学校1のヤンキー娘の獅子土さんは、捨て猫に怖がりながらも傘を差し出した

shiryu

エピソード



「……寒くないか?」


 雨が降りしきる中、その女の子は、傘を猫に差し出した。

 自分が雨に打たれ濡れることを全く構わず、段ボールに入っている猫に傘を傾けている。


 猫が濡れずに座っている女の子を見上げて、可愛らしく「みゃぁ」と鳴く。

 女の子は一瞬だけビクッとしたのだが、少しだけ口角を上げて、優しく微笑んだ。


 僕、犬飼俊太は、その光景を見て思わず目を見開いてしまった。


 あの学校一恐れられているヤンキー娘、獅子土美夜が笑ったのを初めて見たから――。



 僕の学校、西園高校は普通の学校だ。

 地元ではちょっと偏差値が高い高校なので進学校と名乗っているが、難関大学に合格する人なんてほぼいない。


「犬飼、現代文の宿題やった?」

「うん、やったよ」

「見してくれね?」

「やだよ、自分でやりなよ」

「一限目には間に合わないだろ……って、あっ」


 教室で僕の席で友達と話していると、隣の席の女の子がやってきた。

 学校指定のバッグを机に放り投げるように起き、椅子に座り足を組んだ女の子。


 この女の子が入ってくると、クラスの空気が少し変わる。


 僕の友達も女の子の空気に当てられたのか、言葉を発さずにその子を見てしまっていた。


「ああ? 何見てんだ?」

「あっ、いや、なんでもないです……」

「じゃあこっち見んな」

「ごめんなさい……」


 友達は落ち込み、そして怯えたように離れていく。

 宿題のことはもうどうでもいいみたいだ。


 この辛辣な態度を取った女の子、獅子土美夜さんは僕の隣の席だ。


 髪は少し暗い金色で、ウルフカットと呼ばれる女性らしくもカッコいい髪型をしている。

 うちの学校は校則が緩く、髪を染めてもいいのだが、獅子土さんのように金色に染めている人は珍しい。


 目尻が釣り上がっているが形のいい綺麗な目で、顔立ちはとても整っていると思うのだが、いつも機嫌が悪そうな仏頂面なので、怖い印象を受ける。


 いつも制服のブレザーの下に黒のパーカーを着ていて、それがくすんだ金色の髪と合っているが……それもちょっとヤンキーな感じが出ていた。


 スタイルもとても良く、身長も高いのでモデルみたいな美しさがある。

 ぶっちゃけ見た目はとても美人だし、さっきの友達も凛とした獅子土さんの雰囲気に見惚れていたのだろう。


 だけど友達は彼女に睨まれて怯えて、怖がって逃げていった。


 獅子土さんは入学当初からこんな感じで、周りに人を寄せ付けない雰囲気を出している。


 入学してから一ヶ月になるけど、彼女が誰かと談笑している姿を見たことがない。

 だけど獅子土さんは特に全く気にした様子もなく、学校に来て授業を受けて、居残りや部活をすることもなく帰っている。


 隣の席だからわかるけど、彼女はみんながこんなに怖がるほどの女の子じゃないと思う。


 今日も授業が始まり、先生が教壇に立って授業を進めていく。

 チラッと隣の獅子土さんを見るが、とても真面目に授業を受けているし、板書もしっかりノートに取っていた。


(やっぱり、意外と普通の女の子だよなぁ)


