一益が立ち去ると、信長は次の登用希望者を呼んだ。


「はい! 美濃国出身! 森! 可成! でございます!」


 背が高く、がっしりとした体格の男性だった。手には槍を持っている。


「拙者はこの通り! 槍さばきには自信があります! 必ずや殿のお役に立ってみせます! いりゃぁああ! でりゃあああ!」


 庭で叫びながら、いきなり槍を振り回しはじめる可成。信長はへの字口になる。


 ――ずいぶん暑苦しいやつだな。


 でも、槍の動きは巧みで力強く、勢いもある。


 信長は、仲間の利家を思い出した。槍術馬鹿の利家は織田家随一の槍使いを自称し、自分のことを『槍の又坐』などと名乗っている。


 可成の槍さばきは、その利家と比べても見劣りしなかった。


「あれ? お前、美濃から来たんだよな? それだけ槍の腕がたつなら、道三が雇ってくれたんじゃないか?」

「あぐっ!」


 可成は石化し、槍も輝きを失う。平成ならば、まるで面接に失敗した就活生のような表情で言葉に詰まる。


「そ、その……自分は、土岐氏に仕えておりまして……」

「土岐氏って、道三に滅ぼされたあの土岐氏か? そうか、道三の敵に仕えていたんじゃあ美濃は肩身が狭いよなぁ」

「ぐぅ……」


 可成はうつむき、肩を落とす。平成ならば、面接で落とされた就活生のようだ。信長の妻、帰蝶は道三の娘。道三は信長の義理の父。


 嫁さんの実家の元敵を雇うはずがない。


 可成は一瞬で走馬灯を見はじめる。土岐氏が滅ぼされ、妻と幼い子を連れ浪人(無職ホームレス)生活を続けてきた。美濃の蝮と恐れられる道三に睨まれている家の元家臣、というだけでどこに士官しても断られた。なかには雇ってくれるところもあったが、最底辺の足軽としての採用で、家族を養うだけの給料ではなかった。


 だが、尾張織田家当主、織田信長様が人材を求めていると聞き、藁にもすがる思いで可成はこのチャンス、この就活にすべてを賭けていた。


 可成の心中は、平成ならばリーマンショック直下で『一〇〇年に一度の不況』『就職氷河期』『内定取り消し当たり前』と言われた二〇一〇年度卒業生が、求人票に唯一残った最後の優良企業面接に落ちたぐらいの気持ちだろう。


 わかりやすく読者諸君にひとことで説明すると『自殺してもおかしくない』。

 信長は、申し訳なさそうに告げた。


「ごめんなぁ可成ぃ」


 あぁ、やはり駄目だった。妻と幼い子は裏稼業の人間に買われ、自分はのたれ死ぬ妄想を膨らませ、可成は下唇を噛んだ。


「うちの嫁さん、道三の娘だから肩身狭いかもしれないけど、それでもいいかな? あ、でもうち給料はいいよ」


 可成は顔をあげ、血の涙を流した。


「ありがとうございます‼‼‼‼‼」

「う、うん頑張ってな」


 ――本当に暑苦しいな。


「えーっと次は……」

「弟ちゃーん♪」


 次にあらわれたのは、何故かひとりの青年を連れた吉乃だった。


「あれ? どしたの吉姉?」

「ほら、この前、紹介したい人がいるって言ったでしょ? この子」


 そう言う吉姉の横にいたのは、冴えない青年だった。

 眼差しも、顔立ちも、雰囲気も、すべてにやる気がなさそうだ。


 ――え? こいつ?


 と信長は疑惑の目を向ける。だが青年も、


「って、え!? 姐さん、いい働き口があるって言うからついてきたのに、俺に武士なんて無理っすよ」

「だいじょうぶだいじょうぶ♪ 聞いて弟ちゃん。この子ね、うちに出入りしている行商人なんだけど、本当によく気がついて気の利く頭のいい子なの。絶対弟ちゃんの役にたつよ。だからね、やとってあげて」

「ま、まぁ吉姉がそう言うなら……えっと、それでお前、名前は?」

「俺っすか? 俺はこの尾張の農民出身で行商人の藤吉郎です」


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 紹介文通り、ここまでです。

 人気があったら、本格連載したいです。

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信長の経済学 鏡銀鉢 @kagamiginpachi

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