3-1 初陣=frustration

「座標、POINT6―40。到着」


 さっきまで薄暗い空間が広がっていた視界から一変、俺の眼前一帯に豊かな緑が生い茂り、ささやかなそよ風が頬を撫でる。人生で二回目の転送ではあったが、こうやってトリノイドという制服を着て堂々と使用すると、改めて技術の凄さに圧倒される。これにも慣れなければならないとは、数日前まで一般人だった男には少々難しい。まぁ、頑張るとしよう。


『了解。では、今回の作戦を説明します』


 隊長のよくわからない座標報告が通信機に送られると、そのスピーカ―から若々しい男の返答が返ってきた。その淡々とした冷静極まりない口調から伝わる雰囲気は、まるで少しだけ感情を手に入れた機械音声のようなもの。人物像は想像がつかない。

 ——彼が前に説明を受けた、もう一人のエルマファンガー、弘崎涼路のようだ。


『今回検知されたベガード振動波は、常に高速で移動しており、前回のジェル型とは違う個体であることが推察されます。恐らくはウルフ型かスフィア型でしょう』


 ウルフ型にスフィア型……確か両者共にジェル型と同様に集団で移動し、連携を取って人を襲う種類のベガードだったはずだ。どうやら俺の初陣の相手は、速さを売りとする連中らしい。


『皆さんの現在地から北にニ十キロ先には、市が運営している、森林内に建てられたアスレチック場があり、ベガードはそちらに向かって進行していると思われます。なので今回は、敵が二手以上に分かれている可能性を踏まえ、四人を均等な距離に離して散開し、アスレチック場の南側に半円を描くように待機、敵を迎撃して下さい』


 四人、という発言から、すでに俺がこの場にいることは理解しているようだ。なら一言挨拶を挟んでくれてもいいはずなのだが、それは作戦説明の範疇外なため、やらないのだろう。きっと今後も、彼と話す機会はないに違いない。


「了解だ。今回はしっかり考えてくれたようだな、弘崎」

『前回は寝ていてすいませんでした。では、ご無事を祈っております』


 隊長のシャレにならない冗談にふてくされた声音で返事を返し、通信は途絶えた。

……前回は寝てた? 作戦立案を担当する人が寝てた? あの時彼の声が聞こえなかったのはそういうこと? この部隊は時に錯塩が明示されないことがあるのか?


「よし、聞いたな。総員散開、直ちに敵の襲来に備え、敵を迎え撃つ」

「「「「了解!」」」」

「りょ、了解!」


 最後のやりとりについては、今考えないようにしよう。少なくとも今日だけは、作戦通りに動けばいい。

 動揺する心をなんとか落ち着けながら、俺は指定された持ち場の座標へと向かうのだった。


—————————————————————————————————————


 配置を終え、息を殺して茂みに潜むこと数分。呼吸は落ち着き、ほどよい緊張感が五感を研ぎ澄ましている。命を懸けた戦いの前にしながらも、俺の精神は安定していた。

 俺は半円陣形の一番右を担当し、左には日向隊員が、そしてその左に春影副隊長、桐生隊長、園田隊員という並びで守備についている。近接戦闘が得意な副隊長と桐生隊長、そして日向隊員を中央に並べ、遭遇率が比較的に少ない両端の俺や日向隊員は、その戦闘の遠距離支援を第一目的とする構えだ。

 だがはっきり言うと、これは俺にとっての配慮もあるのだろう。銃撃が得意な園田隊員はともかく、俺に関してはまだ実力や戦闘タイプの適正が未知数なうえ、初陣ときている。経験を積ませるためにも、このような采配になるのは当然だろう。

 だから俺が今回行わなければならないのは、この生死を分かつ戦場に慣れること。そして敵を知り、己を知ることにある。一分一秒も無駄には——


「——グルガァァァァ!」

「っっ!」


 その瞬間、辺り一帯の草木が大きく揺れ始めたかと思う暇もなく、周囲から幾つもの獣の咆哮が轟く。

 そしてこの深緑の世界に全く似合わない、あのジェル型と同じ灰色の体色をさらけ出し、三体の餓狼が一斉に中空に姿を現した。


「はあぁ!」


 その暴力と残虐の一団に抵抗の刃と闘志の覇気を突き立てるのは、日向隊員と右手の甲に構えられた仕込み刀。互いの得物が日向隊員の正面でかち合い、三体まとめて薙ぎ払ったその時、俺はやっと命の駆け引きが始まったことを理解した。


「くっそ遅れた!」


 俺は鈍すぎる判断力と理解力に文句を漏らしながらも、俺は右足のふくらはぎに備え付けられた拳銃を構えると、そして緊張と敵が襲来したことによる驚愕で固まりそうになっていた両足を奮起させ、戦闘域へと駆け出す。

 ——しかしその僅かな間に、日向隊員と醜悪な狼達の戦闘は、俺の予想を遥かに上回る苛烈さを見せていた。


「————」


 闘争に駆られるベガード達は、視認できる場所まで近づいてきた俺には目もくれず日向隊員を取り囲み、食らいつこうと飛びかかっては距離を取ると繰り返している。

 その三位一体の連携が取れた一撃離脱の戦法は、敵に致命傷を負わせながらも自身らへのダメージを最大限にまで警戒した、集団における理想の戦術。単体での戦闘力が自分らよりも上だと判断して取られた、最も効率的な狩りといえよう。


「————」


 だが日向隊員は、人知を超えた驚異的な反応を以てして、全方向から来る敵の牙を全て受け流し、その連携に一人で対応している。彼女の立ち回りはトリノイドの補助あってのことではもちろんあるが、そこには決して装備だけでは補えない、彼女の戦闘センスも如実に表れている。彼女だからこそ、一対三という数的不利を埋めることができているのだ。


「ふぅ……ふぅ……」


 俺も早く援護しなければ。日向隊員はあくまで受け流せているだけで、優勢というわけではない。その後の攻撃はまだ一度も繰り出せてはいないところを見るに、敵の突撃をいなすまでが限界だということだ。

 俺が助けなければ。俺も戦わなければ——


「——っ、っ、くそ……どうして……」


 だがこの時、俺の心身は敵と使命を目の前にして乖離してしまった。

 敵の動きが追えていないわけではない。緊張が未だに尾を引いているわけでもない。

 しかし、新しい環境で忘れかけていた過去の恐怖が、今再び俺の思考に手を伸ばしたのだ。


『助けてぇ! 助けてぇぇぇ!』


 脳裏に甦るあの光景。目の前の人を助けなければならない。その思い一心で撃った鉛玉が、守るべき人を貫いたあの瞬間。それが今、戦場の一幕に重なる。


「っ! 危ないっ!」


 その時、刃を振るう彼女の声が俺の耳をかすめる。


「ぇ————」


意識を取り戻し、咄嗟に頭上へと動かした視線。

 ——その先にいた新手の餓狼の牙に、俺は銃口を向けることはできなかった。



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作品を読んで下さり、誠にありがとうございます! 作者のタンボでございます。

今作は毎週金曜日に更新、または私の気分次第で臨時更新致しますので、是非とも気に入って頂けましたら、楽しみにお待ち頂けますと幸いです。

どうぞ、よろしくお願い致します。

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