第13話 大戦時に確認された強力な割断性能を持つ封剣の捜索及び回収を目的とする封印機構の鑑定分析依頼について

 魔導素子にまつわる記述型の魔術について、フィズは師匠から聞いたことをなるべくすぐメモに書き留めた。そしてその中で浮かんだ疑問についても、書き入れることが習慣になっていた。キリノミヤはいつでも質問には応じる姿勢だったが、不思議なもので疑問点を書き出すだけでも自ずと解消することも多々ある。

 エルファバ原典の複写データにもその日のうちに目を通した。キリノミヤの言う通り、確かにその内容は至ってシンプルなものだった。というより、フィズにとっては既に素子のデータシートで馴染みのある単語やパラメータが、改めて事細かに定義されているといった印象だ。素子も1つのマジックアイテムと聞くと非常に実感が湧く。例えば"保ち"属性の素子として魔導回路の処理にあえて遅延をもたらすものがあるが、どの程度遅延させるかという数値違いだけでも無数のバリエーションがあり、データシートを基に適切な素子を選定して回路に組み込む必要がある。エルファバ原典ではその遅延時間が標準的な単位系で定義されていると言った具合だ。キリノミヤの「興味があれば目を通しておくといいでしょう」という言い方には違和感があったが、実際に目を通してみると確かにフィズにとっては今更な内容だった。

 一方でキリノミヤの言う"文法"領域については読んでみてもいまいちわからなかった。おそらく"言葉"についての記載も、魔導回路の実験を繰り返す前では何も理解できなかっただろう。「まだ飛躍する知識」という前置きをフィズはなんとなく察した。


 エルファバ原典の存在を知ってから数日経ち、フィズはガントレットの全体の構造を調べ始めていた。これまで実験で使っていたのはあくまでも拡張スロットに接続するモジュール部分だ。出力パーツなどがどうなっているのかはまだいまいちわかっていない。よくわからないままにとりあえずスケッチしてメモを書き入れていると、リビングから呼び鈴が短く2回聞こえてきた。コバコからの連絡だ。キリノミヤと目を合わせ、2人無言でのそのそとメッセージを受け取りに行った。ボタンを押し伸びてきたロール紙を切り取る。フィズはこの装置とこの操作がなんだか好きだが、よくよく考えるとチューナーで連絡すればこんなものは不要である。何故この形態でやり取りしているのかは少し不思議だった。


"封剣捜索のための鞘の分析依頼

依頼人:夕刻のラピス

依頼内容:大戦時代に回収された封剣の鞘の分析。魔剣捜索の手がかりを得たいとのこと。酒場の一角では都合が悪く、工房で直接詳細の相談を希望"


「ふうけん?って何スか?」

「おそらく封印の施された剣のことですね。あまり一般的な言葉ではないはずですが……。ふむ、聖剣ではなく魔剣ですか……」

 そう言いながらキリノミヤは装置のボタンを押した。おそらく何か返事をしたらしい。

 

 程なくして工房を訪れたのは、強い眼差しをした老婆だった。決して目付きが悪いわけではないが、薄黄色のレンズが入った丸いサングラスの奥からでも、その眼光が刺さるようだ。目線は小柄なフィズよりさらに低いが、正面に立っているだけで目に飛び込んでくるミディアムショートのグレイヘアは、どこか勇ましさを感じさせる。一歩後ろには付き人らしきパンツスーツの女性が、布で包まれた長めの箱を両手で胸の高さに持っていた。レディーススーツなんて都心を出てから初めて見たかもしれない。フィズはコバコのスーツ姿を思い浮かべた。たぶん似合う。

 リビングに案内すると老婆だけがソファに腰を掛けた。

「改めまして、魔導具技師のキリノミヤです」

「その見習いのフィズっス」

「ご対応に感謝致します。夕刻のラピスと申します。ここより山を2つ隔てて西北西、グリーニールにて墓所の所長を勤めております。しかしながら此度のご依頼は極個人的な"さがしもの"にまつわる案件でございます」

 ラピスの声には強い信念や使命のような色が宿っていた。ラピスがゆっくりと目配せすると、背後に立っていた女性が箱をテーブルに置き、紐と布を解き始めた。

「こちらは大戦の折、私の父が戦場より持ち帰った封剣の鞘にございます。曰く、その一太刀は地形をも変えうるほどの凄まじい斬撃を繰り出すとのこと。しかし見ての通り、今手元にあるのは其の鞘だけとなっております」