 僕はそう思いながら、獅子土さんと同じように集中して授業を受けた。



 今日の授業は終わり、放課後となった。

 外は雨が降っていて、結構な大降りだ。


 朝は降っていなかったけど予報では午後から降るとあったから、折り畳み傘を持ってきてよかった。


 隣を見ると、獅子土さんもカバンから折り畳み傘を出して、帰る準備をしている。


「じゃあね、獅子土さん」

「……ああ」


 声をかけると獅子土さんはチラッと僕の方を見て、軽く返事をしてから教室を出て行った。

 僕も部活をしてないから帰る準備をしていると、朝話しかけてきた友達がまたやってきた。


「犬飼、お前って案外、度胸あるよな」

「えっ、なんで?」

「獅子土さんにああやって挨拶できるのなんてお前だけだぞ。女子でも話しかける人なんて居ねえのに」

「そうかな? 別に獅子土さんってみんなが思うほど怖くないと思うけど」

「いやいや、お前、あの話聞いたことないのか? 獅子土さんが他校の先輩達をぶっ飛ばしたってやつ」


 そう、彼が言ったように、獅子土さんは入学早々にちょっとした事件を起こしている。


 他校の高二の男子を三人、ぶっ飛ばしたという事件だ。

 ただそれは理由があり、その他校の生徒はガラが悪い人が多く、獅子土さんに絡んだ男達もそんな感じだった。


 うちの高校の前でその人達が可愛い新入生を狙って声をかけていたのだ。


 それに獅子土さんが目をつけられて、他校の先輩の男三人に囲まれた。


 生徒達が先生に知らせて、先生が駆けつける直前――獅子土さんは、その男達を倒した。

 何か武道でもやっていたのかわからないけど、男を三人、それも数秒で……まあ、容赦なく股間を殴り蹴っていたんだけど。


 この事件があってから、獅子土さんはいろんな生徒に恐れられる存在になった。


 見た目や言動が少しヤンキーぽいというだけで、これほど恐れられないだろう。


「だけどあれは正当防衛……にしてはやりすぎかもしれないけど、理由があったからね。獅子土さんはいきなり暴れるような人じゃないよ」

「まあそれはわかるんだけどなぁ。だけど雰囲気がもうトゲトゲしいじゃん。『私のテリトリーに入ったら喰らうぞ』って言ってる感があるだろ?」

「そこまでじゃないと思うけど、まあ少しわかるかも」


 その事件がなくても、獅子土さんは女子も男子も近づけないような雰囲気を出ている。


「あっ、俺は部活あるわ。じゃあな犬飼、また明日」

「うん、部活頑張ってね」


 友達が部活に行ったので、僕は学校を出て帰路に着いた。



 雨はさらに激しくなっていて、傘に打つ雨の音がとても大きく、そして重い。

 傘を差していても足元はもうびしょ濡れだ。


 こういう日は早く帰ってゆっくりしたいものだ。

 いつもは遠回りして散歩感覚で帰るけど、今日は近道をしながら早歩きで帰っていた。


 住宅街に入ってしばらく歩いていると、前の方で道路の端でしゃがんでいる人が見えた。


「……えっ?」


 もう少し近づくと、その人が獅子土さんだということに気づいた。

 だけどなんで傘を差してないのだろう? 折り畳みを持っていたはずなのに。


 いや、違う、獅子土さんは傘を目の前に地面に置いているようだ。


 よく見るとその傘の下に、小さな段ボール、その中に猫が見えた。


「……寒くないか?」


 獅子土さんは猫に向かってそう言った。

 学校では聞いたことがない、とても優しい声だった。


 こんな雨の中、傘を猫に渡した獅子土さんはどんどん濡れていく。


 だけどそれを気にした様子もなく、獅子土さんの目線は猫に注がれている。


「みゃぁ」


 しゃがんでいる獅子土さんを見上げている猫は、可愛らしい鳴き声をあげた。

 突然の鳴き声に驚いたのかわからないが、獅子土さんは少しビクッとした。


 だけどすぐに綺麗な、美しい笑みを浮かべた。


 目を細め、口角を少し上げて……慈愛の心に満ちた優しい笑みだった。


 その光景を見て、僕の心臓が大きく跳ねたのを感じた。


(獅子土さん、あんな顔するんだ……)


 僕はその光景を呆然と眺めていると、獅子土さんが僕に気づいてこちらを向いた。


「っ! お前……」


 さすがに僕の顔は覚えているようで、獅子土さんはバツが悪そうな顔をして目線を逸らした。

 僕も少し気まずいけど、獅子土さんに近づいて隣に立ち傘を傾ける。


「……別に頼んでねえけど」

「うん、そうだね」

「……ありがと」

「ど、どういたしまして」


 まさかお礼を言われるとは思わず驚いてしまった。


 獅子土さんはしゃがむのをやめて、僕の隣に立つ。


 段ボールの箱を見ると、側面に「拾ってください」と書かれていた。

 こういうのは初めて見たけど、どうやら捨て猫のようだ。


 確かどんな理由があろうとも、猫を捨てるというのは犯罪だったはず。


「獅子土さん、どうするの? 拾うの?」


 僕がそう問いかけると、獅子土さんは眉を顰めて首を振った。


「……どうしような」


 獅子土さんはとても困った様子でそう言った。


「お前は飼えないか?」

「僕? 悪いけど、僕が住んでるマンションはペット禁止なんだよね」

「そうか……」

「獅子土さんの家は?」

「……うちのマンションは大丈夫なんだが」

「何か他に問題があるの?」


 僕がそう問いかけると、獅子土さんはとても言いにくそうにしながらも答える。


「……私、猫苦手なんだよ」

「えっ?」


 信じられない言葉に僕は聞き返してしまったが、獅子土さんは冗談を言ったような雰囲気ではなかった。


「それはその、アレルギー的な意味で?」

「いや、アレルギーはない。単純に、苦手なだけだ」

「そう、なんだ」


 口には出さないが、とても意外だ。

 獅子土さんは苦手なものがないイメージだったけど、まさか猫が苦手だったなんて。


 だけど猫が苦手なのに、この雨の中自分が濡れるのを覚悟で傘を差し上げていた。


「どうする? このまま放っておくわけにはいかないでしょ?」

「ああ、そうだな……」


 このままだったら猫が風邪を引いてしまうかもしれない。


「……よし、私の家に連れて帰る」

「えっ、大丈夫なの? 苦手なんでしょ?」

「ああ、だが私が苦手でも連れて帰らないと、猫が可哀想だろ」

「……そっか、優しいんだね」

「褒めても何も出ねえぞ」

「ただの感想だから」


 僕がそう言うと居心地が悪そうに舌打ちをする獅子土さん。


 そしてしゃがんで猫を持ち上げようとする獅子土さんだったが……。


「うっ……!」


 猫に触ろうとしたところで、とても躊躇した動きを見せた。

 触るのが怖いほど苦手なのかな?


