第8話 肉体と魂の二元論
「あーーー気持ちわりぃ・・・・・・」
「大丈夫? 船酔いしたのかな?」
「ばっきゃろう、漢が船酔いなんて、するわけが・・・・・・うっぷ」
「ちょ、人の部屋で出すなよ!」
入学式会場を後にした一同は教師陣の引率により港から船に乗り、次の試験が行われるセフィロス島なるところに向かっていた。船には客室が新入生(仮)二百四十四名分しっかりと用意されており、各々決められた個室に案内されたのだが、何故かダンとユミンはアビの部屋に集まっていた。
波も少なく大した揺れも無いのに船酔いでグロッキーなダンは、滅法船旅には向いて居なさそうだ。
「正直、展開が早すぎていまいち現状把握できてないんだけど、ダンもユミンもそして僕も入学試験には受かったんだよね?」
副会長の前で気絶し、起きたら大勢の人が集まる会場――というかダンの背中。そこから十分としないうちに船に乗らされて今に至る。あの老爺の話だと自分は試験に合格しているような物言いに聞こえたが、その確証はまだ得られていない。
だから再確認の意味も含めて、アビは元気なユミンに質問する。
「うん、それで合ってるよ。あ、でも試験はまだ終わって無いみたいだから、正確にはまだ誰も合格してないというか・・・・・・一次試験は合格したってことになるかな?」
頭では理解しているが事前に周知されていなかったとんでもサプライズの二次試験に、心中は困惑を隠せないままのユミン。そこまで答えたところで横から息切れした声が会話に混ざる。
「ほんと、いい加減だぜ、まったく。殆ど説明も無しに俺をこんな、ところに幽閉し、やがって!」
「乗船に関しては任意だったけどね」
「うるせー! こんなはずじゃなかった、んだよ!」
アビのつっこみを粗々しく振り払い、ダンは再び白目を剝いて倒れる。浜に打ち上がったトドのようだ。アビはユミンに向き直る。
「じゃあここに居る三人は一歩前進してるってことだね――」
目の前の二人と違い試験終了間際まで必死でいたアビはようやく肩の力を抜く。ただその表情は嬉しいというより落ち込んでいるように見えた。
「どこか体調でも悪いの?」
ユミンは心配そうにアビに尋ねる。
「いや、特にそういうわけじゃないんだけど。ちょっと試験のことで心残りがあってね」
そう口にしてアビはあの時のことを思い出す。
絶望の淵に立たされた自分を助けるために犠牲になった勇敢な少女の背中を。
アビは意識を取り戻してから船に乗るまでの間、ずっとステイシーを探していた。絶対に開けてはならない黒の扉を進んだとしても、もしかしたら彼女なら何事も無かったかのようにゴールしているのではないか? そんな淡い期待を抱いて。
しかし最後まで彼女の姿を視界に捉えることはできなかった。最初から分かっていたことではあるが、やはり現実として突きつけられると心が痛む。
黙するアビを心配しつつも、ユミンはそれ以上追求することをせずそっと見守った。
「ちょっといいだろうか?」
ちょうど会話が途切れたところに入り口の方から扉をノックする音とともに芯のある太い声が届いた。アビはユミンと互いに顔を見合わせ首を傾げる。誰だろうと不思議に思いながらアビはドアへと向かった。
扉を開けてまず始めに視界に入ってきたのは、マントローブの上からでも分かるほどの分厚い胸板だった。アビは顔を上方に向けてその人物の顔を確認する。
「あの、誰ですか?」
自分の部屋を尋ねてきたその人物――――アビの頭一個分くらい身長が高く、赤い毛髪の男性をアビは知らなかった。素っ頓狂なフーアーユーに赤髪の男性は悠然と挨拶をする。
「君が私を知らないのも無理はないだろう。なぜなら私と君は初対面だからな。私の名はサジダリウス=フラムソール。その名の通り
出会い頭に自己紹介と頭を垂れて謝罪してくる青年。状況が全く掴めないアビはどうしたらいいのか分からず、手をひらひらさせながら同室の仲間に助けを求める。サジダリウスの来訪の訳とアビのSOS。その両方を理解していたユミンだったが、何て返答していいのか分からず、