 テーブルの上であらわになったのは留め具などの金具が一切ない白い組み木の箱だった。ゆっくりと時間をかけて蓋を持ち上げている様子から、精巧に作られていて気密性が高いのもわかる。木箱の中には藍色の絹に沈み込むように金属の無骨な鞘が収められている。幾何学的なフォルムで凹凸が少なく、装飾や曲線もない。言われなければ鞘とわからない独特なデザインだ。

「父はこの鞘を残してすぐに戦地へととんぼ返りし、そのまま帰らぬ人となってしまいました。故に其の封剣にまつわる逸話はほとんど残っておりませぬ。さりとてそれほど絶大な力を持つ業物が、封印から解き放たれ行方知れずとあっては、この平穏の時代に善からぬ影を落とすとも知れませぬ。そういった事態を避けるため長きに渡り封剣の捜索を進めてまいりましたが、如何せんあまりにも手がかりが少ないのです。何分危うい存在である故に、鞘自体の鑑定や分析などもこれまで踏みとどまっておりました」

 ラピスの流れるような語りで、フィズにも話の大筋は概ね把握できた。酒場の一角では都合が悪いという補足にも納得がいく。

「ですが先日、墓前でオカリナを奏でる1人の好青年がおりまして」

 フィズは表情に出さず一瞬固まった。

「曰く、こちらは如何なる依頼にも親身になって受け入れてくださり、確かな技術と豊富な知識で共に最善を探り困難を乗り越え導いてくださる、非常に信頼の置ける魔導具工房だとか」

 ラピスは至って真剣な眼差しのまま言い切った。フィズはオシロのことを思い返す。ぬいぐるみの中に入っていた布切れを渡した程度で、こちらからはほとんど何もしていないのである。ちらりと隣の様子を伺うと、どうやら師匠も同じことを思い出しているようだった。しかしであれば、短いスパンで来客が続いたことにも頷ける。

「それは少し誇張されているようですが、事情は把握しました。もちろん協力させていただきます。魔導具技師としての視点から新たに得られる手がかりもあることでしょう」

 キリノミヤはすんなりと受諾の意志を伝えた。確かにただのカバーというわけでもなく、機械的な構造を持つマジックアイテムのようだ。

「できれば数日お預かりできればと思いますが、まずは少し診させていただきますね」

 どこから取り出したか白い手袋をつけたキリノミヤは木箱に収まったままの鞘を一通り観察すると、両手で慎重に取り出して側面や裏側を確認し始めた。塗装などもされておらず、全体的に金属のようだが光沢はなく錆びている部分もない。外装も厚みがあり重そうだ。全体を観察し終えるとキリノミヤは鞘を木箱に戻した。

「一旦明後日の昼までお預かりさせてください。そこで何かしら報告できるよう調べてみます。村の宿屋で泊まっていただくことになりますが、可能でしょうか?」

「えぇ、是非お願い致します。して、何か見通しが立ったのでございましょうか」

「いえ、まだなんとも」

 キリノミヤは穏やかに笑みを浮かべ続けた。

「それともう1点、なるべく状態を維持できるよう努めますが、場合によっては分解の際に損傷する可能性があることをご了承ください」

「構いませぬ。丁重に保管してはおりますが、決してコレクションとしてではありませぬ故」

 キリノミヤは用意しておいたバインダーにサラサラと何か書き込むと、そのまま質問を始めた。

「戦場から持ち帰ったということですが、具体的にどの地方かなどはわかりますか?」

「曖昧な情報となりますが、グリーニールより遥か南方、とだけ伝え聞いております。時期としては大戦初期、父はその目で実際に其の一太刀を目の当たりにしたそうなのですが、聞き込みによる調査でもそれらしき情報は得られておりませぬ」

「初期であれば戦線のようなものも明確になく、各地で突発的に武力衝突が勃発していましたからね。地域の特定も難航するでしょう」

「ふむ、キリノミヤ様は歴史にもお詳しいのですな」

「まぁ多少です。ところで、話からするにその封剣を使っていたのは魔族ということであっているのでしょうか?」

「えぇ、おそらくは。であればこそ、終戦を迎えたこの時代にあってはならぬのです」

 ラピスの声にはより一層の力が籠もっていた。フィズは大戦を知らない。基礎課程で学び文面としては知っているが、その時代を生きていない。自分の生まれる前に結末を迎えた、過ぎ去ったストーリーでしかない。ラピスの抱く懸念は大袈裟なものに感じられた。