「……お前、猫を抱き上げてくれないか?」

「いいけど、そうすると傘が持てないよ?」

「私が持つから」


 獅子土さんは僕の傘を持ってくれた。

 僕は言われた通り、段ボールの中に入った猫を持ち上げた。


 猫は意外と大人しくて、暴れたりすることはなかった。


「よし、じゃあ早く行くぞ」

「えっ? えっと、このまま獅子土さんの家に行くの?」

「そりゃそうだろ」

「僕も行っていいの?」

「そうしないと猫を連れて帰れないだろ」

「あっ、そう……」


 獅子土さんが猫を抱き上げる、という選択肢はないのか、ないんだろうな。


 そして僕は猫を抱きかかえたまま、獅子土さんと相合傘をして彼女の家へと向かう。

 急展開な事態で、今日の朝や学校にいた頃の僕に今の状況を言っても、何も理解出来ないだろう。


 獅子土さんの家に向かっている最中に、僕は獅子土さんと話をする。


「まさか獅子土さんが猫が苦手だなんて、思いも寄らなかったよ」

「あっ? なんだ、馬鹿にしてるのか?」

「い、いや、そんなんじゃないよ。ただ獅子土さんにも苦手ものがあるんだって思っただけ」

「……別に、私も人並みに苦手なものくらいはある」


 獅子土さんは気まずそうにそう言った。


「なんで猫が苦手か聞いてもいい?」

「……小さい頃に、野良猫と遊んでたら思いっきり指を噛まれてな。それが子供ながらに痛くて怖いと思ったのと、その後にめちゃくちゃ体調を崩したんだ」


 ああ、確か「猫ひっかき病」っていうやつかな?

 猫が持ってる病原体が、噛まれたり引っ掻かれたりすると傷口から入り込んで、熱が出たり吐き気が出たりする感染症のことだったはずだ。


「それから猫……だけじゃないが、動物全般が苦手でな」

「そうだったんだ。それなのに、よく猫に近づいて傘を差し出したね」

「別に、私が苦手なことと、猫が雨に打たれて寒がってるのは関係ないだろ。それに苦手意識はあるが、可愛いから好きだし……」

「ふふっ、そっか」


 恥ずかしそうにしている獅子土さんが微笑ましかったのだが、獅子土さんは僕のことをキッと睨んできた。


「……お前、絶対に誰にも言うなよ。言ったらぶっ飛ばすからな」

「わ、わかりました」


 や、やっぱり少し怖いな。



 そうこうしているうちに、獅子土さんが住んでいるというマンションに着いた。

 ……あれ、というかこのマンションって。


「あっ? どうしたんだ?」

「いや、僕が住んでるマンションって、この隣なんだけど」

「はっ? そうなのか?」


 まさか獅子土さんと隣同士のマンションだなんて、全く知らなかった。


「へー、こっちのマンションはペット禁止じゃなかったんだね」

「まあ、そうだな。とりあえず早く行くぞ」


 驚きの事実が発覚したが、まずは獅子土さんの部屋へと行く。

 初めて女の子の家へと行くから、僕はとてもドキドキしていたんだけど……部屋に案内されると、逆の意味で驚いた。


「……け、結構散らかってるね」


 思わずそう言ってしまったが、これでも結構オブラートに包んだ言い方だ。

 本音を言うと、かなり散らかっていて汚い。


「そうか? 普通だろ?」

「ふ、普通……その、ご両親は?」

「……一人暮らしだ」

「あっ、そうなんだ。僕も高校に上がって一人暮らしを始めたんだよね」

「そうなのか。じゃあお前の部屋もこんな感じだろ」

「い、いやー、さすがにここよりは綺麗だよ」


 僕は結構綺麗好きだから、こんなに自分の部屋が散らかることはない。


 とりあえず僕は部屋に上がるが……本当に散らかってるなぁ。


「私は濡れたからシャワーを浴びてくる」

「うん、わかった」

「覗いたらぶっ飛ばすからな」

「りょ、了解です」


 そんな怖い忠告をされなくても、覗くつもりは一切なかったけど。


「それと、ほら」


 獅子土さんが風呂場へと引っ込む前に、タオルを投げ渡してきた。


「これで猫を拭いてくれ。結構そいつも濡れてるだろ」

「うん、わかった」


 彼女がシャワーを浴びている間、僕は座ってもいいと言われたソファで、猫をタオルで優しく拭いていた。


 タオルで拭いていても全然暴れない、むしろ気持ちよさそうにしている猫。

 とても可愛くて癒される。


 だけど初めて女の子の部屋に訪れて、しかも一人暮らしの獅子土さんの部屋。


 まさかこんなに散らかっているとは思わなかったけど、やっぱりドキドキする。

 そして散らかっているからこそ、なんか見てはいけないものが散らかっていた。


 ……あのピンク色のやつって、下の方のアレじゃない?