「別に気にして・・・・・・ってそれは変だよね、私じゃないし、うん。ええと、そのー」
ユミンがあの騒動の主要的な立ち位置にいたことには間違いないが、ほぼ傍観するだけで直接抗弁した訳では無い。だからその謝罪を受け取るのは私では無いとユミンは言葉を詰まらせた。すると、
「ノア様? ノア、ノア、ノア・・・・・・・・・・・・ノア!? おーいてめぇまだアビのことケチつけようと・・・・・・って頭下げてるぅ!? ・・・・・・って、ん、お前はたしか・・・・・・」
ノアという単語に反応して飛び上がったダンはその勢いのまま肉薄しようとして、しかし視界に捉えた青年が腰を折っていることに驚き、身を引いた。
「先の姫の・・・・・・ノア様のご無礼を私の方から謝らせて貰いたい。すまなかった」
「姫? お前あいつのこと姫って呼んでんのか?」
「――――――ノア様です」
謝罪よりも姫という単語が気になり聞き返すダン。サジダリウスは表情一つ変えずにそれを訂正した。
「ふーん。ま、いいや、どっちみちあの冷酷な魔女に姫要素なんて欠片も――」
「姫を魔女呼ばわりするでない! 姫は、断じて魔女なんかではない! 姫は、泣いている私にアメをくれた。とっても心優しいお方なのだ!!」
その発言だけは聞き捨てならないと声を張り上げて抗議する赤髪の青年。
「はぁ? ナニイッテンノオマエ。あいつが優しい人に分類されるなら、全人類が優しい人になるだろーが!」
「全人類とは大袈裟なっ。今日見知っただけのお前が姫の何を知っている? いや! 何も知りはしない! 姫が私にくれたアメの味さえお前は知らないだろう!」
「どーせハッカかミントだろ、冷酷な女にはぴったりのスースー感だな!」
「ふっ、ハズレだな。これでお前が姫のことを何も知らないことが証明された」
「い、今のは冗談――てか、飴の味なんてどうでもいいんだよ!」
その後も彼とダンはノアに姫要素があるかないかで口論を続ける。
「新入生の皆様、おまたせしました。準備が整いましたので二階、大広間までお集まり下さい。繰り返します――――」
永遠に続くかと思われた姫論争は、突如流れた室内アナウンスによって終戦を迎えることとなった。
***********
「疲れはしっかりと取れましたかな」
大広間に集まった生徒達を見渡して黒スーツの老爺は言う。生徒等の面構えは余裕の表情を見せる者から、次に行われる試験への緊張で強ばる者などそれぞれだった。その初々しく、青々しい姿に老爺は親しげに笑って続ける。
「あまり力まない方が良い。不安定な精神状態では本来の力の半分も発揮出来ないだろう。占い師とはいかなる状況でも自然体で居るのが好ましいからね。
さて、あと三十分ほどでセフィロス島に到着するのだが君たちに集まって貰ったのは他でもなく、二次試験についてだ」
占い師としての心得的なものを告げたあと、老爺は本題に入ろうと気を引き締める。一体どれほど過酷な試験になるのかと、生徒達は息を呑んで老爺の言葉を待つ。
「だがその前に君たちには知って貰わなければいけないことがある。――――占い師がどうやって占いをするのか――――それを君たちは知っているかね?」
両手を後ろで組み、胸を張った姿勢で老爺はそう問いかける。気を張って身構えていたところになんとも初歩的な、幼児でも正解できそうな質問を投げられ呆気にとられる生徒達。
「そんなの道具を使ったり、暦や生年月日を調べたり、要は知識と統計じゃないのか?」
深く考えるまでも無いとダンが安直に答える。そも、この男に考えるだけの脳があるのかは別として、その解は正当なものだと周りも頷く。
「勿論それも重要だ。だがそれだけで未来予知のような超常現象を成せると思うか?」
が、老爺はそれでは不十分だとさらに問いを重ねる。
知識と統計。果たしてその二つで、科学では証明出来ない人智を越えた神業を成せるのかどうか。アビはこれまで憧れ見てきた占戦術師の占う姿を頭に思い浮かべ、そして首を傾げた。なぜなら、今の占戦術師として実力の無い自分が占う所作と、熟練者が占う所作には大して差が無いと思えたからだ。
