ひいらぎ飾ろう♪

tk(たけ)

第1話

ひ〜らぎ かざろう

ふぁらららら〜ら ららら〜♪

晴〜れ着に 着替えて

ふぁらららら〜ら ららら〜♪


 帰宅を急いでいた足を止めて、思わず歌が聞こえるほうを見た。


そうそうっ これ♪


 子供の時、親にせがんで、何度もかけてもらったDVDに、入っていた曲だ。

今も同じキャラクター達が、ショーウインドウの向こう側で、曲に合わせて踊ってる。


 その窓の前には、私と同じように歌に誘われた子供達が、体を揺らしながら見入っている。


その姿に、はやっていた私の心は、落ち着きを取り戻した。


 今日は帰りがけに、会社で嫌な思いをして、つい早足で歩いて来てしまった。


 だってうちの職場は定時なのに、定時が三十分遅い部署の人がいきなり来て、帰りがけの私に仕事の依頼をしていった。


「ごめんなさい、もうパソコンも落としてしまったので、また明日聞かせていただけますか?」


「私、明日居ないから。資料はメールで送るわ。悪いけど明日中に報告してちょうだい」


 はっ!? 何言ってるの? この人。内容も分からないのに、納期なんて約束出来ないよね!?


「えっ!?」


そう声を上げた私に彼女は言った。


「大丈夫。前にもやってもらった集計だから。明日だからよろしくね」


それだけ言うと、私の机から離れていった。


 普段、異なる部署間では、相手の席まで行く際の用件が大体決まっている。

それは、報告内容に迷った時の事前相談とか、部署間調整が必要な事項の下打ち合わせ、そして、報告日の延期調整などだ。

もちろん、今回のように短納期となる報告について、ネゴりにいく場合もある。


 しかし、それらは、席へ来る方が下手に出る事が常で、今のように、席まで来て、仕事を押し付けて行く態度の人は、まずいない。


「いきなり変なのに捕まったな」


今のやり取りを聞いていた、隣の席の同僚が声をかけてくれた。


「今の人、少し態度がおかしいから、気をつけろよ。思いどおりにいかないと、いきなりキレるらしいぞ」


「そんな、子供みたいな…」


「彼女を受け入れた部署も、それ以降、他部署と揉め事が増えて困っているらしいよ」


「そうですか…」


「何を押し付けていったのか分からないけど、困ったら相談してよ」


「そうですね。今日はもう帰ります」


「うん、お疲れさま」


 そして、会社を出て、寒空の下をつかつかと歩いて来た訳だが、駅ビルに入り、改札口に向かう途中にある音楽や映像ソフトを販売している店で足止めされた。


 心が穏やかになったついでに、このミュージックショップに寄って行こうかな。


 店内に足を入れると、赤と緑でクリスマスのデコレーションがされていて、手作りポップカードにも縁取りがされていたり……


そっか… 今日は23日かぁ……


 大学生になったら、自然と好きな人が出来て、事によると恋人も… なんて事は起こらずに、今までずっと家族とイブを過ごして来た。

 だから、クリスマスを特別に意識したことはない。


それにしても店内には様々なジャンルの音楽が、ところ狭しと並べられている。


 通路をゆっくりと歩きながら、時々、目に止まった物に触れてみる。

昔、よく聞いていたバンド、友達が好きだったグループ…


あれっ! 鈴木先輩!