 いや、まさか……だけどそれっぽいし。


 獅子土さんがあんな色のアレを履いてるって考えると……。


 い、いけない、変な妄想をしないようにしないと。


 そうだ、捨て猫について今のうちに色々と調べておこう。


 えっと、捨て猫を拾ったら……まず健康状態の確認のために、動物病院に行かないといけないのか。

 今日中に行けたらいいけど、この近くに動物病院はあったかな? それも調べとこう。


 それとこの猫がなんていう猫なのかも知りたいな。


 あまり大きくはないけど、子猫というほどじゃない。

 体毛はグレーに近く、トラ模様で黒い毛が混じっている。


 毛も短くシュッとしたスタイルで、可愛いけどカッコいい雰囲気も感じられる。


 特徴で検索すると「サバトラ」という猫がヒットする。

 この子はおそらくサバトラという猫なのだろう。


 そうして猫について調べていると、風呂場のドアが開く音が聞こえた。


「待たせた」

「いや、全然待ってないよ」


 シャワーを浴びてリビングに戻ってきた獅子土さんは、私服に着替えていた。


 黒のジーパンに灰色のパーカー。

 地味な色合いで無難な服だけど、獅子土さんのスタイルの良さと美人でカッコいい感じを惹き立てている服装だった。

 髪もドライヤーの音が聞こえていたけど、まだ少し乾いていない。


 濡れていていつもよりも艶やかな金色の髪を見てドキッとしてしまう。


「猫は……大人しそうだな」

「う、うん、タオルで拭いててもほとんど暴れないよ」

「そうか」


 獅子土さんは僕の隣に座り、僕が抱えている猫をじっと見つめている。

 二人用のソファで一緒に座ってるから、その、結構近い。


 肩と肩が当たりそうな距離だ。

 僕は緊張しているが、獅子土さんは全く気にした様子もなく猫を見続けている。


 すると猫は気持ちよさそうに僕の腕の中で大きな欠伸をした。


「ふふっ、可愛いな」

「……うん、可愛いね」


 猫も獅子土さんも、とは言えなかったが。

 こんな至近距離で獅子土さんの笑みを見れるとは思わず、かなりドキッとした。


「というか獅子土さん、猫は苦手なのに可愛いとは思うんだね」

「小さい頃の出来事でトラウマになったから触れないだけで、動物全般は可愛いとは思う。特に猫は寝る前とかに癒し動画とかを見たりもする」

「そうなんだ。それなのに触れないほど苦手なんだね」

「……いつか克服したいと思っていたが、今がその時かもしれないな」


 獅子土さんは覚悟を決めた顔をして、おそるおそる猫の頭に手を伸ばす。

 猫は獅子土さんと目を合わせたままジッとしている。


 そして、獅子土さんは手を震わせながら、ほんの少しだけ猫の頭を撫でた。


「くっ! か、可愛いんだが、やっぱり過去のトラウマが……!」

「む、無理はしないようにね」


 まさかここまでとは……。

 だけどこれだけ苦手でも、猫が可愛いという気持ちはあるんだ。


「それで、この後どうすればいい? 餌を買いに行くのか?」

「いや、その前に動物病院だね。健康状態を確かめないとだから」

「ああ、そうか。この近くだと、徒歩五分のところにあるな」

「えっ、そうなんだ」


 そんな近くにあるとは、全く知らなかった。


「じゃあ今からそこに電話して、受付してくれるか聞いてみる」

「ああ、頼む」

「その間、猫を持ってもらってもいい?」

「えっ……」

「あっ、やっぱり無理かな?」

「い、いや、大丈夫だ。毛布にくるまってるし、もう引っ掻かれることも噛まれることもない……よな?」

「多分ね」


 僕が猫を毛布に包んだまま渡そうとすると、獅子土さんがおそるおそる受け取った。

 だがやはり怖いのか、猫との距離を遠くしようと少しのけぞり気味だ。


「は、早く電話してくれ」

「わ、わかった」


 獅子土さんが限界を迎える前に、急いで動物病院へと連絡する。

 幸運にも今は空いているようで、すぐに診てくれるということだった。


 電話を切ると獅子土さんにそのことを伝えると、


「そ、そうか、じゃあ行くぞ。その前に、早く猫を……」

「あ、はい」


 と、まずは獅子土さんの救出のために猫を僕が抱き上げた。


「はぁ……やはり猫は好きなんだが、触ったりするとまだ怖いな」

「ふふっ、そっか」

「……今、笑うところあったか?」

「いや、ごめんね。なんだか獅子土さんが可愛くて」

「あっ?」


 獅子土さんは僕を睨んでくるが、それでも今回は可愛らしいが勝ってしまう。

 猫が苦手なのに好きで、だから持っている間ものけぞり気味だったのに、絶対に落としたりしないように優しく抱きかかえていた。


 僕に渡す時も振動を与えないように、優しく猫を動かしていた。


「……チッ、ほら、動物病院に行くんだろ。早く行くぞ」

「うん、そうだね」


 照れ隠しのように話題を変えて、獅子土さんは先に外に出ようとする。


 というか、やっぱり獅子土さんはついてくるんだね。

 そこも責任感がしっかりあって、優しい女の子だと思った。



 動物病院で診てもらった結果、幸いにも特に病気などはなく、健康そのものだった。


 猫の種類は「サバトラ」ということで、僕の予想は当たっていた。


 生後六ヶ月は経っていて、捨てられていた段ボールに「飼ってください」とあったし、おそらく野良猫などではなく、飼い猫だったのに捨てられたのだろう。


「おそらく捨て猫なのですが、そちらのご家族で飼うのでしょうか?」


 動物病院の女性の先生にそう問いかけられた。

 どうやら兄弟か何かと間違えられたようだ。


「いや、僕達はその、学校のクラスメイトなだけで」

「あ、そうだったんですね。じゃあどちらかが飼うのですか?」

「僕が住んでるところはペット禁止だから難しいですね。それに彼女も……」


 猫が苦手だから、と動物病院の先生に言うのは少し憚られたので、チラッと獅子土さんを見た。

 彼女は検査を受けて戻ってきた猫を見ている。


 そしてなぜか一度頷いてから、動物病院の先生に言う。


「私が飼う」

「本当ですか? それならこの猫ちゃんも喜ぶと思いますが」

「……えっ!?」


 女性の先生は笑顔でそう言っているが、ちょっと待って?

 獅子土さんが飼うの!?


 あんなに猫が苦手なのに?