アビがそう感じるようにこの場にいる全員も同じ結果に辿り着く。その様子を良兆とばかりに微笑を浮かべた老爺が疑念を晴らすように続けた。
「答えは否、それではただの占いの真似事に過ぎない。一世紀前まではそんな占い師擬きが腐るほど存在していた。だから占いは当るのか当らないのかといった疑念が生まれ、信憑性に欠け、怪しいものというレッテルが貼られていたのだ」
「では我々はどうやったらその似非占い師では無い、本物の占い師とやらになれるのだ?」
サジダリウスがたくましく太い声で、この学校の存在意義を問う。
これまで受けてきた義務教育と同じように、授業を受けて占いの資格を習得し卒業する――――おそらくこの場の大半がそう考えていた。しかし占いが知識や技術の習得だけで成せるものでは無いとこの老爺は言う。ならばどうやって占い師をこの学校は育成するというのか。
鋭い指摘に対し、しかし老爺は全く臆すること無く余裕の笑みを浮かべる。
「ほっほっほ、そう焦るでない。物事には順序というものがある。それを説明するにはまず肉体と魂の二元論について理解する必要があるのだが・・・・・・どうだ、既に知ってる者は居るかな?」
早く答えを欲しがる生徒を宥めつつ、また別の問いを投げかける老爺。それはまるでバスツアーガイドのようで、一つずつ丁寧に順を追って目的地へと案内するようだった。だがその遠回りに、これまで寡黙を貫いていた少女が嫌悪感を滲ませた声色でもって応じる。
「生物は人格を担う霊魂とその魂を納める肉体という器、この二つで構成されている。故に生物は二度死ぬ。肉体が滅びても霊魂が生きていればそれは幽霊として現世に残り、肉体が朽ちても霊魂が宿れば、それはゾンビとして地を這う。仮に肉体は完全でも霊魂が抜ければそれはただの肉塊でしかなく――――要は肉体と魂の二つが揃って初めて、個が個として存在する」
「流石アクアルーナの娘、いや、占いの血筋と言おうか。完璧な説明だった。彼女に拍手を」
皆を代表して説明してくれた少女に、賛辞を送るように煽る老爺。サジダリウスを筆頭として奏でられる賞賛の音を、しかし受け取った本人は鬱陶しそうに溜息で応じていた。
「何故この肉体と魂の二元論について話したのか、察しの良い者は既に気づいただろう。本物の占い師とはこの魂の力、つまりは霊力を使って未来予知といったスピリチュアルな所業を成しているのだ」
長い遠回りを終えてようやく全員が、最初の問いの答えに辿り着いた。
生物の殆どは肉体と霊魂の二つで構成されている。肉体は自らの意思でもって自在に操ることができるが、霊魂はその限りでは無い。魂の力を行使することは凡人には出来ない所業だ。だからこそ非凡なる存在として占い師がいる。その事実を今、老爺は生徒達に伝えたのである。
「ちょっと待ってくれよ! 占い師が霊力を使ってるからすげえ占いが出来るのは分った。けどよ、実際にその霊力ってのを俺たちはどうやったら使えるようになるんだ?」
「ほっほっほ、その答えがまさしくこの二次試験というわけだ」
誘導にまんまと引っかかる単細胞な男子に、老爺はさぞご満悦な様子でそう告げる。
「二元論にもあるように、我々人間に限らずこの世に生きる全てのものには霊魂が宿っている。犬も猫も、鳥も魚も虫も。山や川、木や石にだって例外なく存在する。それらに宿る念を我々は神様と言って崇めたりするのだが、それは今はいいだろう。つまり何が言いたいのかというと、占い師としての素養は全ての人間に備わっているということだ。事実、君たちは意識していないだけで霊力の一部を使い、その片鱗は体験しているのだが・・・・・・どうだ、思い当たる節はあるか?」
老爺の問いかけに対し、アビは一次試験でタロットカードを引いたときのことを思い出す。アビはカードを引く瞬間に、己の手に見えない何かが覆っているような感覚を覚えていた。アビ以外の生徒等も何かしら思うことはあるらしく、各々感慨に浸る。
「え、は? なんだよ、みんななんとなく思い当ってるような顔して。俺はこれっぽっちも感じたことねーぞ!」
ただ一人、この角刈りの男を除いて。
