3-3 疑問=answer
「————」
木々の幹を微かに震わせる高音。鼓膜を貫く音響の刺突が意識を鈍らせるも、俺の目には確かに、弾丸を難なく弾く戦士の姿が見えた。
「ちぃ!」
「待って下さい日向隊員!」
俺の静止などまるで意に介さず、渾身の斬撃が放たれる。だが戦士は何も構えない。眼前に自らの命脈を絶とうとする凶器が振りかざされていてもなお、悠然とした体勢のままだ。
「はぁぁ————なっ⁉」
途端に漏れる素っ頓狂な声音。闘気吹き荒れる雄叫びから一転したその声は、この場にいる隊員達全員の総意となった。
戦士は瞬間的にその肉体の光量を上昇させ、その眩い光に姿をくらます。そして
「き、消えた……」
「弘崎! 対象の座標は掴めるか?」
『いえ、対象は完全にロスト……少なくとも今回の作戦区域からは消滅しました。今から捜索範囲を広げることもできますが……』
「いや、それなら問題ない。今作戦の目標は排除した。状況終了とする」
桐生隊長のぶれない号令が、部隊の緊張を一気にほどいた。
「はぁ~よかった~、二人とも無事で。特に晴馬隊員」
「す、すいません。何も、できませんでした……」
「いいのいいの! 初陣で速攻殉職なんて、日常茶飯事なんだから。今回は生き残った自分を褒め称えてあげること! いい? 褒めるんじゃなくて褒め称えるのよ?」
「その通りだ。晴馬、お前はよくやった」
園田隊員、そして春影副隊長の心ばかりの賛辞が飛ぶ。桐生隊長は言葉こそ発さなかったが、こちらのやりとりを落ち着いた柔らかい視線を向けてくれた。何一つできなかった今作戦であったが、先輩方達の言葉に、今日だけは甘えてもいいだろう。
「よし、総員撤退するぞ」
『待って下さい隊長。さっき日向隊員が放ったラジエウム弾によって、あの対象の身体破片とか落ちてませんか? 成分分析サンプルを採取したいんです』
「ないわ。奴が消えると同時に、破片も消滅した」
確認するまでもなく、日向隊員がそう答える。獲物を逃がした狩人の目は、戦果と闘気の発散どころに飢えているように見えた。
『あぁそうですか……何かありませんか? 本当に小さな破片一つあれば、的を得た研究ができるんですけど……』
「今はいい。総員、直ちに撤退だ。一般人に目撃されてはまずい」
隊長のはやる号令に、俺達はすかさず了解を返し、転送が始まる。
俺の初陣は、これにて終幕した。
——————————————————————————————————————
『——現状、あの未確認対象に関する情報はろくにありません。ですが一つ、対象が出現した瞬間、ある特殊な反応を検知していました』
帰還後、すぐさま始まった出撃室にての確認ブリーフィング。といっても、その司会である弘崎隊員は、やはりその姿を見せてはくれない。もはや基地で共有されているAIみたいな扱いだが、他の隊員の当たり前感を感じる辺り、本当にこれが彼の流儀なのだろう。なかなかに変態だ。
「何だ?」
桐生隊長が改めて問う。
『はい。それが、ベガード反応にとても酷似したものです。といっても、その波形は全くの逆。通常のベガード反応と比べて、全てがプラスに反応しているんです。きっと皆様にはわからないと思うので、波形図を用意しました』
プラス? と脳内で首をかしげていた俺を見透かしたように、その声は意気揚々とグラフを出す。園田隊員が正直に「もー、そういうところ」と小さく呟いた。
出撃室に設置された巨大モニターに、二つの図が現れる。どちらもほぼ同じ波形を指しているが、その波打つ方向は確かに真逆。ベガード反応が、通常値を示すラインの下に波打つのならば、閃光の戦士の反応は上に波打っている。
『このように、彼はベガードのマイナスな反応に対して逆の、プラスの反応を示しているのです。これは今まで検知されたことのない、全く新しい反応です。とても興味深い……』