「獅子土さん、大丈夫なの?」

「ああ、私が見つけて拾ったんだ。責任を持って私が飼うさ」


 獅子土さんの意志は固いようで、もう飼うことは決めたようだ。

 先生から飼うにあたっての説明を軽く受けて、僕と獅子土さんは病院を出た。


「獅子土さん、本当に大丈夫?」

「大丈夫だ、何度も言っているだろ」

「うん、だけどその……まだ抱っこも出来てないでしょ?」

「……」


 今も僕が猫を抱きかかえていて、獅子土さんは先生からご好意でもらった猫の餌を持っているだけだった。


「……いずれ出来るようになる」

「う、うん、頑張ってね」


 めちゃくちゃ目を逸らしながら言ってるから、とても心配だ。


「とりあえず、これからゲージとかを買いに行かないとだな」

「そうだね、この近くだったら大型スーパーにあるって先生が言ってたね」

「ああ……お前も来てくれるのか?」

「もちろん、最後まで付き添うよ」

「……ありがと」

「うん、どういたしまして」


 獅子土さんは意外にちゃんとお礼を言ってくれる。

 しかも恥ずかしがりながらというか、目を逸らしながら言うから、それもなんだか微笑ましく感じてしまう。


「……なんだよ、何笑ってんだ」

「ううん、なんでもないよ」


 そして僕達はスーパーへと向かった。

 二人で猫のためにスーパーを見て回っていると、なんだかデートのようで変な違和感があったけど、僕は楽しかった。


 だけどやっぱり獅子土さんはずっと、猫は抱きかかえられずにいた。



 そして日も暮れた頃、獅子土さんと共に獅子土さんの部屋へと戻ってきた。


 買ってきたゲージを組み立てて、その中に猫を入れる。

 結構大きめのやつを買ったので、狭くてストレスを感じることはないはずだ。


「よし、これでとりあえずは大丈夫かな」

「ああ、そうだな」


 獅子土さんはゲージに入っている猫に向かって、猫じゃらしを振っていた。

 触ったり抱きかかえたりするのは無理なだけで、やっぱり猫はとても好きなようだ。


 まさかこんなにも獅子土さんが猫を好きで、だけど苦手だったなんて、今回のことがなかったら一生知ることはなかっただろう。


 だけどもう日も暮れて、夕飯時だし……。


「獅子土さん、僕そろそろ帰るけど……大丈夫?」

「……そう、だな」


 獅子土さんは少し不安げな顔をした。

 僕が帰るのを嫌がっている感じだが、正確には一人で猫の面倒を見れるか心配なだけだろう。


 いまだに頭を撫でるくらいしか、猫に触れられていない獅子土さん。

 だけど僕がずっと獅子土さんの部屋にいるわけにもいかない。


 僕が玄関の方へ向かうと、獅子土さんも見送りに来てくれた。


「今日はありがとうな。お前がいなかったら動物病院に連れて行くことも、飼う準備を擦ることも出来なかった」

「ううん、僕も楽しかったから」

「……その、今更なんだが」

「ん? 何?」

「お前の名前、なんだ?」


 あっ、知らなかったんだ。

 そういえば今日、ずっと名前を呼ばれてなかったな。


「犬飼俊太だよ、覚えておいてね、獅子土美夜さん」

「犬飼……そうか。その……よかったら連絡先交換しないか?」

「えっ? あ、うん、もちろんいいけど」

「ほ、ほら、あれだ。私が猫を飼っている中で、困ったことがあったら呼べるようにな」


 そういうことか。

 というか一人で解決出来ないのはほぼ確定なんだね、まあそうだろうけど。


 そして僕達は、メッセージアプリの連絡先を交換した。

 獅子土美夜の名前が、連絡先のところに出てくる。


 あれだけ人と関わっていなかった獅子土さんだ、もしかしたら西園高校で獅子土さんの連絡先を持っているのは、僕だけかもしれないな。


 無理やり聞こうとしていた他校の人は、あんな目に遭っていたし。


「犬飼、か……」

「ん? 何?」

「いや、犬飼って名前なのにお前、今日はずっと猫の世話をしてたんだな」