「ほっほっほ、したらば君は占い師の素質が無いのかもしれないな」
「んだとじじい! もういっぺん言ってみろや、その減らず口ぶっ叩いてすきっ歯にしてやらぁ!」
ハッキリと占い師に向いていないと嘲笑され頭に血が上ったダンは、ここが学校統括の船の上であることもお構いなしに試験進行役の老爺に飛びかかろうとした。
「ダン、落ち着いて!」
「そうだよ、お爺さんにそんな口の効き方したらだめだよぉ」
それを必死にアビとユミンが抑えるが、体格が一回りも違うためズルズルと前に引きずられてしまう。
「ふっ、貴様が占い師に向いていないことなど、占い師でなくとも見抜けそうだがな」
牙むき出しの猛獣に更なる追い打ちを御見舞いするのは赤髪の青年だ。彼は腕を組んだまま、こちらに目も向けずに鼻を鳴らす。
「いってくれんじゃねーか、この姫野郎が!」
「なっ! き、貴様、姫様の――ノア様の前でその言葉を口にするでない!」
「あー分ったよ、何度でも言ってやる! 姫姫姫姫姫ヒメひっめぇええ!」
「貴様ぁぁ!」
「君たちいい加減にしてくれないか」
犬猿の如く激しい言い合いを繰り広げるダンとサジダリウス。その間に忽然と割って入ってきたのは、二人よりも頭一個分以上も身長の低い、眼鏡をかけた少年だった。
「なんだてめぇ、説教なら俺は聞かねーぜ。なんてったって今は――――」
「周りを見ろよ」
ダンの威圧的な態度にも怯むこと無く、眼鏡の少年は言い返す。熱くなっていた頭に冷たい水を差されたダンはゆっくりと周囲へと意識を向けた。
背丈の大きさや口の悪さが目立つダンは当然ながらこの場で浮いていた。特に女子生徒から向けられる冷ややかな視線が多かった。
「一世紀前の事件を知らないとは言わせない。ここは男ってだけで不利を強いられる環境なんだ。獣みたいに騒いでこれ以上悪い印象を与えないで貰いたい。飛び火を喰らうのは僕は御免だからな」
その状況を冷静に分析した眼鏡の少年がダンに忠告を言い渡す。彼が言うように占術界隈では昔から女尊男卑が主流だ。事実、ここに居る一次試験を合格した生徒のうち七割強が女子であり、教師陣も先ほどから説明をしてくれる老爺以外は女性しか居なかった。
「あーそうかよ、てめーの言い分は分ったから辞めてやる。だがな、俺は今どき男か女かであーだこーだ言ってるのは気に要らねえ。さらに言えば俺は俺が漢であることに誇りを感じている。だから男であることを不利だと感じているてめーは嫌いだ。以上」
「全く同感だな。女性の方が重宝されているという事実は認めるが、今では女性と肩を並べるほどの男の占戦術師が居るのもまた事実だ。十天星のトップも今は男だと聞く。なんら確証の無いバイアスにいつまでも囚われても仕方ないだろう。さらに私も男であることを誇っている。愛する人をこの手で護れる強さがこの身にはある。この上ない喜びだ」
「姫を・・・・・・な」
「そう姫を――――って違う! いや、違わなくは無いがそうではない!」
多かれ少なかれ男であることのディスアドバンテージは感じないというところはダンもサジダリウスも一致しているようで、眼鏡の少年の考えを突っぱねる姿勢を見せた。そしてもうその話には興味が無いといった具合に姫イジリを再開させていた。
「ちっ、とにかく僕に迷惑はかけないでくれよ」
考えを否定された挙句、最後は除け者扱いされた眼鏡の少年は苛立ちを隠せず、舌打ちをしてその場を去っていった。
「落ち着いたようだな。では話を戻そう。思い当たる節が無いという者も中には居るようだが、ここに居る者は一人残らず、既に霊力を無意識にも行使している。またその素養に優れている。なぜなら――――一次試験がまさしくその素養を見極める試験だったからだ」
唐突な一次試験の裏事情のカミングアウトに驚きを隠せない生徒等。老爺は不敵に笑みを浮かべて続ける。