弘崎隊員の声色に、一瞬ながら無邪気さが顔を覗かせると、園田隊員が今度は「そういうとこ可愛い」と呟いた。マイペースとは、まさに彼女達のことを指すのだろうと、俺はしみじみと思った。
『現状ではあの対象を、ベガードとは正反対の存在、であると考えられます。ですがだからといって、あれを信じていいのかどうか——』
「——彼は私達の味方です!」
咄嗟のことだった。俺は戦場と同じ足腰とは思えないほど素早く立ち上がり、堂々と意見を述べる。ここ数年の人生で、最も積極的な自分が出てきた瞬間だった。
「何を言ってるの?」
すかさず噛みついてきたのは、やはり日向隊員だ。
「俺は過去に一度、彼に助けられたことがあります。そして今回、彼はまた俺の前に現れ、ベガードを倒してくれた。俺を救ってくれたんです。彼がもしベガードなら、俺はもうこの世にいません。彼は明確な意志を持って、ベガードと戦っています。彼は俺達の味方です!」
「ふざけないで!」
日向隊員も立ち上がる。
「あんな化け物が人間の味方? ピカピカ光ってるってだけでヒーローだと思わないで!」
「子供目線で言ってるんじゃありません! 俺は確信したから言ってるんです!」
「あなたはまだ、ベガードのことを何もわかってない。あいつらはね、まだまだそこが知れない敵なの。ヒューマノイド型の種類がいても何らおかしくない。あなたを襲わなかったのは、後でじっくりといたぶりながら殺したかったから」
「そんなこと——」
「——あるかもしれない。常にあらゆる可能性を考えていかなければ、戦場では生き残れないのよ。また今回みたいに足がすくんで、何もできずにぼっーと突っ立てることがあれば、今度こそ命はないわ」
「っ! そ、それは……」
言い逃れできない失態を突かれ、俺の口は止まった。
「ベガードに恐怖を抱くのはわかるけど、戦場で何もせずただ立ち尽くすのみだなんて、愚の骨頂よ! そんな生半可な覚悟と実力で、私のそばになんていないで!」
「…………」
一切の抵抗を許されない彼女の言及は、俺の中にあったはずの確信の壁にひびを入れ、否応なしに再考の余地に引きずり込まれた。
俺は……間違っているのか? 彼はただ偶然に二度も俺の前に現れて戦っただけで、俺を守ったわけではないのか?
いや、そんな偶然あるわけがない。でも考え直せば、彼が味方であるという証拠はどこにある? 俺の話の中でいつそれが出てきた? そうだ。そんなものあるわけない。この意見は全て俺の持論なのだから。全ては俺がそう信じたいだけで——
「——そこまでだ」
その時、桐生隊長の野太い声が、俺を思考の渦から引っ張り出した。
「二人とも、話の内容に根拠がない。今後意見する時は、ある程度の説得力を持たせて話すように」
「二人共って……私は経験から——」
「——経験は確かに大事だ。だが咲、お前の意見はお前自身の説得力を弱めてるんだぞ?」
俺と同格にされたことに腹を立てる日向隊員に、春影副隊長がさらに割って入る。
「お前はあらゆる可能栄を考えろと言った。なら晴馬の意見だって真面目に考えるべきだろ?」
「そ、それは……必要ありません! 晴馬隊員の意見は思いつきで…………」
話すうちに墓穴を掘ったことに気づいたのか、日向隊員はゆっくりと留飲を下げていき、腰を降ろした。だが、俺に対する不満の視線だけは消えない。
「あの未確認対象を、現状では『戦士』と呼称する。今後、戦士を発見・遭遇した際には、観察対象として扱うように。いいな?」
「「「了解」」」
「……了解」
『了解しました。では、確認ブリーフィングを終わります。ありがとうございました』
弘崎隊員の声が聞こえなくなり、緊張した空気は解放。隊員達はコーヒーなり雑誌なり、思い思いの時間を過ごし始める。
「…………彼は、一体……」
そんな中、俺は自分で思考の渦に潜り込み、また再び頭を捻るのだった。
ディタミネイト・ワールド タンボ @TANBOtonbo
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