 目線の先には会社の先輩がいて、棚に並んだCDを真剣な目付きで追っていた。


やばい…


見なかったフリして、そっと帰ろう…


 先輩の視線の先はアイドルグループのコーナーで、クールビューティー路線の先輩には、ちょっと似合わないイメージだった。


でも、フッと入口のほうへ動こうとした時、呼び止められてしまった。


「詩織ちゃん!」

「お疲れさまです」


「なんで、なんで戻ろうとしたの?」

「えっーとぉ、真剣に選んでいたので、邪魔しないようにです…」


「欲しいものは買ってあるの、ほらっ」


確かに手にお店の袋を提げている。


「でもね、アルバムのジャケット写真が好きでね。見てて飽きないから、よくこうしてるんだ」

「じゃあ、坂道グループが好きな訳では無いんですね」


「ううん、大好きだよ。だから今も見てたし、買ったのも今日発売のCDシングル」

「へえ〜、初めて知りました」


「そうだね、特に誰にも話してないからね。詩織ちゃんは好き?」


 さぁ、一番難しい質問が来たぞ

正直に興味ないと答えれば、この話題はお終いで、このまま別れとなるだろう。

一方で、好きであると答えた場合……


「興味無いみたいだね」

「えっ」


「なんて答えようかなって考えてる表情したよ」

「あれっ、そんなにわかり易いですか!?」


「好きだったら、好きですって即答するでしょ」

「あぁ、たしかに」


 鈴木先輩が笑ったけど、少し薄く笑ってる気がして自分に失望した。


「先輩、どんなところが好きなんですか?」

「グループの娘たちの純真なイメージと歌詞の内容かな。記事の内容から見える個性とか、冠番組で一生懸命に取り組んでる姿も好き」


「へぇ、本気なんですね」

「リアルにはそうそう居ないからね」


先輩、何か少し寂しそう。


 鈴木 久美先輩は、私より三年先輩で同じ部だけど、別の担当にいる。

 たまたま私の担当に鈴木先輩の同期がいるからランチを一緒の机で食べたことがあるのと、部内での飲み会などで話す程度の間柄だ。


でも、今、先輩が浮かべた寂しげな表情には、私も気が付いた。


「ねぇ、この後、予定ある?」

「いえ、なにも」


という事で二人で駅ビルの屋上に来た。


「あぁ…」


「案外と綺麗でしょ」


「はい…」


 屋上はイルミネーションで飾られ、サンタクロースのお家やクリスマスツリーがあった。


「じゃあ、こっちも見て」


 先輩の後ろを付いて行くと、少し前が開けていて、そこからキラキラと煌めく夜景が一望出来た。


「ここは穴場ね。特に冬は空気が澄んでいるから遠くまで見渡せる…」


「先輩、何かあったんですか?」

「どうして… って、分かっちゃうか。重たい感じがしてる?」


「そうですね、何か寂しそうです」


「ねぇ、明日の晩、一緒に過ごさない?」

「わたしですか?」


「そう、うちへ来て欲しいな」


「まぁ、いいですけど、イブですよ?」

「うん、一人だから」


 翌日、昨日の帰りがけの置き土産を対応しつつ、本来の予定業務もこなして、何とか十六時には定時で終わる目処がついた。


 ほっとひと息つくためにコーヒーマシンのそばへ行きマグカップに一杯注ぐ。それをすすりながら、最後の気合を入れた時、鈴木先輩から社内チャットが届いた。


 開くと『お疲れさま、予定どおり?』と書いてある。

不思議に思い、顔を上げて向こうのほうを見ると、離れた所から鈴木先輩が手を降っていた。

 今まで知らなかったけど、顔を上げると一応、お互いが見えるのだった。


『予定どおり定時退社の見込です』

そう返信し、最後のひと仕事に取り掛かった。


 私達は、昨日のお店で待ち合わせをしたので、そこで落ち合うと、先輩の家へ向かった。


「えっ、ここで降りるんですか?」


会社の最寄りからたったの二駅。乗車時間は五分ほどだった。


 そして、食事とケーキを買うと、先輩の家、それはきれいなマンションに上がらせてもらった。


「家賃補助にいくら足せばこんないい場所に暮らせるんですか?」

「無趣味だし、満員電車苦手だから、多少高くても仕方無いのよ」


「おまけに部屋が余ってませんか?」

「そうね…」


ちょっと、表情が曇ったかな…


私はこの話題をやめた。


「ケーキ屋さん、素敵な雰囲気でしたね」

「有名なパティシエがやってるのよ。スポンジと生クリームが美味しいの」


「それにしても、ホールは大き過ぎませんか?」

「ふふっ、そうね。食べ終わるまで居てちょうだい」


たとえ冗談でも鈴木先輩に、そんな事言われると嬉しくなってしまう。


 それから荷物を片付けると、二人で食事の準備をして、まずはワインで乾杯をした。


ピンポーン♪


 そこへドアチャイムが鳴った。先輩は席を立ち、モニターを見ると、ドアを解錠した。


玄関が開き、靴を脱ぐ気配がした後、リビングの扉が勢いよく開いた。


「メリクリー!」


 そこには明るい色のショートコートを着たかわいい女の子が立っていて、先輩に駆け寄ると、いきなりハグをした。


「寂しかったよー。でももう先輩は独りになったって聞いたから、来ちゃった」

「今までだって、毎年来てたじゃない」


「今までは気を使って帰っていたけど、今日は泊まるからね」

「明日は平日よ」


「明日は帰宅するまで待ってるよ」

「ねぇ、今年ももう一人居るんだけど」


「あれっ、ほんとだ。この人はだぁれ?」

「会社の後輩よ。それで、いま、私が好きな人よ」


「えっー」

「ええっー!?」


 いきなりそんな事言われて、もちろん、押し掛けてきた彼女も驚いていたが、それよりも私が一番驚いてしまった。


「へぇー、ずいぶんタイプが変わったね」

「まだ、お付き合いしてないからよ」


「へぇー、そうなんだ。面白そう」


そう言うと、彼女も椅子に座った。


「かんぱーい」


 結局、三人で食事を食べ始めると、お酒を飲んだ。それにしても、話は私の知らない話題でどんどん進んでいく。


 その話によると、この突然の闖入者は、鈴木先輩の大学の後輩で、安部 千夏ちゃんという女の子だった。

千夏ちゃんは社会人一年生で、学生時代から鈴木先輩を慕っている。


 だから余計に、学生時代の鈴木先輩の恋人のことや、今年になってから、その恋人と別れたことを知っていた。


「先輩、私と付き合ってください」

「ごめんなさい、好きな人がいるの」


「まだ片想いなんでしょ、追う恋より、追われる恋のほうがいいと思うよ」

「千夏も早くいい人見つけなさい。それに何人も付き合ってたじゃない」


「代わりで我慢してただけだもん、絶対に先輩がいい」

「最近は男の子と付き合ってたんでしょう。その人はどうしたの?」


「うーん… 態度保留。待たせてあるみたいな感じ…」

「私は諦めなさい」


「でも、この人は先輩のこと、そんなに好きじゃないよ!」

「知ってるわ、いいじゃない、片想いでも。私の心に決着がつけば、次の恋を出来るかも知れないけど、今は無理」


 本当は私も何か意見したい気持ちに、だんだんなってきたんだけど、いかんせん、今まで恋愛経験ゼロで、おまけに鈴木先輩をどう思っているかなんて、上手く表現出来る自信がない。


