1-3 経験=warning

 数秒の間、俺は絶句したまま立ち尽くしていた……と思う。

 こういう表現になってしまうのは、俺が自分の現状すら記憶に残せないほど、意識を正面の戦士に奪われていたからに他ならない。人は常識の範疇を逸脱した存在を前にすると、このように何もできず硬直するようだ。人生で一度体験できればいい方の、貴重な経験である。


「…………」


 神々しい輝きを放ち続ける、閃光の戦士。彼はあの醜い怪物を切り裂いた瞬間から微動だにせず、やや俯きながら沈黙を維持している。その圧倒的な威圧感と醸し出す闘気の波動からして、奇襲による勝利の快感に溺れているとは考えにくい。

 むしろ受け取れる印象はその真逆。この空間に蔓延する静寂から微かな音を聞き分け、何かを探ろうとしているように思える。それはまるで、こちらの命を狙う大敵の存在を探る動物のような——


「——キュアァァァァァ!」

「っっ!」


 瞬間、俺と彼を中心とした全方位から、一斉に無数の金切り声が轟く。それと同時に辺り一帯の茂みが振動を始め、やがてその中から例の怪物が姿を現し、先程と同様にこちらへ飛びかかってきた。


「ガァァァ!」


 敵の出現に対し、閃光の戦士は閉じていた口を開けて短く咆哮。間髪入れず両手の鉤爪を構えて跳躍すると、まずは俺の背後から迫っていた一体を無残に葬った。


 ——戦闘が、始まった。


 敵は斬撃によって消し炭にされる前に分裂し、自らの捕食の意志を残そうとする。だが彼が持つ生物の理を超越した身体能力と、一薙ぎ毎に空間を唸らせる斬撃は、そんな怪物達の執念をも切り裂く。

 中には質量の増大によって戦士を飲み込もうとする個体もいたが、巨大になればなるほど彼にとっての攻撃範囲は広がるばかり。むしろ攻撃を当てやすい的として、より一層の斬撃を打ち込まれ、その個体は消滅した。

 まさに縦横無尽、そして完全無欠。一切の無駄のない動きから繰り出される舞の如き流動の撃は、戦いにおける主導権を常に握り続け、数の暴力をもろともせず薙ぎ払っていく。その間、彼の顔面は無表情を全く崩さなかったが、故に俺は彼が手を抜いているように見え、その圧倒的な強さに驚嘆、またも絶句する。


「ぁ……っ……」


 目の前で繰り広げられる命のやりとりを見ながら、俺はあることに気がついた。

 それはあの閃光の戦士が、俺に襲いかかろうとする個体を優先して討ち果たしているということ。彼が戦う動機は自らの闘争本能ではなく、俺という一つの生命を守ろうとする高尚なる理性だということだ。

 この事実から導き出される真実。それは——


『——彼には、知性がある?』


 自分の中で生まれた解答に困惑しながらも、俺はこれが彼の行動に対する正解であることは、ほぼ確信していた。そうだ、間違いない。彼は今、俺を守ってくれている。俺を彼らの欲求の肥やしにさせないため、俺の代わりに命を張ってくれているのだ。

 彼は、そしてこの怪物達は、何者なのだろうか。彼らはどうして戦うのだろうか。俺の知らないところで、一体何が起きているのだろうか。


「——ガァ…………」


 当然の疑問に思考がぶち当たった直後、最後の敵が仕留められ、戦いは彼の圧勝に終わった。

 すると、先刻までの烈火の如き戦闘の空気から一変、まるで戦いの決着を待ち望んでいたかのように、森林の静寂が空間に流れ込んできた。やはり大自然の根本は、安らぎと微かな温もりを与える「静」の要素らしい。

 再び彼と視線がぶつかる。闘争を乗り越えたことによる安堵感なのか、その双眸はいささか覇気が弱まったように見受けられ、俺は今一度、彼が敵ではないことを認識した。

 今しかない。この理解し難い未知の現象に思考のメスを入れるのは、今だけしか。


「……ぁ……ありが、と——」


 ——しかし、俺の言葉は彼の放つ光明に遮られ、反射的に目を瞑る。


「んぅ……あ、あれ?」


 そして次に視界を開いた時には、あの戦士の姿はどこにもなかった。

 脳の回転が停止し、理性的な行動の全てがダウン。極度の緊張と死の恐怖から解放された肉体は、力を失ってその場に崩れる。脇から腕にかけて伝う汗と全身の鳥肌が、唯一これが夢ではないことを物語っていた。


「————」


 だが、未知はさらに連続する。

 ——俺の視覚を刺激する新たな現実。それは円柱を描くようにして出現した深緑の輝きと、その円環の中から姿を現した、見たこともない漆黒のスーツに身を包む二人の人間だった。


「転送終了、現地に到着しました。確認できる生存者は男性一名、キャンプ地から逃げたという女性ではありません」

「周囲からのベガード反応、検知できません。こちらにはいないようです」


 インナーのような肉体の輪郭が見えるスーツが故に、その屈強な身体を見せる大柄な男と、小柄ながらも理想的な体型に落ち着いている、若い女の二人組。彼らは手元にある通信機器のようなものを口元へ近づけ、周囲に目を配りながら独り言を漏らしている。


『了解だ。では二人は生存者を確保後、速やかに帰還。こちらも他の生存者の有無が確認でき次第、すぐに帰還する』

「「了解」」


 何やら命令を受けた二人は通信を切り、四つん這いのまま顔だけを上げて固まる俺に目線を向ける。男の方は俺をやや小馬鹿にしたような目。女の方は睨んでいるような鋭い目。どちらも生存者である俺を慰めようとはしていないらしい。

 というより、彼らは何者なんだ? あの怪物や閃光の戦士と、何か関係があるのか? 生存者って言葉を使うってことは、この事態を組織的に対処している連中がいるのか? だがこんな未知の事態、メディアからは聞いたことも見たことも——


「——あなた、何を見たの?」


 女が話しかけてくる。


「え、ええっと……女性が、へ、変なアメーバみたいなやつに、喰われて……そ、そして——」

「——なるほどな。キャンプ地の生存者が言っていた人は、もういないか」

「わかったわ。ありがとう、辛かったわね。では私達と一緒に行きましょう」

「あ、あの、まだ話が、って、な、何するんですか? ちょっと離して下さいよ! ねぇ!」


 俺の供述を何度も遮りながら、俺は女の気持ちのこもらない台詞と共に両腕を固められ、片方の男が手首の装置を起動させる。


「え、えっ⁉ ちょ、ちょっと待っ——」


 ——そして次の瞬間、俺はあの深緑の円環に包まれ、共にこの場から消え失せるのだった。


—————————————————————————————————————


作品を読んで下さり、誠にありがとうございます! 作者のタンボでございます。

今作は毎週金曜日に更新、または私の気分次第で臨時更新致しますので、是非とも気に入って頂けましたら、楽しみにお待ち頂けますと幸いです。

どうぞ、よろしくお願い致します。

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