「一次試験で君たちはランダムに配置されたスタート地点から、右も左も上も下も分らない状態で、またどの方向にあるかも分らないゴールを目指さなければならなかった。これが如何に無謀で勝算の無い試合かどうか、冷静になった今だとはっきりと分るだろう。だが君たちは見事に一時間という制限の中でその無茶な挑戦を突破した。これがマグレや運ならばそれまでということになるが、この試験では最初から奇跡など用意していない。
――――君たちは直感という霊力を使ってここまでやってきたのだ」
直感。それは生物が物事を捉える際に用いる判断基準の一つ。数字やデータ、客観的に見た状況からの推理などは一切含まれず、これまでにしてきた経験や体験がその核を為していると言われる。全くもって論理的ではない、まさしくスピリチュアルな属性を持つものだ。
しかしながら、直感はしばしば我々の日常生活に使われ、またその多くが正しい判断であったと称される。根拠の欠片も無い、ただなんとなくそう思っただけのものが当たるだなんておかしな話ではあるが、この老爺曰くそれは偶然では無く必然。ようは魂レベルでの話ということだ。
他にも直感には筋肉と同じで使えば使うほど精度が上がるとか、男性よりも女性の方が鋭いという見解もある。これも占術界が女性優位と考えられる要因のひとつだった。
「ここからが本番だ。大事な事だからもう一度言うが、占い師は己の肉体に宿る霊魂から霊力を抽出して使うことで、より信憑性の高い確実な占いをすることができる。しかし現状の君たちは直感は使えども、霊力を自在に扱える訳では無い。偶然当りましたなんて占い師を君たちは信用するか? 当然しない。つまりこの学校で占術を学び、真の占い師を、占戦術師を目指すなら最低限霊力を扱える状態でなければならない。これが二次試験の大義で在り、新入生になれるか否かの合格ラインだ」
直感は霊力を行使するものの一種だが、それが人より優れているからといって霊力が扱えるということでは無い。あくまでその素養があるだけ。今はまだ占い師の原石に過ぎないのだと老爺は戒めるように告げた。
「ではこれから二次試験の内容を説明するがその前に――――全員下着になれ」
「え?」
「は?」
「あわわぁっ!?」
生徒達の顔つきも変わり、ようやく試験の内容に踏み込むのかと思われた矢先に発せられた脱衣命令。言葉は理解できたが意味不明すぎるそれに広間には空白の時が刻まれた。
「脱いだ服はきちんとまとめて各自与えられた自分の部屋に持っていくのだぞ。置き去りにしていったものは勝手に処分するからな」
その空気を察してか知らずか、何の問題は起きてはいないと指示を続ける老爺。それに対しやや遅れて、我に返った漢が反駁の意を唱える。
「処分するからなー、じゃねえだろ!! なんでこんなところで――っ女も居んだぞ!」
「ほっほっほ、君にとっては男も女も関係無いのではなかったかね? どちらにせよ従えないならその場で失格になるだけだが?」
「あー、くそっ、脱ぎゃいいんだろ脱ぎゃよ。漢なら例え木の葉一枚でも戦ってやらぁ!」
軽く挑発する物言いでさっきダンが口にした言葉を浴びせる老爺。加えて従わなければ退学だと脅迫染みたことも口にした。どのみちやるしか無いのだと理解したダンは勢いよく服を脱ぎ捨てる。
「「きゃあああ!!」」
ただ勢い余ってパンツまで脱げてしまい周りの女子からは悲鳴の声が上がった。
「あ、アビくん、こっち見ないで・・・・・・ね・・・・・・」
「うっ、うん、努力する・・・・・・」
全裸で暴れるダンを余所にユミンとアビもゆっくりとローブを脱ぐ。思えば学校から送られてきたのはこの指定マントローブだけではなく、今身に着けている装飾の一つも施されていない無地の下着もだった。おそらくそれは他の生徒達も同じで、そのおかげもあって少しは抵抗なく下着姿になれた。
しかしいくら華が無いとはいえ下着は下着。普段見ることの少ない女子の肌は眩しかった。アビはユミンを見ないように努力するが、周りのみんなも脱ぐので視線の休まる場所が無かった。
「うぎゃああ!」
「な、なんだ!?」
そんな嬉しいような辛いような状況で突如聞こえてきた太い悲鳴。その声がした方に顔を向けると一人の男子生徒がその場で股間を押さえながら蹲っていた。その周りにはどこから現われたのか、黒衣のように黒ずくめの衣装をした人が三人ほど居た。