 チューナーのIDを交換した後、ラピスとその付き人は村に引き返していった。どうやら黒い大型のSUVで2人この村まで来たらしい。山を2つ隔てて、と言っていたがそもそもブリーズビレッジは遠方まで草原に囲まれているため、それなりの距離を移動してきたことになる。


 ラピス達を見送った後改めて作業場を清掃し、フェルト生地を敷いた作業台に鞘を運んだ。そしてキリノミヤはぽつりとつぶやくように訊いてきた。

「フィズ、あなたは大戦についてどんなことを知っていますか?」

「どんなって、うーん。……悪い魔女と人間の戦いっスよね。具体的な年数とかも一応習ったッスけど、正直もうあんま覚えてないっス」

「では、先ほど話に出てきた魔族については?」

「悪い魔女が召喚したなんか魔界の、そういう……生き物?みたいな。悪い魔女を倒したから今はそういうのがもう出てこなくなったって」

「そうですか。ありがとうございます」

 それだけ言ってキリノミヤは会話を止めてしまった。こうして何か尋ねてくるときはどこまで知ってるか確認したり、その先の説明に繋げることが多かったので、フィズは拍子抜けした。興味がないとは言え無知を晒しただけである。

 すぐに分解を始めるのかと思いきや何やら薬品をつけた細長い紙で何箇所か表面を拭ったり、先端の丸まった金属の棒であちこち叩いて音を確認したりとフィズの知らない工程をあれこれと進めていった。キリノミヤは1つずつ概要レベルで何をしているのか解説してくれたが、その手さばきは速く、フィズはメモを書き記すので精一杯であった。職人の手つきとは、ただ忙しなく手を動かしているわけではない。集中すべきとこや慎重になるべきとこではそっと緩やかになり、それ以外の動きに迷いがない。だからこそ"無駄がない"と表現されるのだろう。フィズの知るキリノミヤは、作業場にいても考えを巡らせている様子が多く、こうして手を動かして作業をしている姿は初めて見た気がした。

 分解作業に入りキリノミヤはさらに加速した。やっていることは基本的にホバーボードを分解する際に教えてくれたことと変わらないようだったが、そのスケッチは精密さより最低限の要点を残しているようだ。フィズにできるのは次に使いそうな工具を準備したり、せっせとメモ用紙や小皿を手渡したり、作業台の配置を整理したりすることぐらいだった。

 そうして10分ほどで、キリノミヤは手を止めた。完全に分解したわけではないが大凡あらわになっている。そこからさらに観察を始めた。

「この円柱状のパーツは何だと思いますか?」

「……リアクタを連結させてるんスかね」

「いいですね。私も同じ見立てです。おそらくは内側の筒状の部分に高マナ魔晶石を粉砕して作ったゾルが充填されていたのだと思います。ですが、」

 キリノミヤは金属の棒で筒状のパーツの底面をつついた。気持ち長めに金属音が響く。

「空洞?」

「えぇ、すでにリアクターからは魔力を取り出せない状態です」

「じゃあ剣が見つかっても、もう封印能力はないってことっスか?」

「いえ、このリアクターから取り出された魔力は抜刀機構に使われているようです」

「抜刀?」

「文字通り鞘から剣を抜くアシスト機能ですね。アシストと呼ぶにはあまりに強力ですけれど。通常、リアクターは外気を取り込むなどしてその消失を加速させ魔力を得ます。一方で瞬時に爆発的な魔力を得たい場合にはこのように予め消失させる物質をセットしておくこともあります。ここからわかるのは、"この魔剣は素早く抜くことができた"ということ。そしてこのアシスト機能は"繰り返し使うことを想定されていない"ということです」

「…………あー、ここまで分解しないとそのゾル?を充填できないからってことっスね」

「はい。また、この部分だけ破断したような状態になっていることは気づきましたか?」

 キリノミヤは鞘口付近を指さした。階段状になっている内2個所だけ、割れた岩の断面のようになっている。

「本当だ、全然気づかなかったっス」

「これはおそらく設計通りの破壊をさせた痕です。あえて部材に穴やスリットを入れておくことで応力を集中させ、設計上意図した方向へ破断させる技術ですね。そしてこれは鞘の最も基礎となるフレームの一部です。位置と向きからしておそらく鍔か柄と一体になっていたことがわかります」

「んんん?鞘と剣が1つのパーツだったってことっスか?

