2-1 誤解=groupe

「——て下さいって! 俺には向かわなきゃいけないところが…………え?」


 今日という時間の中で、俺はあと何回驚かなければならないのだろうか。すでに脳のキャパシティは超過状態、本物のコンピューターならばクラッシュは必至だ。人間の「意志」という計算不可能な要素が肉体に搭載されていなければ、俺は今頃廃人となっていただろう。

 俺が連行された場所は、どうにも明かりが行き届いていない、薄暗い施設の一室。足元には幼い頃に読んだ漫画に出てきていたかもしれない、機械的な見た目の土台が置かれており、俺は二人と共にその上に立っていた。


「春影俊哉(はるかげとしや)、並びに日向咲(ひなたさき)、帰還した」


 背後の男がそう告げる。するとその声を合図として、俺から見て右奥にあるドアから、十数人で構成された白衣軍団が、雪崩を打って乗り込んできた。綺麗な列を作って規則正しく歩いてくるその光景は、さながら軍隊のようだ。


「お疲れ様です。春影隊員、日向隊員。今回の生存者は、彼一人ですか?」


 その隊列の最前線に立つ女性が、二人にねぎらいと安堵の視線を向け、帰還を喜ぶ。やや困り顔を見せたまま笑っているところを見るに、この表情が彼女のデフォルトなのだろう。小柄が故に裾の余った白衣が、その可愛らしさをより強調している。


「えぇ、今のところは。隊長達が新たに連れてくるかもしれないから、まだ待ってて」

「了解しました。では先に彼を連れて行きますね」

「は? つ、連れて行く?」


 思わず漏れた言葉に返答はなく、彼女は配下の兵士達に目配せをする。すると隊列の一番右にいた連中がこちらに近づき、俺の全身を押さえつけながら、両手両足をガムテープで拘束し始めた。


「ちょ、ちょっ! 何するんだ! 離s——」

「——大丈夫ですよ。あなたは悪い夢を見ていただけですから。少し休めば、すぐに良くなります」


 口も塞がれ、なすすべなく自由を奪われていく俺に対し、彼女は慈愛に満ちた優しい声音で語りかけてくる。しかし残念なことに、その子供をなだめるかのような柔らかい言葉遣いは、パニック状態の俺には逆効果だ。純粋に怖過ぎる。


「んんんんんんっっっ————! んんっ、んんんっ!」

「そんなに暴れたら、安らぎの場所まで案内できませんよ? ほら、落ち着いて」


 落ち着けるわけがない。暴れないわけがない。一切のコミュニケーションなしに「安らぎの場所」とか言われても、その言葉の一割も信用できない。意思決定権を完全に無視した強制連行など、何があってもごめんだ。

 だが着々と自由は奪われ、身体の可動域はどんどん狭まっていく。このままでは、俺は何もできずに——


「待て、美代。その人は、今日招集するはずだった新人さんだ。開放してあげな」


 ——しかし、ここでまさかの助け舟がやってくる。


「あ、お兄ちゃん」


 隊列から独立し、一個体として部屋に入ってきた、新たな白衣の男。細い腕に細い足に小さい肩幅と、全体的にコンパクトなまとまりを見せる、完璧な単身痩躯。さらに顔にかけた丸眼鏡と、頭頂から伸びるアホ毛の主張が融合した彼の風貌は、まさに科学者と呼ぶにふさわしい。


「あなた、晴馬鋼侍さんですよね?」

「え、は、はい……そうですが、どうして?」

「ええっ⁉ この人が、今日招集予定の晴馬さんだったんですか⁉ す、すいませんでした!」

「あぁいや、そこまで激しく謝られても俺事情わからないですし……って今、招集予定って言いました⁉」


 まさかの展開に思わず声が大きくなる。今の言葉からすれば、俺が向かう予定だったところは、この不穏な空気を溜め込んだ施設ということだ。となれば


「あの……ここがまさか『警視庁秘密特務課』なんですか?」

「? なんですかそれ?」


 ダメだ。もう本当にダメだ。何かわかるどころか不明な点が増えた。じゃあ益々ここはどこなんだ? この人達は何者なんだ? あと事故したまま置いてきた俺の車はどうなるんだ?


「何よ、こいつ新人なの? ならさっさと連れて行きなさいよ」


 その時、ずっと黙っていた女が、苛立ちながら口を開いた。確かもう一人の男が言っていた名前は……日向、だっただろうか。


「違うぞ咲。こいつは俺達の方の新人だ」

「え?」

「そうですよ日向隊員。通達していませんでしたっけ? 作戦パターンの多様化と戦力増強のため、人員追加を行うと」

「……いつ話されましたか?」

「——二日前だ。忘れたか日向」


 当事者を置いてきぼりの会話が続く中、野太い声と共に数人の新たな人影が現れる。


「その生存者、もしや新隊員の男だったのか?」


 一人はこの強面の男。俺の隣にいる奴ほどではないが、彼も高身長に筋肉質と屈強な肉体をスーツの下から覗かせている。醸し出される泰然自若の雰囲気は、まさに歴戦の猛者といったところで、威厳なら誰よりも強く感じ取れる。


「何それすごーい! 奇跡じゃないこんな偶然!」


 その背後で美麗な顔立ちを惜しげもなく晒すのは、俺の数個上の年齢と見受けられる女。彼女の軽妙で明るい口調からは、彼女の本質であろう陽の印象が宿っており、ここ最近の俺とは正反対の人種であることがすぐにわかった。

 さっき通信していたのは彼らだろうか。となるとあの会話からして、私服でいる他の二人は、キャンプ地にいたという生存者なのだろう。


「桐生隊長、園田隊員、お疲れ様でした。こちらの二人の身柄は私達が預かります」

「あぁ、頼む。それでもう一度聞くが、彼は話に合った新人隊員なのだな?」

「はい、間違いありません」

「よし、では我々はそれぞれの待機室に帰還。その後出撃室に集合し、彼の紹介と説明を行う」

「「「了解」」」


 白衣の二人とやりとりを交わし、隊長と呼ばれた男は命令を下す。それに三つの返事が重なると、俺は拘束を解かれて間もなく、彼らに囲まれる。


「あ、あの、いい加減に説明を——」

「——ついてくれば説明する。君には先に出撃室にいてもらおう」


 そして俺の意見など意に介さぬ様子で歩き出し、俺はまた彼らに連行されることとなった。

 正直、まだ何もわかっていない。この場所も彼らもあの化け物も、意味不明過ぎて現実じゃないみたいだ。

 不安と疑問、そして少量の恐怖を抱きながら、俺は彼らと共に施設を歩んでいく。どうかこの先に、答えがあることを信じて。


「あと日向、俺の話は覚えておけ」

「……すいません」


 …………よかった。幸い、彼らに人間らしいやりとりはできるようだ。


—————————————————————————————————————


作品を読んで下さり、誠にありがとうございます! 作者のタンボでございます。

今作は毎週金曜日に更新、または私の気分次第で臨時更新致しますので、是非とも気に入って頂けましたら、楽しみにお待ち頂けますと幸いです。

どうぞ、よろしくお願い致します。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る