「それは言わない約束じゃない? あと僕は犬も飼ったことないからね?」

「ふふっ、そうだな」


 今日ずっと一緒にいたけど、猫が絡まないと笑みを浮かべなかった獅子土さん。

 そんな獅子土さんが初めて、僕との会話で笑ってくれた。


 普段は仏頂面だけどとても美人で、言動がヤンキーぽい獅子土さん。


 そんな彼女だけど、笑うと意外と可愛らしいようだ。


「じゃあまたな、犬飼」

「うん、じゃあね、獅子土さん」


 獅子土さんに別れを告げて、獅子土さんのマンションを出た。

 そういえばマンションは隣同士だから、めちゃくちゃ近いんだったな。


 これならいつでも獅子土さんを助けに行けるな。


 まあそんな機会、頻繁にあるわけじゃないと思うけど。



 僕は部屋に戻り、夕飯を食べ終わった頃。


 ふとスマホを見ると、メッセージアプリに通知が来ていた。

 アプリを開くと、獅子土さんからの連絡だった。


『たすけてくれ』

「えっ!?」


 いきなりの救援要請で声を上げてしまった。


 獅子土さんの部屋を出てから、まだ二時間くらいしか経ってないけど。


『どうしたの? 大丈夫?』


 連絡アプリでメッセージを送りながら、出かける準備をする。

 準備が出来て部屋を出る時にもう一度確認すると、既読はついているが返事はなかった。


 ほ、本当に大丈夫かな!?


 急いで部屋を出て、隣のマンションへと向かう。

 エントランスの呼び出しのところで獅子土さんの部屋の番号を押して待っているのだが、いつまで経っても繋がらない。


 メッセージアプリを開いて連絡を取ろうとしたが、獅子土さんからメッセージが来ていた。


『郵便受けのところに鍵があるから、入ってきてくれ。』


 そ、そこまで手が離せない状況になってるの……?

 一体何が起こっているのか。


 言われた通り獅子土さんの部屋の郵便受けを確認するが、郵便受けも鍵がかかっていて開けられない。


 これは番号で開くようで、その番号も獅子土さんからメッセージが届いた。

 ……こんなに獅子土さんの個人情報を聞いてもいいのかな?


 特に悪用する気はないけど、少し心配になる。


 とりあえず郵便受けを開けて鍵を手に取り、エントランスで鍵を開けて自動ドアが開く。

 獅子土さんの部屋の前に着き、チャイムを鳴らすが……やはり出てこない。


 仕方なく郵便受けに入っていた鍵で開ける。

 マンションの鍵ってなんでエントランスと部屋を開けるのに同じやつでいけるんだろうなぁ、と現実逃避するかのように思い出しながら。


「お邪魔しまーす……」


 おそるおそる部屋に入るが、特に変わった様子はない。


 玄関からリビングは見えないが、そこに獅子土さんと猫がいるのだろうか。

 リビングのドアを開けて中を覗くと、獅子土さんがソファに座っているのが見えた。


 どうやら何か怪我をしたとか、事件に巻き込まれたとかではないようだ。


 まああれだけメッセージのやり取りが出来た時点で、そこまでのことではないと思っていたけど。


「獅子土さ――」

「しっ! 喋るな……!」


 僕が声をかけようとした時、獅子土さんは口に指を当てて、限りなく小さな声でそう言ってきた。

 不思議に思いながらも僕は獅子土さんの方に近づくと、喋るなって言った意味がわかった。


 獅子土さんがソファで座っていて、その太ももの上に猫がいて……どうやら眠っているようだった。

 大きな声で喋ったら起きてしまうから、ということなのだろう。


 やっぱり優しい人だなぁ、と思ったけど……なんで助けを呼んだんだろう?


「獅子土さん、どうしたの?」


 彼女に近づいて小さな声でそう問いかける。


「ね、猫が……私の太ももの上で、寝てるんだ」

「うん、見ればわかるけど」

「ど、どうすればいい……?」

「……ん?」


 どうすれば、いい?

 えっ、どういうこと?


