2-2 再試=trying
——全ての始まりは、今でもわかっていない。
だが少なくとも数年前から、この世界では正体不明の生物が確認されるようになった。その生物はどこからともなく現れては、周辺に存在するありとあらゆる生命を食らい、またどこへなりとも消えていく、神出鬼没の生命体だった。
その生態は全くの未知数であり、わかっていることとすれば、彼らは地球上の食物連鎖に属さない、外部の存在であるということ。そして彼らの旺盛な食欲は、我々人類に対しても十分発揮されるということの、たった二つだけ。
つまり彼らは、長い地球の歴史の中でついに現れた最初の天敵であり、我々人類は今、苛烈な生存競争の真っ只中なのである。
国連はこの事態を重く受け止め、彼らを『ベガード』と命名すると同時に、彼らへの対抗手段を模索し始めた。やがて幾つもの秘密会議を経て、各国首脳は日米が主張していた「武力による絶滅」目指す方針に賛成。同じく日米が開発していた先進技術を応用し、ベガードへの対処にあたる秘密部隊を作り上げるのだった。
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「——そしてその部隊の一つが、ベガード殲滅部隊である我々『エルマファンガー』だ」
モニターに映された数々の資料に圧倒される中、俺は隣で淡々と語る隊長の男に、ある種の恐怖を覚えた。
心のどこかで感じ取っていた、彼らへの違和感。奇抜な恰好や風貌という視覚的な情報とは別に、どこか浮世離れした独特の雰囲気。殺伐とした気配。
その正体は、長きに渡って凄惨な光景を目の当たりにしてきたこと。そして何より、その修羅場を潜り抜けてきたことによる、常人を越えた経験からくるものだったのだ。
「以上が、今の君に教えなければならない説明の全てだ。これ以上の質問は受け付けない。そして君には、この隊に入隊する資格がある」
モニターの映像が消え、隊長の男が視線をこちらに向け直す。
「し、資格、ですか?」
「そうだ。これらに関しての詳細は、君が入隊を決意した場合に話す。が、君はこの部隊に入隊する資格があり、ここに残るか否かを決める権利がある。突然のことばかりで申し訳ないが、今すぐこの場で決めて欲しい」
普通の社会では、ここまで早急な判断を求められることは多くない。だが生憎、刑事という少し特殊な仕事に就いていた俺には、彼の言うことが何となく理解できた。
きっとあの化け物——ベガードの詳細は、世間には今後も伏せられたままになるだろう。当然のことだ。あんな得体の知れない生物が存在することを公表すれば、どんな混乱が生まれるのか予想できない。
だからもし、ここで俺がこの場に残る道を選ばなかった場合、俺はこれ以上の情報を得ることなく、平凡極まりない日常に戻される。そしてもう二度と、これらの情報を知る機会はなくなり、この世界の裏を忘れることを求められるはずだ。ベガードのことも、ここにいる彼らのことも。
——そして、犠牲者達のことも。
「…………」
俺は渡された選択肢の重さに圧倒され、しばらく口を噤む。その状況を見慣れているのか、周囲の彼らもまた沈黙を守り、俺に時間を与えてくれた。
考えろ。そして導き出せ。俺はどうすればいいのか。そして俺はどうしたいのか。
これからもきっと、自分の知らない場所で多くの犠牲が出る。だがそれを知っていても、俺だけにはどうすることもできない。ベガードに遭遇する可能性のある人に、忠告することすら許されない。守る権利がないのだ。後悔と懺悔の鎖に囚われた、家の中の俺には。
だが、ここに残れば守ることができる。自らの命を引き換えに、守りたい命を守ることができる。彼らと共に、あの怪物と戦うことができる。
思い出せ。自分がどうして家を出てきたのかを。どうして幼い頃、今の仕事になりたいと願ったのかを。
「……やります」
決意と覚悟を思い出したその時、俺は躊躇なくそう告げ、正面から押し寄せる男の威圧に真剣なまなざしを向ける。
対極の位置から放たれた覇気同士がぶつかり合い、微かな精神への衝撃となったのか、彼の岩石のような表情が、僅かに崩れた気がした。
「我々の目的はベガードの殲滅と人命救助、そして奴らの絶滅にある。故にこの隊では個人の尊重はない。一度戦場に立てば、作戦のためにその命を捧げてもらうこともあるだろう。現に今まで、それで死んでいった隊員も少なくない」
「大丈夫です。覚悟は……できてます」
確かに胸にある思いを言葉にし、俺は自らの意志と処遇を決定する。とりあえず今、絶対に後悔しない道を歩むために。
「…………よし、その言葉と自己犠牲の決意、確かに受け取った」
すると次の瞬間、隊長の屈強な体躯から放たれていた威圧感が、まるで嘘だったかのように跡形もなく消え去り、代わりに最上級の親しみを込めたであろう笑顔を向け、俺との距離を一歩近づけた。
「私が、このエルマファンガー日本部隊の隊長を務めている、桐生景勝(きりゅうかげかつ)だ。覚えるのは名前だけでいい」
その簡素な自己紹介と共に、ゆっくりと差し出された右手。凹凸の激しいその掌が醸し出す、おおらかで寛大な雰囲気に呑まれた俺は、自然とこちらの右手を伸ばし、指を絡める。
その自分でも予想外の行動に理解が追いつかぬ中、入隊の証たる握手を皮切りに、周囲を取り囲んでいた隊員達が、一斉に守り続けていた沈黙を破った。
「よろしくねー新人君。私は園田楓花(そのだふうか)っていうから、ちゃんと覚えること。いいね?」
「俺は春影俊哉だ。ここでは副隊長をやってる。よろしくな」
「は、はい! よろしくお願いします!」
迅速かつ個性の表れた二人からの名乗りに、俺は辛うじて再始動した思考を回し、挨拶を返す。かなり想定していた雰囲気と違う歓迎ムードは、これから始まる人生の再興の駆け出しには、十分過ぎるものだった。
ここでなら、やれるかもしれない。ここでなら俺は、あの過去を捨て去ることができるかもしれない。そして今度こそ、守りたいものを守れるかもしれない。
「────」
だがその時、横目に映った一人の少女の眼光に、俺は一瞬、意識を奪われることとなる。
彼女の、何かを見透かしたような嘲笑の眼差しに。
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作品を読んで下さり、誠にありがとうございます! 作者のタンボでございます。
今作は毎週金曜日に更新、または私の気分次第で臨時更新致しますので、是非とも気に入って頂けましたら、楽しみにお待ち頂けますと幸いです。
どうぞ、よろしくお願い致します。
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