第21話 アルクとオリヴァー

 立坑の前の広場に一同が集まった。

 ヴィルホが皆に声をかける。

「まずはわたしと衛兵が最下層まで降りよう。遺体の確認が最優先だから、途中の階には立ち寄らない。合図をしたら、他の皆にも降りてもらう」


 アイノがたずねた。

「ヴィルホ、全員で降りる必要があるのか」

「その方が良かろう。遺体の運搬には人手が必要だ。それから何かあったとき、まとまっている方が都合がいい」

 それについては誰も異論はなかった。


 アルクがふと気づいて言う。

「あいつがいない」

「あいつとは?」

「オリヴァーだ。もう一人の職人だよ」

 アイノが「チッ」と舌打ちをした。「何をふらふらしていやがるんだ。おい、小僧。ちょっとその辺を見てこい」


 アルクがその言葉を受けて書架の方に向かおうとすると、コトカが言った。

「アルク、一人で動かないで。わたしも行く」

 コトカと、それからリネアがアルクの後を追った。


  ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎


 アルクが書架の間を歩いていると、コトカがアルクの右手をとって腕を組んだ。


 コトカがささやく。

「アルク、ゆっくりでいいよ。慌てたら見えるものも見えなくなる。それと、わたしから離れないでね」


 アルクはコトカの距離が近いので、落ち着かない。さっきコトカに抱きすくめられたことを思い出し、ますます気が気でなかったが、平静を保とうと周囲に目を凝らした。


 そう言うコトカも、内心ではそれほど落ち着いていなかった。アルクのことは「自分が守らねば」と思っている。気恥ずかしさもあったが、つかまえていないとアルクがどこかにいってしまいそうな不安があった。


 しばらく歩くと、書架の奥に人影があった。オリヴァーだ。


 オリヴァーは羊皮紙を広げて読んでいる。

 アルクらに気付くと、紙をとじて革紐で巻き、書架に置いた。


「よう、お二人さん。仲良くお散歩かい」

 オリヴァーが言う。

 長身に、束ねた髪、無精髭。相変わらず飄々として、つかみどころがない男だ。


 コトカがぴしゃりと述べる。

「これから移動するのよ。みんな、あなたを待っているわ」

「そうか。そいつはすまない。呼びにきてくれたんだな」

 オリヴァーは足もとに置いていた袋を肩に背負った。


 コトカがアルクを引っ張り、元来た道を戻ろうとしたとき、アルクが唐突にたずねた。

「なぁ、オリヴァー。あんた、何者だ?」


 オリヴァーが笑いながら答える。

「どうしたんだ、アルク。なぜ、そんなことを聞く?」


 アルクが言う。

「だって、あんたは職人じゃないだろ」

 オリヴァーの笑みが消えた。


「アルク?」

 コトカがアルクを見る。

 アルクの表情は真剣だ。


 次の瞬間、リネアが前に出た。コトカとアルクをかばうようにオリヴァーに対峙すると、長刀のつかを握る。


 オリヴァーは後ろに二、三歩下がった。

「おっと。剣士のお姉さん、勘弁してくれよ」


 コトカがオリヴァーに問う。

「あなた、職人だって嘘をついていたの?」

「はは、そんなわけないだろう。俺はれっきとした職人だよ」


「いや、違う」

 アルクの声は落ち着いている。「いま思えば、あんたは、最初に手を挙げた職人の中にいなかった。そもそもギルドの職人であれば、俺は顔くらい知っている」


 オリヴァーは首を振る。

「確かに手は挙げていない。でも後から思い直したんだよ。稼ぎになりそうだってね。だから代わってもらったんだ」

「あんたからは職人の匂いがしない。あんたの手は、職人の手じゃないよ」

 アルクのその言葉に、オリヴァーは自分の手を見た。思わず確認したかのように。


  ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎


「くっくっくっ。君は本当に面白いやつだな」

 オリヴァーが言った。「アルク、俺が職人でなければ、いったい何だって言うんだ?」


「俺は、祖父じいさんを手伝っていた時、あんたと同じ匂いがする人間を見たよ。工房にそいつらが出入りしていたからな」

「ほぅ」

「あんた、盗人ぬすびとだろう?」


 オリヴァーは答えない。ただ、黙って両手を挙げた。お手上げとでもいう風に。


「その袋の中身は何だ」

 リネアの問いかけに、オリヴァーが袋の口を開けて逆さにする。羊皮紙や仔牛皮紙の巻物がバサリと袋から落ちた。

「呆れた」

 コトカがつぶやいた。


 リネアが長刀をすらりと抜き、オリヴァーに突き付ける。

「うおっと」

 オリヴァーがのけぞった。


 リネアが抑えた声で告げる。

「いまここでお前を殺しても、ヴィルホは我々をとがめないだろう」

「おいおい、ちょっと待ってくれよ」

 オリヴァーがさすがに焦りの色をにじませた。

「何なら手足を斬って動けなくしてもよい」

「剣士さん、まぁ、落ち着きなって」


 互いに向き合ったまま数秒が過ぎる。


 コトカが口をはさんだ。

「オリヴァー、あなた、いまの状況を予想していたの?」

「いまの状況、というと?」

「扉が閉まって出られないこの状況よ。あるいは、あなたが関わっているのかしら?」

「まさか。予想外だよ。俺のせいじゃない」

「どうだか。混乱に乗じて稀覯本を盗むつもりだったのかもしれないわね」

「違うって。俺だってこの展開は驚いているんだぜ」


 オリヴァーがアルクを見た。

「おい、アルク、やめさせてくれよ。同じ職人のよしみで」

 コトカがアルクを遮って言う。

「職人じゃないくせに、厚かましい。アルク、耳を貸さなくていいわよ」


 アルクがたずねた。

「あんたは、一人でやっているのか?」

「あぁ、そうだ。だが手前勝手に盗んでいる訳じゃないぜ。依頼を受けて、仕事としてやっているだけさ」

「じゃぁ、あんたに指示したやつがいるんだな。誰の命令で、何のために、書庫へ入ったんだ?」



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

魔筆師アルクと厄災の書 やなか @yanaka221b

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