「や、やめろ、これは生理現象なんだから仕方ないだろ! うあ、あ、あああああああ」
彼等は激痛で悶える男子生徒の言葉には耳を貸さず、二人がかりで抑えにかかると、残った一人が棍棒のようなもので彼の股間に追撃を加えた。
激痛で泣き叫ぶ男子生徒だったが程なくして気絶。泡を吹いて静まる。
「言い忘れたが、煩悩に負けるような愚かな野獣はその煩悩が収まるまで滅多打ちの刑に処される。気をつけるように」
「ふっざけんなよ! ぞんざいに扱って良い代物じゃねーんだぞコレは! 下手すりゃその日丸ごと潰れるかもしんねぇ、もっと優しく丁寧に扱え!」
「ほっほ、ぬかせ小童。煩悩が何故煩悩なのか、それはそこに快楽が伴うからだろうに。反対に痛みが伴うと知れば、条件反射で煩悩は引っ込む。これは女性を護るためのルールだ」
コレを強調しながら理不尽極まりないルールにダンは猛反発するが老爺は規則は規則だと、無理矢理ねじ伏せる。女尊男卑はこんな所にも影響を及ぼしているようだ。
「くっ、これは目を瞑るほかない」
目のやり場に困ったサジダリウスが己の煩悩を押さえつけようと目を瞑った。
「辞めといた方が良い、視覚を失えば残る感覚が冴える。今度は香る匂いに妄想が止まらなくなるぞ」
どこか遠くの一点を見つめながらサジダリウスに忠告する老爺。しかしその助言も既に手遅れで、
「ぐぬぅ・・・・・・おっふ、これは死角だった・・・・・・・・・・・・無念」
サジダリウスほど屈強な男児も黒衣三人に囲まれては太刀打ち出来ないようだ。サジダリウスの雄叫びが飛ぶ。
アビは老爺の忠告を真摯に受け止め、目をギンと開き、凄まじい眼圧でもって自らを自制しようと試みる。しかし、そこに魔の手が差し掛かった。
「アビ君、大丈夫?」
心配したユミンがその小さな手をアビの肩に置いた。不意に与えられたスフレのように柔らかな感触。普段なら肩に女性の掌が当ろうとも、皮膚同士の摩擦としか思わないだろうが今は状況が違う。そこには純粋な憂慮が有るだけなのに、ただ柔らかいというだけでエロさを感じてしまう。
「ユミン、ごめん、そ、その手を、ゆゆゆゆゆっくりと、離してくれるかな・・・・・・」
見てはいけない。感じてはいけない。今触れたのが女の子の手だと思ってはいけない。そうやって自分を欺しながら、必死に煩悩が立ち上がるのを阻止するアビ。
「ごごごめんなさい! よ、余計なお世話だったよね・・・・・・」
誰しも触れた手を離してなんて言われたら、例えそこに拒絶の意思がなかったとしても自分が嫌われている、拒絶されていると思うのは自然だ。ましてや自分が好意を寄せている相手にそれを突きつけられたら酷く落ち込むだろう。
もちろんアビもユミンのことが嫌いで言ったわけではない。ただユミンは違う。相手が嫌がることをしてしまったと下を向く。
アビはそれに気づきユミンの誤解を解こうと慌てて向き直った。
「あ、いや、違うんだああああああ!?」
神のいたずら、もしくはラッキースケベとはまさしくこのこと。振り返ったアビは意図せずしてユミンの抱えるたわわに触れてしまった。さっき感じたのがスフレだとしたらこっちはマリトッツォだ。大きなマリトッツォが二つだ。
「はわわわあわああぁぁあぁ」
思わぬボディタッチにゆでだこみたいに頭から湯気をだして真っ赤になるユミン。ここまで来たらもう理性なんて保てない。
「僕は何て、最低な、男、な、ん・・・・・・・・・・・・だ・・・・・・・・・・・・」
アビも煩悩には勝てなかった。その場に仰向けになって倒れたアビも例の刑によって気を失った。そしてもうひとり、この人物も――――
「ほっほっほ、儂もまだまだ若いということだなぁあぁぁぁああああああああ」
いくら歳を重ねようとも良いものは良い。この場に居る男は漏れなくして意識を飛ばしたのだった。
☾占戦術学校の愚か者ども☾ 蒼骨渉 @aokotu_ayumu
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