第12話 多重構造を持つ魔導合金素材を用いた高周波振動スカルペルの実用化と量産の見通しについて

「それってオーダさんが作ってくれたやつっスか?」

 朝食の片付けを終え作業場に入ったフィズは、何やら手に取ってまじまじと見つめているキリノミヤに声をかけた。キリノミヤは最初こそ付きっきりでフィズの実験を背後から見守っていたが、フィズが手を止めて考え込んでいる間は次第に何か作業を進めるようになり、いつしか同じ空間でそれぞれ別のことをしている時間のほうが多くなっていた。それでも状況は常に把握しているようで、フィズが行き詰まったときにはすぐに気づいて声をかけてくる。フィズにとってはそれもまた認められているようで嬉しかった。

「ええ。精密な計器など持っていないはずなのに、相変わらずとてもいい仕事をします。おかげでほとんど下処理が不要でした」

「ほへー」

 あの豪快で大雑把な気性とごつごつの手でそんな繊細な仕事をしていたとはあまり想像ができない。しかし受け取るときに見せてもらった魔導合金は確かにひと目でわかるほど均一で整然としていた。

「見た目ではわかりませんが、これは組成の異なる3種の魔導合金が5層構造で折り畳まれ溶接されています。それぞれの厚みも指定通り。彼が長年に及び培った経験と鍛え上げた技術あっての成果物です」

 キリノミヤは指先につまんだ金属片を見つめたまま説明した。フィズが受け取ったときからまた加工されているようで、ナイフのように先端が鋭利になっている。

「オーダさんはよくわかんないって笑ってたっスけど、あれは謙遜だったんスかね」

「ふむ。それについては……どうでしょう。なんとも言えないところですね」

 キリノミヤは静かに刃物を置いてからフィズに視線を向けて続けた。

「私も彼と深い仲というわけではないですが、案外本心かもしれません」

「というと?」

「技術や知識を身につけるほど、思い描く理想的な完成形というのも洗練され明確になるものです。しかしそういったビジョンがあっても、それを実現できるとは限りません。むしろ実現できないことの方が多いでしょう。彼にはそういった自身の足りない知識や至らない技術がしっかりと見えているのだと思います」

「確かに本気で言ってそうな色だったっスね」

「フィズ、これは行動や意思決定においても言えることです。自分が何をするべきかわかっていても、なかなかその通りに行動し成果を出せるものではありません」

 キリノミヤは視線を落とし首元に手を当てていた。

「オーダはそれでも自身の仕事を追求し続けることでしょう。きっとそれが彼の強みです」

 声色の陰りは一瞬だった。

 オーダの追求し続けるという姿勢は、"知らないから知りたい"という発言そのままであるように感じられる。

「もしかしてあの人、実は結構スゴい人だったりするんスか?」

「彼自身が特に有名というわけでもないですが、大戦時代ほぼ常に最前線だったこの地域で唯一現存してる鍛冶屋ですからね。規模は大幅に縮小していても、その精神は受け継がれているかもしれません」

「ほへー……」

 フィズにはなんだかスゴそう程度にしかわからなかった。

「あ!これ手術とかのメスっスね?」

「はい。よくご存知ですね」

 フィズも詳しいわけではないが近くで見るとどこか見覚えがあった。やや黒いが澄んだ銀色で光沢があり、長さはペンぐらいでやや平たい。汚れのない薄緑のフェルトマットに並べて置かれているのでばらつきがないことは素人目にもわかるが、刃先の形状だけは多種多様だった。

「これは高周波振動メスです。まだ試作段階ですけどね」

「ふむむ?先端がブルブルするんスか?」

 フィズには意味がわからなかった。

「およそ50kHzで振動するブレードの先端が局所的に摩擦熱を発生させ、切開面のタンパク質を変性させることで出血を抑えます。また、通常一定以上の血管を切断する場合は血管を縛る結紮という作業が必要ですが、このメスを使えばある程度の太さまでは結紮作業を省略できるため手術時間の短縮にも繋がります。更に高周波振動により刃先に付着した脂肪分を乳化させるため切れ味も持続することから、手術中の交換も不要です。出血量と手術時間は患者への負荷に直結します。このメスが量産に至り普及すれば、外科手術の成功率や術後の回復に大きく貢献できるかもしれません」

「先端ブルブルでそんなことに……」

 フィズにはなんだかスゴそう程度にしかわからなかった。わからなかったが、果たして弟子の実験を見守る片手間で気まぐれに進めるような内容なのだろうか?

 そしてもう1つ、日に日に募っていた疑問が明確になった。

「これって魔導回路どこにもないっスよね?近くになんか管制みたいなもの置いて機能するんスか?」

「ふむ、そうですね……。今のあなたの知識からは少々飛躍してしまうかもしれませんが……、とてもいい疑問ですので説明しておきましょう」

 そう言うとキリノミヤは椅子を引いて隣に座るように促した。

「まずお察しの通り、このメス自体には普段フィズが実験で使っているような素子は組み込まれていません。しかし、管制となるような装置も必要ありません」

「うーむ、やっぱそっスよねー」

「自分なりに実現するとしたらどうするか考えるのはとてもいい習慣ですけどね」

 キリノミヤは優しく微笑みながら続けた。

「マジックアイテムは基本的に記述型の魔術、というのは以前気づいていましたね」

「っス。確か術者のリアルタイムなコントロールが必要ない発動形式っスよね」

「はい。ではその記述型の魔術は、いつまで作用し続けると思いますか?」

「えっ?ずっとじゃないんスか?」

「ええ、実はそこが記述型の脆弱な部分でして。単刀直入に言いますと術者が死ぬと無効になります」

「ふーむ……???」

 思い描いていたイメージと違ったため、フィズはすぐに話が飲み込めなかった。

「じゃあマジックアイテムって、作った人が亡くなったらもう使えなくなるんスか?」

「そこをもう少し順を追って行きましょう。魔術というのは魔力適性のある人の脳で処理され発動すると教えました。記述型でもそれは変わりません。発動後も術者の脳によって処理され続けることで、作用し続けるのです。もちろん無意識下で」