 だって、まず女同士だよ。素敵だなって思ってても、それはあくまでも恋愛ではなくて、憧憬だと思う。

 でも、そんな考えを、いま私が話したら、余計に収まりがつかなくなりそうだ。


 二人の話はあちらこちらへ飛びながらも、再び恋の話になる。そして、またどこかへ飛ぶの繰り返し。

 聞き役に徹しながらもお酒は飲んでいたので、それなりに酔ってきた。時計を見ると十時半。


「あの、私 そろそろ…」

「顔 真っ赤よ。いつもより、多く飲んだでしょ」


それはその、目の前であれだけイチャつかれたら…


「ここからどのくらい?」

「一時間くらいだと思います」


「そうよね… とりあえずお酒を抜きましょう」


 もらったお水をかぶりと飲むと、先輩に支えられながら、先輩のベッドに寝かせてもらった。


「迷惑かけちゃって」


「こっちこそ、ごめんね」


先輩が申し訳なさそうな顔をしている。でもそんな顔をして欲しくなくて…

それに…


「せんぱい… 私ともハグしてくれませんか…」


見つめていた瞳が、一瞬大きくなった気がした。


先輩は、私に覆いかぶさると、そっと唇にキスをした。


「おやすみなさい」


そう言って、扉から出ていった。


 翌朝、始発で一旦、家に帰ると、シャワーを浴びて、出勤した。


もちろん、同居している両親からは、好奇に満ちた視線を浴びたが、何も言わずに出て来た。


 会社に着くと、さっそく先輩がチャットを送ってきた。

もちろん、どこも不調は無いので、そう返事をすると、改めて今晩を一緒に過ごしたいと連絡がきた。


 顔を上げて向こうを覗くと、先輩がじっとこちらを見ていた。

断わる理由が無いので、OKと返し、コーヒーを作りに席を離れた。


 今日も昨日と同じ店で待ち合わせた。様々な音楽が流れる中に、私が足を止めた『ひいらぎ飾ろう』も流れている。

しかし、残念ながらクリスマスは今日までだ。


「お待たせ」


先輩が来た。


「夕飯、ハンバーグでもいい?」

「はい、大丈夫ですよ」


電車に乗ると、先輩の家がある駅で降りる。


 そこに丸太小屋を意識したようなナチュラルな外観のレストランがあった。


「ご予約の鈴木様 二名様ですね、こちらへどうぞ」


予約してくれていたんだと思いながら、二階席に座った。


 コートを脱いでハンガーへ通すと、ラックへ掛けた。

椅子へ座り店内を見回すと、テーブルがゆったり目に配置されていて、くつろぎながら過ごせる雰囲気だった。


「昨日はごめんね。急に一人増えちゃってさ」


 先輩に謝られたけど、夕べの事はよく覚えていない。少し、モヤっとしながら、いつもよりたくさん飲んだ。

 そして、唇への柔らかな感触。思い出すと顔が熱くなる。


「今朝、帰ったから、今日はもう居ないから…」


その言葉って、どういう意味なんだろう…


 今日は居ないから、つまり二人だから、だから二人で、昨日出来なかったおしゃべりをしようって事かな。


「大丈夫ですよ、ちょっと私には分からない話が多かったですけど、学生時代の様子とか聞けたし、楽しかったですよ」


「そう、それなら良かった」


 それから料理を楽しみ、デザートのムースまで味わった。

今日はお酒を飲みたい気分では無かったので、ソフトドリンクにしたけど、先輩との話は弾んで、いくらでも、もっともっとお喋りをしていたかった。

 それは先輩も同じようで、時々笑い声を上げながら、笑顔で喋っていた。


 でも、デザートを食べ終えて、コーヒーがテーブルに乗ると、雰囲気が少し変わって、会話の切れ目に何か言いたげな様子をするようになった。


 だから、笑顔をすっと消えて、少し緊張が見えた時に、先輩からの言葉を待ってみた。


「ねぇ、今日も泊まっていかない?」


 なぜかそう言うような気がしてた。

そして、昨日、先輩が口にしていた私への気持ちも本気。


もっとそばに居て、その気持ちを確かめたいのかな。


それなら、私も同じ気持ち。


 今日は頭の中が、先輩のことばかりだった。


少しでも長く、一緒に過ごして、先輩の事を知りたい。


だからこう返事をした。


「はい、明日はお休みですし」




私の初恋は、その年のクリスマスから始まった。




(終)

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