「えっと、ちょっと意味わからないんだけど……」

「こ、ここで寝られてしまって約一時間経つのだが、起きる気配がないんだ」


 一時間もこの体勢なの? 獅子土さんも猫も。

 それはそれですごいと思うけど。


「獅子土さんはその、どうしたいの?」

「で、出来れば退かしたいんだが……」

「じゃあ猫を抱き上げて退かせばいいんじゃない? あっ、もしかして僕が抱き上げた方がいい?」


 獅子土さんはまだ猫を撫でるくらいしか出来ないから、それで助けを求めたのか。


「それは助かるが……だが、抱き上げたら猫が起きてしまうんじゃないか?」

「うーん、多分起きるかな?」

「こんな気持ちよさそうに眠っているのを起こすのは可哀想だな……」


 その考えは優しくて可愛くて獅子土さんっぽいんだけどさ。


「じゃあどうするの?」

「……起きるまで待つしかないのか」

「猫って一日の半分以上は寝るらしいよ」

「くっ……」


 獅子土さんもさすがにそこまで寝られると困るのだろう。

 部屋の時計をチラ見してから、気持ちよさそに寝ている猫を見て……。


「十一時になったら仕方ないが……起きないように抱き上げるか」

「うん、そうだね」

「十一時になったら頼んだぞ」

「……ん? えっ、僕が抱き上げるの?」

「当たり前だろ。私は無理に決まっている」


 もう無理って言い切っちゃうんだ、逆に潔いな。

 だけどまだ十一時までは二時間ほどあるんだけど、その間僕はこの部屋にいるの?


「……犬飼以外に頼めないんだ。お願い出来ないか?」


 まさか獅子土さんにそんなことを言われるとは思わなかった。

 しかも狙ってないだろうが、僕がソファの近くで立っているので、座っている獅子土さんと目を合わせると必然的に上目遣いになる。


 不安げにそういう獅子土さんに、不意をつかれてかなりドキッとした。


「……うん、わかったよ」


 僕がそう言うと、安心したように頬を緩める。


「ありがとう、犬飼」

「ど、どういたしまして」


 いきなりの上目遣いでの頼みにやられて、僕の顔が赤くなるのを感じた。

 やっぱり獅子土さんって可愛いな……。



 ということで僕はこの部屋で十一時まで待つことになったので、獅子土さんの隣に座る。


「そういえば獅子土さん、猫の名前って決めたの?」

「名前、か……そういえば決めていなかったな」


 獅子土さんは軽く、本当に軽く猫の背中を撫でていた。

 そのくらいは出来るようになっただけ成長なのかな?


「どんな名前がいいんだろうな。何か案とかはあるか?」

「うーん、どうだろ……『みゃぁ』って鳴くから、ミヤちゃんとかは?」


 とても安直だが、意外といいんじゃないかな?

