第2話 早暁の居酒屋で隣り合わせた老掃除婦



 レンコひとり異端者のようなコンサートに10年間も通ったのは、滑稽に聞こえることを承知で言えば、大スターを勝手に人生の「同志」と見なしていたからだった。


 事実、当時の永ちゃんはひとりの人間が負うには過酷な額の負債に喘いでいたし、規模は一桁も二桁も異なるが、レンコもまた、半生でもっとも苦しい時期にあった。


 歴史小説好きなレンコは、自ら「成り上がり」を名乗る永ちゃんに、野伏のぶせりから身を起こして「出来星の猿」と蔑まれた豊臣秀吉の苦悶と反骨を重ねてみたりもした。


 

      ☆彡



 歳月が流れた。

 昨年暮れ、たまたまレンコは永ちゃんと若手ミュージシャンのトーク番組を観た。


 久しぶりの永ちゃんには歳相応の年輪が加わっていたが、相変わらず輝いていた。

 歌いながら前後にウォークしたり、左右の脚を交差させたりするジーンズの大腿筋の張り具合にも、1日として欠かさないトレーニングの成果が明確にうかがわれた。


 海のものとも山のものとも知れないが、希望と野心はたっぷりであるらしい(笑)男女のミュージシャン十数人に向けて、永ちゃんは持ち前の生真面目で語りかける。


「ロックンローラーはギャランティだけが頼りの水商売だから、いつも不安で、もうこれで大丈夫という安全な場所まで昇り詰めたい……その一心でひたすら突っ走って来た。周囲はもう大丈夫だよと言ったが、おれはいやいやまだまだと走りつづけた。で、あるとき、恐るおそる振り返ってみたらゴールはずっと後方にあったんだ」🏃


 古稀を過ぎた生き方についての質問にも、永ちゃんの答えに迷いは見えなかった。


「引退して旅でも? そんなの1週間で飽きるよ。おれから歌を取ったらなにも残らない。いくつになっても『さあ、ライブやるよ~!』そう言っている自分でいたい」


 あり得ない額の負債を永ちゃんが完済したとき、もう大丈夫だろうとファンクラブを退いたレンコは、問題山積だった仕事を整理して気楽なフリーランス生活を送っているが、いまも現役の永ちゃんは、大勢のスタッフを抱える一大音楽産業の御大将としての重責を担いつづけており、モニターを通して伝わって来る迫力に圧倒された。

  

 秀吉と同じく底辺からビッグネームまで登り詰め、欲しいものはすべて手にしたかに見える永ちゃんだが、増上慢に基づく危うさはひとかけらも見え隠れしていない。


 地方巡業の折り、ひとりでぶらっと入った夜明け前の居酒屋で、掃除婦の老女と隣り合わせ、「自分で稼いだ金で飲む酒が一番旨い」という話にガッツンと撃たれたという。その心根を失わない限り、日本一のロックスターでありつづけるだろう。✨

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ザ・ロックンローラー ✨ 上月くるを @kurutan

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