おまけ

好女子

「『月が綺麗ですね』なんて言うキザな人にはならないでね」

 彼女はデートの最後に、いつもこう言う。

 冗談だろうと思って、「言うわけないよ」なんて笑って答えたら、彼女は、「だから、あなたはあなたなの」と返す。

 言ってほしいのか、言ってほしくないのか。はっきり言えばいいのに、言わないところがいじらしい。

 月が綺麗な夜に彼女と会ったことはない。月より彼女が綺麗だから、彼女の別れの言葉でようやく思い出して月を見上げる。そして、月を見るたびに彼女のことを思い出す。

 我ながら、女々しい。情けない。

「どうしたの?」

 ハイヒールを履いた彼女が、俺の顔を心配そうに覗き込む。

 僕は少し考えて、「いや、君が好きだなあって思い出してね」なんて言うと、彼女は「何それ!」なんて言いながら、照れて笑った。彼女は「好きだよ」とは決して言わなかった。

 思い返せば、彼女からは一言も「好き」だとか「愛してる」だとか、そんな言葉をもらったことはない。

 もしかしたら、僕だけが好きなのかもしれない。そう思っているのは自分だけなのかもしれない。

 疑っている自分と信じたい自分がごっちゃになって、信じられなくて疑い切れない自分が恥ずかしくなった。


「だって、『好き』なんて言ったら、そこで安心しちゃうじゃない。それがイヤだったの」

 二人で決めた純白のウエディングドレスを着た彼女が、世界で一番ズルくて愛しい。

 これでようやくキザな男になれる。ようやくこのセリフが言える。ようやく決心ができた。

「月よりもあなたが綺麗です」

 月よりも素敵な彼女が、笑った。

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好男子 ヤチヨリコ @ricoyachiyo0

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