3-2 引導=decided
「ぁ——」
迫り来る狂気と、差し向けられた殺意。そして脳裏に浮かぶ、鮮血にまみれた自らの遺骸。
そんな最悪の未来が今、大口を開けて無防備な俺に襲いかかる。
「——ッガ」
だがその瞬間、その未来を引き寄せるベガードの姿が、視界に割り込んできた強大な輝きに包まれ、その醜悪な体躯が弾丸の如き速さで吹き飛んでいった。
煌びやかな光輝の温もりは、トリノイドという科学的な物質の壁を優に通り越し、三日前のあの歓喜と安堵の感覚を思い出させる。強大な未知の脅威から命を救われた、あの果てしなく優しく、喜びに満ち溢れた感覚が。
「あ、あなたはっ……」
思わず漏れる言葉は、今の俺にとって感謝であり、歓声でもある。死を迎え入れることしか道のなかった俺に、今再び生きる道を照らし出してくれた存在が、そのたくましくも雄々しい背中を、眼前に現したのだから。
そう、その背中とはまさしく——
「ガアァァァァ————!」
——光玉の如き肉体を持つ、閃光の戦士。彼の降臨だ。
「ルガアァァァ!」
刹那、森林を駆け巡る咆哮に対し、ベガード達は標的を彼に差し向け、日向隊員への包囲を解く。その状況を見た俺は戦士らと距離を取り、彼女との合流を果たした。
「ど……どういうことなの、これは……」
「大丈夫です。彼が来れば、もう心配ありません」
その言葉に、一切の嘘はない。
「————」
銀閃が迸り、鋼鉄の爪と殺戮の牙が鍔迫り合う。互いの全身全霊を込めた一撃がぶつかり合い、戦場の木々を揺らす。振動によって枝から解き放たれた無数の葉が宙を舞うが、地に着くまでに切り裂かれないものはごく僅か。それほどまでに彼と獣らの立つ空間には、幾千の得物のやりとりが溢れていた。
日向隊員の時と同様に、周囲を取り囲んで一撃離脱を狙うベガード。閃光の戦士はその止まらない突撃を、凄まじい膂力と脚力から繰り出される打撃によっていなしていく。だが時として全てを捌き切れないのか、むき出された敵の牙を爪にかち合わせて対処している。敵もまた、尋常ならぬ怪物ということの、何よりの証明だろう。
「…………」
その苛烈な戦闘の現場を目撃し、日向隊員の口が堅く閉ざされる。流石というべきか、先程までの燃え盛る闘気を心の内に眠らせ、ただ神経を戦いの観察に向けているようだ。
「グゥ……」
鈍い鳴き声と共に、一体の狼の牙が見事に砕け散る。戦闘不可能となったその一体は、包囲陣形から離脱し、ついに敵の戦闘態勢は崩壊した。
——そして戦局は、大きく傾く。
「グアアァァ!」
解き放たれた覇気は、陣形の崩壊による自身らの不利を悟ったベガードの精神を貫き、闘気を鈍らせる。その効果は一秒ともたない一瞬のスタン効果であるが、彼が決着の一撃を放つまでの道程を走り出すには、十分な起点となった。
「————」
円形の欠けた穴に飛び込んだ戦士は、ついに敵の包囲から脱出。そしてすぐさま反転して一匹の喉元を掴み、並外れたその握力でもって粉砕。頭と胴体を切り離す。さらに間髪入れず、牙を抜かれ無力となった一匹の間合いに踏み込むと、その腸を爪の斬撃によって引き裂いた。
陣形の完全壊滅を受けて引き下がった餓狼は、仲間の死によって撤退を決め、散開し距離を取りながら場を離れていく。標的を分散させることで、少しでも一匹ずつの生存率を上げる策に出たのだろう。
「————」
だがしかし、戦士が持つ雷鳴の如き速さは必死の逃避行すら許さず、三方に逃げたベガードの右の一体を中央へと蹴り飛ばし、中央の一体に激突させる。
「はあぁ!」
と、その時、いつの間にか駆け出していた日向隊員が、戦士の咆哮に負けずとも劣らない大音声を響かせ、左側のベガードへ向け刃を突き立て、上空から飛びかかった。
それと時を同じくして、戦士も中央に集められた二体の上空へと跳躍し、決着の一撃を打ち放たんと爪を高く振り上げる。
「死ねぇぇぇぇぇぇ————!」
「グゥアアァァァァ————!」
互いに衝突し合い、戦場に渦巻く闘気と覇気。その嵐はあらゆる理性を掻き消し、血を高ぶらせ、生命への貪欲な渇望と正義への邁進を推し進める。その先にあるのは、完全なる勝利という結末。
「————」
——二人の得物が怪物達の身体を穿ち、沈黙と二人の息遣いが場を支配する。
戦いは今、俺達の勝利という形で、終幕となった。
—————————————————————————————————————
刃を手元にしまい、状況の終了を示す日向隊員。その所作に煽がれ、俺もまた握っただけの銃をホルダーへと戻す。すると急に全身の力が抜け、俺の腰は上体を支えられずに崩れ、木の幹に尻もちをついた。
「春間隊員、これはどういう状況だ?」
「うわっ! って、桐生隊長! それに春影副隊長に、園田隊員まで……」
気配なく聞こえてきた声に驚いて振り向くと、俺の背後には戦いを終えたらしい三人が、困惑した表情で閃光の戦士を見つめていた。
「何あれ? 私見たことないよ、あんなピカピカしてるの」
「ベガード反応もなく、こちらを襲う気配も感じない。一体あいつは……」
幾多の戦いを乗り越えてきたであろう彼らにも、やはり戦士についての知識はないようだ。その困惑に満ちた表情は、まさに三日前の時の俺とそっくりだ。どんなに精魂の鍛えられた戦士でも、見識にないものには敵わないらしい。
「ふぅ……よし」
すると、呼吸を落ち着けた日向隊員が、同じく戦闘を終えた戦士の方へと視線を送る。
「————」
そして次の瞬間、慣れた手つきで素早く銃を抜き、込められた弾丸を轟音と共に撃ち放った。
作品を読んで下さり、誠にありがとうございます! 作者のタンボでございます。
今作は毎週金曜日に更新、または私の気分次第で臨時更新致しますので、是非とも気に入って頂けましたら、楽しみにお待ち頂けますと幸いです。
どうぞ、よろしくお願い致します。
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