「はい」

「でもそれじゃ使えないじゃないっスか」

「力ずくで破壊すれば使えます」

「そんなデタラメな……」

「ええ。非常に独創的な設計です。しかし実際、抜刀のアシスト機能はこの部位の破断をトリガーに発動するように作られています。このアシスト機能の出力からしても、常人が使えば肩から先が吹き飛ぶ程度の威力にはなると思いますので、相応な体格の者にしか扱えないという意味では理にかなっているかもしれません」

「そんなパワーで解決する感じの封印だったんスか……」

「少なくとも魔術的な封印はなさそうですね。それでも封剣と呼べてしまうのは言い得て妙ですが。鍔の形状次第ではテコの原理で案外見た目以上に容易に破壊できたかも知れません。荷重のかけ方によって剣を振り抜く際の姿勢を誘導していた可能性もあります。あくまでも憶測ですけれどね」

 考察を語りつつキリノミヤは立ち上がって棚から機材を取り出し、並べておいた紙切れの近くに置いた。

「少し気になることがあるため素材の成分も見ておきましょう。先ほども簡単に説明した通り、こちらの紙に極僅かに表面の金属を溶解させてあります。溶解している金属によって導電特性が変化するため、その数値から成分を同定する手法です。あまり精度は高くないですが、今回はこれで十分でしょう」

 そう言って細長い紙の両端を機材からつながるクリップで挟んだ。画面のような部分に細い緑の曲線が描かれる。4枚目の紙をセットしてからキリノミヤは画面を指さした。

「最初のサンプルは鞘の基礎フレームの成分で、鞘口から遠い部分で採取しました。そして、今表示しているのはその破断面の成分です」

 キリノミヤは機材のボタンを押して、最初の曲線と色違いで重ねて表示してみせた。曲線が全く違う形を描いているのはフィズにもわかった。

「同じパーツでも鞘口付近では全く異なる金属が皮膜を形成していることがわかります。これは付近で別の金属がプラズマ化した形跡と思われます。そして何より重要なのは、破断面にもこの被膜がついているという点です」

「ふむ?」

「つまり、抜刀した後から別の金属が間近でプラズマ化したということがわかります」

「プラズマって聞いたことはあるけど、あんまよくわかってないっス」

「物質の三態はというのは覚えていますか?」

「あー……氷と水、水蒸気みたいなやつっスか?」

「それですね、イメージとしては固体、液体、気体のさらに高いエネルギーを持った状態がプラズマです」

「ふむふむ」

「プラズマは本来不規則に揺らいでしまうものですが、これは流れと連なり、放ちの魔術によってある程度整形することが可能です。おそらくそれこそがこの剣の本来の姿なのだと思います」

「おぉ。燃える剣みたいなことっスか?」

「ええ。但しその有効期間はおよそ0.2秒程度」

「えっ?」

「刀身のサイズや成分、被膜の量などからの概算にはなりますが、魔術で絶えず流れを作っていなければ厚みのあるものの切断には時間がかかってしまいますからね。理論上で推測するならば有効期間0.2秒、最大有効射程10kmと言ったところでしょうか。それ以降は刀身が完全に霧散してしまうと思います。抜刀の速度とタイミングが非常に重要になるため、アシスト機能がここまで強力なのも説明がつきます」

「本当に1回きり、一瞬だけしか役に立たない剣だったってことっスか……」

「しかしそこから繰り出されるのは紛うことなく絶大な一閃です。触れるもの全てを例外なく割断し、その断面は発火延焼することでしょう」

 ここまで作り込まれたマジックアイテムが使い捨てという説は違和感があったが、想定される威力を聞くと納得はできた。

「さて、私はさらに他の分析や具体的な計算を進めますが、フィズには1つお願いがあります」

「っス。私にできることがあるなら」

「報告書としてラピスに提出する想定で、ここまでの話をドキュメントにまとめてみてください」

「えっ、私がっスか?」

 キリノミヤは微笑んだ。

「勿論ラピスには私から口頭で直接説明します。何か形に残る状態で詳細を渡しておきたいのです。内容を確認せずそのまま出したりもしません。何も前提知識がない相手に向けての説明となるので、フィズの視点で一度作成してみて欲しいのです」

 ラピスにいきなりプラズマがどうとか書いても確かに伝わらない気はする。

「っス。そういうことならやってみるっス」

 今までもお使いや手伝いは多々あったが、依頼案件に直結する実務を任されたことがフィズは嬉しかった。

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