 だけど僕が思いついた名前を言った瞬間、獅子土さんがとても驚いたように目を見開いた。


「美夜は、私の名前だ」

「えっ? あっ……」


 そうだ、獅子土さんって、美夜って名前だった。完全に忘れていた。


「ご、ごめん、そうだったね」

「いきなり下の名前でちゃん付けで呼ばれたからビックリしたぞ」

「あ、あはは」


 僕は誤魔化すように乾いた笑いしか出来ない。

 獅子土さんはジト目で睨んでくるが、目線を外してため息をついた。


「まあ私も犬飼の名前を覚えていなかったから、お互い様だな」

「そう言ってくれるとありがたいな。それとやっぱり猫の名前は、飼い主の獅子土さんが考えた方がいいと思うしね」

「そうだな。私がつけた方が、苦手意識もなくなるかもしれないな」


 獅子土さんはそう言って、愛おしそうに猫をまた見つめる。

 猫はいまだに目を覚ます様子は見せない。


 だけど寝ている姿を見るだけでも癒される。


「……やっぱり可愛いな」

「うん、そうだね」


 しばらくそうして二人並んで座って猫を見ていたのだが、さすがにこの体勢のまま十一時まで過ごすのはキツい。

 キツい理由としては、その……獅子土さんの格好にも理由がある。


 おそらくお風呂に入った後なのか、獅子土さんはパジャマ姿だ。

 上下揃っていて可愛らしいのだが、パジャマというだけあって薄着だ。


 そして意外にも色がピンクと白が基調のもので、獅子土さんのイメージには合ってないのだが、とても似合っていて可愛い。


 下は丈が短いショートパンツなので、足を組んでソファに座っていると太ももとお尻の狭間くらいが見えて……ドキドキする。


「……犬飼、お前どこを見てる?」

「っ! い、いや、そりゃ猫を見てるよ?」

「……」


 獅子土さんがまた僕のことを睨んでくるので、僕も動揺しないようにしていたけど……獅子土さんの目力に負けて目線を逸らしてしまった。


「……私を見るな、猫だけ見てろ」

「う、うん、了解です」


 そう言われたので、僕の太ももの上にいる猫だけを見ようとするが……見ないように意識をしてしまうと、逆になんか気になってチラッと見てしまう。


 意外と獅子土さん、胸大きいんだなぁ……と心の中で思っていると。


「……見てないか?」

「い、いや、猫を見てるよ」

「……まあいい。私がお願いした立場だ、ちょっとくらいは許してやる」


 やはり視線には敏感なようで、見たことがバレてしまったようだ。

 だけど毅然とした態度を振る舞おうとしている獅子土さん。


 ちょっと耳と頬が赤くなってるから、やっぱり恥ずかしいのかな。


 僕も最大限、見ない努力をしよう……絶対に見ないとは言えないけど。


 このままだと僕はチラチラと獅子土さんのことを見てしまうので、部屋を軽く見渡してみる。


 ……やっぱり散らかってるなぁ。

 一人暮らしになると多少気が緩んで散らかってしまうのはわかる気がするけど、それでも獅子土さんの部屋は汚い気がする。


「獅子土さん、部屋の掃除ってしないの?」

「あっ? まあ、ここに引っ越してきてから一度もしてないな」

「やっぱり。こまめに掃除しないと汚いよ?」

「別にこれくらい普通だろ」

「いや、もう少し綺麗にしないと……ほら、猫と一緒に住むんだし、猫のためにも綺麗にしとかないと」

「むっ……それはそうだな」


 猫のことを出すと結構すぐに受け入れてくれる獅子土さん。


 こんだけ猫のことを想っていて、猫のことが好きなのに、過去のトラウマで触ることが出来ないってのは可哀想だなぁ。

 しっかり克服出来ればいいけど。


「ちょっと暇だし、僕が掃除してもいい?」

「いいのか? 私は構わないが」

「うん、掃除とかは嫌いじゃないし」


 家事は結構得意で好きな方だ。


「じゃあ頼んだ。悪いな」

「うん、大丈夫だよ」


 ソファから立ち上がり、部屋の掃除を始める。

 といってもまずは散らかっている服とかを片付けることからだけど。


 やっぱり女の子だからか、服が多いなぁ。


 そう思いながら服を拾っていったが……。


「あっ……!」


 一つの服を手に取った瞬間、その下にあったもの……下着が目に入った。

 真っ赤なブラジャーとパンツだ。


「あの、獅子土さん……」

「ん? えっ、あ……!」


 猫をずっと眺めていた獅子土さんだけど、僕が見つけたものを見て動揺した声を上げた。


「そ、それは、その……!」


 獅子土さんは僕の方に手を伸ばしてアワアワしているけど、猫が起きるので立ち上がれないし、大きな声も出せない。

 おそらく今までで一番慌てているようだ。


 ここは僕が落ち着いて対応しないと。


「そ、その、僕は気にしないから……」

「私が気にするに決まってるだろ!」


 そりゃそうだ、というか僕も全然冷静じゃない。

 同い年の女の子の下着をいきなり見てしまって、冷静でいられる男の子がいるだろうか、いやいない。


 そうしていると僕達の動揺が伝わったのか、猫が起きてしまって獅子土さんの膝から降りた。


「えっ、あっ……」


 早く降りてほしいと願っていたはずの獅子土さんだが、実際に降りられると寂しかったのか、そんな声を出して離れていく猫を眺めていた。


 そして僕のことをキッと睨んでくる。


「お、お前のせいで、猫ちゃんが起きちゃったじゃねえか」

「ご、ごめんなさい……」


 それと同時に、掃除もやめさせられました。

 その後、猫が起きてゲージに戻ったのを確認して、僕も帰った。


 帰ってからもう一度連絡アプリを見た時に、獅子土さんのトップ画が猫の寝顔になっていたのを見て、密かに笑った。



 ――翌日。


 いつも通りの朝、いつも通りに朝ご飯を食べて制服に着替え、出掛ける。

 マンションを出たところで、一度隣のマンションを見上げた。


 昨日はこのマンションの一室、獅子土さんの家に行ったんだったなぁ。

 なんだか現実味がないけど……。


 そう思いながら通学路を歩き、学校に到着する。

 教室に入って友達と軽く話して席に着く。


 そしていつも通り、ホームルームが始まる直前くらいに獅子土さんが入ってきた。


 やはりまだクラスの人達は獅子土さんのこと怖いと思っているから、その瞬間に空気がちょっとだけ変わる。


 獅子土さんが僕の隣の席に座って、すぐに担任の先生が入ってきてホームルームが始まった。


「……おい、犬飼」

「ん? なに?」


 ホームルーム中に、隣の僕にだけ聞こえる声で獅子土さんが話しかけてきた。

 教室で初めて獅子土さんから話しかけられ、少しビックリしながら返事をする。


「ルナ」

「えっ?」

「名前、ルナにした」

「っ、そっか。いい名前だね」


 僕が笑みを浮かべてそう言うと、獅子土さんも軽く笑った。


 これからも獅子土さんとは、ルナちゃんについて一緒に話していけそうだ。



「くっ、ルナちゃんが一人で待ってるから早く帰りてんだが……!」

「ダメだからね、獅子土さん」


 ……本当に一人で飼っても大丈夫なのかな、獅子土さん。


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学校1のヤンキー娘の獅子土さんは、捨て猫に怖がりながらも傘を差し出した shiryu @nissyhiro

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