2-3 把握=concern

「——テストの結果だけど、今の段階では即死が妥当だね。今の結果が戦場ならもう死んでるよ、晴馬隊員」


 空間把握能力に状況判断速度など、ありとあらゆる数値が検出された用紙を手に取り、園田隊員がため息を吐く。そして容赦のない感想と共に向けられた視線は、心配と落胆の両方を兼ね備えた、なんとも言えないものだった。


「す、すいません……」

「はぁ……いい? 『トリノイド』は、あくまで私達の身体能力を強化するものにすぎないんだよ? 手元に収納された短刀も、敵の攻撃を躱すことも、全部自分の脳みそで考えなきゃいけないの。わかる?」

「はい、もちろんわかってます。でも、なかなか感覚が掴めなくて……」


 情けない文句を垂れながら、俺は全身を覆う例の漆黒のスーツを見やり、その今までにない着心地と感覚に驚く。同時にこれを着て戦ってきたという彼らに、純粋な尊敬の念を覚えた。

 ——トリノイド。

 日米の協力によって誕生したエルマファンガー隊員に支給された、対ベガード戦闘用装備。運動力の大幅向上と、脳神経系の速度上昇を可能にし、通常の数倍の神経伝達速度を実現。ベガードの脅威に対抗できる唯一の技術であり、人類の切り札である。

 だが人間の能力を限界以上に引き上げる装備のため、これを装備できる人間はかなり限られている。故にここにいる園田隊員を始め、エルマファンガーの隊員達は、そのごく僅かな可能性に選ばれた人達なのだ。

 俺もその可能性の枠に入った人間……らしいのだが。


「なんか時々、身体が上手く動かない時があるんです。自分が思った通りに動かないというか、スーツが言うことを聞いていないような気がして……」

「それは君の思考が統一されてないから起こるの。敵は待ってはくれないし、どんな攻撃方法で襲ってくるかわからないんだよ? 瞬時に最適な行動を導き出して、脳内の選択肢を一つに絞らないと、トリノイドだってどう手助けしたらいいかわからないでしょ」


 ごもっともな意見だ。要するに、俺の意識がトリノイドの機能を活かし切れていないということ。万能が故に不便に感じているだけだ。俺がこの力に慣れる以外に、方法はない。


「まぁ、といっても今日が初めてだからね。仕方ないよ。でも、ベガードはいつ出現するかわからない。君のためにも、そして世界のためにも、なるべく早くこの感覚に慣れること。いいわね?」

「は、はい!」


 返事を求める叱責に敬礼と覇気のある声を放って応え、三日間をかけて行われてきた、現状把握のための基礎能力検査は、芳しくない結果で終わりを告げるのだった。


「はぁ……つっかれたな」


 俺はようやく吐くことを許された本音を口にしながら、手首に置かれた通信機のボタンを押す。するとトリノイドはみるみるうちに液状化して通信機の中に入っていき、下に着ていた身軽な運動着が姿を現した。

 まるで映画に出てくるような現象だ。これなら着替える必要もないし、有事の際にはすぐさま身に着けることができる。こんな先進技術が存在していたとは、世の中とは恐ろしい。


 ——入隊を決意してからの三日間。俺の心が休まることはなかった。


 まずは今、俺がベンチに座って休んでいるこの一室。ここは戦場シミュレーション室で、立体映像のベガードと模擬戦闘ができる施設となっている。その動きやクオリティは本物とそん色なく、寝起きでここにぶち込まれれば、きっと現実と見紛ってしまうほどだ。

 個室は完全完備。風呂場やトイレもついており、食事も定時になると自動で支給され、メニューを考える必要もない。普通に生活するだけなら、理論上は一生外に出なくても生きていける設備だ。

 それに加えて、人間関係も今のところは良好だ。園田隊員はあの通り明るいし、桐生隊長も見た目ほど怖くはない。春影副隊長も、ユーモアのある先輩のような印象で、とても優しい。

 が、当然まだここにきて三日だ。まだ彼らのことを深く知れているわけではないだろうし、これからどうなるかはわからない。それに、まだ欠片も知れていない人間だっている。


『先に言っておくが、我々の部隊はここにいる連中以外にもう一人いる。やや難儀な性格なため外には出てこないが、いずれ作戦説明などでモニターに映るだろうから、名前だけ教えておく。そいつの名前は——』


 ——弘崎涼路(ひろさきりょうじ)。


 戦闘よりも基地からの情報提供や作戦立案、ベガードの分析を主な仕事とする頭脳派隊員。エルマファンガーの隠れた屋台骨の一本であり、計算や思索の邪魔になるからという理由で、部屋から全く出てこない奇人でもある……らしい。

 現段階、彼に関する情報の全てが隊長からの口伝であるため、らしいとしか言えない。いつか顔だけでも見せてもらいたいものだ。

 そしてもう一人——日向隊員についても、俺はまるで知らない。

 というのも、入隊を決意する前にあったいくつかのやりとり以降、俺は彼女と話すことができていないのだ。基本的に俺と一緒の場所にいないし、もしいたとしても会話が続かない。一言「これ」とか「それ」とか返されればまだいい方だ。

 他の隊員との会話シーンを見るからに、元々あまり話さない人ではあるようなのだが、俺に対してはそれ以上に冷たい態度を取り続けている。作戦で支障が出なければいいが……。


「まぁ相手もプロだし、戦いになれば協力してくれるか」


 ある程度息が落ち着いたのを確認すると同時に、俺は不安に一応のケリをつけ、ベンチから腰を上げる。

 そして部屋に帰ろうとした、その時だった。


「————」


 突如として室内に響き渡る、恐怖感を駆り立てるサイレン。それはコンクリートの壁を反芻し、幾重にも重なって鼓膜を揺さぶってくる。そして、この基地にサイレンが指し示す唯一の事実が、忘れかけていたあの時の恐怖を再臨させた。


「現れたのか……あいつらが……」


 硬直し、停止する五感と思考。

 その中でサイレンの音に隠れながら、通信機の集合アナウンスである振動だけが、俺の身体を動かしていた。


—————————————————————————————————————


作品を読んで下さり、誠にありがとうございます! 作者のタンボでございます。

今作は毎週金曜日に更新、または私の気分次第で臨時更新致しますので、是非とも気に入って頂けましたら、楽しみにお待ち頂けますと幸いです。

どうぞ、よろしくお願い致します。

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