「意識してないけど、その人がずっと頭のどっかで魔術使い続けてるってことっスか?あんまイメージできないっスけど」

「人の脳はとてもよくできています。無論、綻びが全くなかったわけでもないようですけどね。しかし、術者の死によって魔術が解けてしまうというのはあまりにも不便でした。当然別の術者に引き継ぐ手段が模索されることになります。魔術は明確なイメージを持って行使することで発動すると教えました。フィズなら頭の中にあるそのイメージをどう引き継ぎますか?」

「…………やっぱ言葉じゃないっスかね」

 キリノミヤは無言で頷き、そして続けた。

「そうですね。太古の魔法使いは歌に乗せたり、図形や紋章として刻んだり、演舞として体現したりと様々な工夫で封印術や結界術、呪術などを継承しようと試みました。そして実際それは概ね想定通りに運用されていました。しかし受け手の解釈とはどうしても揺らぐものです。人の頭にしかないものを何らかの形でアウトプットし、それを別の人がインプットするのですから、長年共に過ごし価値観を共有していたとしても100%を継承することは不可能です。そこで、正しく残し、正しく読み解くためのガイドラインが発行されました」

「ふむむ?」

「時代を超え、文化を超えても尚、普遍的な概念や現象を定量的かつ最低限で記したそれをエルファバ原典といいます。そして、それを元に作成されているのがあなたも知る魔導素子です」

 フィズは多種多様な素子が整理整頓された棚に視線を送った。

「魔導素子は最低限、最小限の魔術を発動し続ける記述型のマジックアイテムです。エルファバ原典を正しく理解している術者が作成し、そしてこの世の誰かがエルファバ原典を正しく理解している限り、その素子は最低限、最小限の魔術を正しく発動し続けます」

 フィズは無自覚に口を半開きにして、その透き通るような水色の瞳を輝かせていた。話に追いつくのがやっとだったが、それでも少しだけ、全容が見えてきた。

「決して揺らぐことなく機能し続ける魔導素子を綿密に積み上げ、論理的に組み合わせることで魔導回路を構成し、モジュールやユニットと連携させることでマジックアイテムとする。これが魔導具技師の本来のあり方です」

 キリノミヤはメモ用紙を1枚取り出してサラサラと何かを描いた。図形とも文字とも形容し難いそれを視界に入れた瞬間、フィズの目にはARのポップアップが浮かんだ。

「アクセスできましたか?」

「えっえっ?なんスかこれ、チューナーってこんなのあったんスか?」

「シンボルによる短縮リンクですね。エルファバ原典の複写データはチューナーから誰でも閲覧可能です。内容は至ってシンプルですので興味があれば目を通しておくといいでしょう」

 戸惑うフィズを穏やかに眺めつつキリノミヤは話を続けた。

「さて、エルファバ原典の言葉に準拠して作られた素子がその魔術を発動し続けるというメカニズムはわかったかと思います。一方で、エルファバ原典には言葉同士を組み合わせる際の規則もまとめられています。曖昧に表現するなら文法のようなものです。そしてその規則に準じてさえいれば、実際に物理的な素子をネジ止めしなくても文章のように記述するだけで同等の作用が得られます」

「えっ」

「ただし、その組み合わせ方は別途継承が必要です」

「えっ?」

「つまりですね、文章だけでマジックアイテムを長期間機能させたい場合、"どんな言葉を扱うか"はエルファバ原典により保障されていますが、"どう扱うか"だけは誰かに引き継いでいく必要があります。この点がボトルネックだったために、魔力の活用が発展を遂げても永らくはギアデバイスのような物理的な回路構成が一般的でした」

「ふーむ……えっとつまり……このメスはどっかにその文章?みたいのが記述されてるから回路作らなくても振動するってことっスか?」

「そういうことです」

 さらりと回答されたがそれはつまり、師匠の死と同時にこのメスの魔術は解けてしまうということではないか。こんな難しそうなものを弟子に継承させようとしているのだろうか。いやしかし、そもそもこの師匠は死ぬ日が来るのか?フィズの頭の中では短時間で色んな疑問が浮かび、そして解消されていった。

「……試作だから、ってことっスよね?」

 キリノミヤは少し嬉しそうにフィズの言葉を待った。

「試作段階で物理的に回路組んでたら手間だし場所取るし、何よりトライ・アンド・エラーにものすごく時間がかかっちゃうから、だから文章で"構成だけ"を作ってるってこと、であってるっスか?」

「よくそこに思い当たりましたね。概ね当たっていますよ。ただ実は」

 キリノミヤは言いかけた瞬時に言葉を止め、僅かに思考を巡らせた。

「いえ、話し過ぎましたね。最初にも言いましたが、まだあなたには少し飛躍する知識です。またいずれ、順を追って説明させてください」

「うぅ、そうしてもらえると助かるっス」

 フィズは苦笑いしつつ頭を抱えた。

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