ザ・ロックンローラー ✨

上月くるを

第1話 「県民の森」でのロックフェスティバル



 その人の書いたものであったか、それともステージ上のトークであったか……。


 ――夜明け前の居酒屋のカウンターにいたあのオバチャン、どうしているかなあ。


 無造作に投げられた素朴な言の葉が、胸の奥のやわらかな部分に棲みついている。



      ****



 県民会館の森に埋もれて、3台の巨大なコンサートトラックが止まっていた。🚛

 

 ――E.YAZAWA


 見慣れた強烈なロゴ&矢沢永吉その人の立ち姿が各車体をギンギラに飾っている。


 ド迫力のデコトラこそまさに日本のキング・オブ・ロックンロールの象徴であり、ビッグネームのアーティスト・矢沢永吉は、これだけの舞台装置と多数のスタッフを率いる経営者であり、コンサートという戦場の総大将であることを物語っている。


 開演まで3時間もあるのに、公園には全国のファンが続々と詰めかけて来ていた。

 仲間ごとにグループをつくっている男女は申し合わせたように白い永ちゃんスーツを着用し、男性は斜交いに帽子を被り、女性は胸に真っ新な晒し木綿を巻いている。


 ――永ちゃん! 永ちゃん!! 永ちゃん!!! 永ちゃん!!!!……。🎵

 

 どこかの集団が「永ちゃんコール」の先陣をきると、ほかの集団も負けじと倣う。

 超大判の永ちゃんバスタオルを羽織った一般のファンも一緒になってコールする。

 ふだん静かな「県民の森」は、ときならぬロックフェスによって完全占拠された。



      *



 きびしいチェックを受け入場すると、ふたたび「永ちゃんコール」が始まる。🎶

 舞台下、通路……1階も2階も白いスーツで埋まり、微妙な間合いでの掛け合い。

 まるで舞台裏に待機している、憧れの永ちゃんへの忠誠心を示すかのように……。


 とつぜんピタッとコールが鳴りやむと、数秒後、ドッカ~ンと大音響で開演する。

 黒で統一された豪奢なステージに7色の照明が交錯し、永ちゃんが、躍り出る!


 ――ウォーッ!!!!🐯🦁


 巨大な蜂の巣のような唸りを発した会場は、山々をつなぐ野獣のように咆哮する。

 前振りなしのアップテンポで巧者ぞろいのバンド演奏が始まり、スタンドマイクを握った永ちゃんは鍛え抜いた長い脚を格好よく運びながら歌い、吠え、腰をゆする。


 総立ちのファンは口々に「永ちゃん!」を絶叫して、高々とバスタオルを投げる。ファンクラブ会員枠は前から3列目の特等席なので、舞台中を走りまわる永ちゃんのTシャツから隆々と割れた腹筋が見え、汗と唾液のしぶきが雨のように降りかかる。

 

 戦国の為政者が恐れた一向宗の宗徒も、かような熱気をはらんでいたのだろうか。

 二千数百人のハコに満杯のファンのひとり残らずが永ちゃんの信徒であることは、激しい楽曲がバラードに変わったとたん、怒涛の熱狂はピタッと鳴りをひそめ、全員が静かに着席して物音ひとつ立てずに聴き入っている様子からも容易に推察できる。


 この夜のたった2時間のために、工場の単純作業に堪え、長距離便を運転し、段々畑を耕し、未明から漁を行い……などして黙々と1年間を働いて来たファンたちは、永ちゃん愛を叫びに叫び、愛を倍返しされて、大いに満足して帰途に着くのである。




 

 

      



 


 






 

 

 





 

 

 

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