第56話 オン・ステージ

「なあ、お前よ。」


「なんだ?」


「見る限り果てというものがないのだが、当てはあるのであろうな?」


「ん?いや、そんなものはないぞ?」


「…そうか。」


 その問答は、ロゼローリエの不安を煽るには十分な破壊力を持っていた。生物的な視力の限界にはこの階層の終わりがなく、視界が円形に広がっていくことを考えれば、捜索すべきエリアは半径の二乗に比例して拡大していくことを考えても明らかなように、まさしく途方もない作業だからである。


「まあ、お前についていくのが私の命であるからの。」


******


 当初無限に続くだろうと思われた、下階層への通路を探すという労働は、彼、英雄の見通しの甘さによって中断されることとなった。この階層に存在するモンスターは死体や非実体のものがほとんどで、食料になるものがない。同時に、水源もいまだに見つかっておらず、節約するにしても限度というものがあるため、彼は早々に食料、水分問題に鉢合わせることになってしまった。


「そうか…。」


「お前よ。私たちと違ってお前には食べ物と飲み物が必要なのであろう?一度上に取りに帰ったほうが良いのではないか?」


「うーん。だがな…。」


「そう言わずに。な?」


 ロゼローリエは、他のモンスターと違って積極的に自分の希望というものを言う。しかし自分に主導権がないことは彼女の中では前提となっているらしく、一度彼が決定したことに対して口を挟むことはない。彼女がものを言うのは、彼が迷っている事柄に対してのみである。


「そうだな。じゃあ、いっそのことダンジョン外に一度出てみるか。」


 思えば、当初ダンジョンの外に出たくなかったのは、あくまで自由を失うことへの恐怖からであった。それがいつしかダンジョンの中での生活に固執するようになり、そうして最後に、ダンジョン外というものは選択肢から外れた。ダンジョン内での生活は、はじめの一、二か月、階層で言えば一、二階層のあたりにいるころは緊張もあったが、徐々にそれはほぐれていき、最終的には日常になった。それももう半年ほどになろうか。詳しい時間は判らずとも、体感的には一年の折り返しとなったこの時期に、彼はその歩みをいったん止める決断をした。


******


「さて、どっちだったかな…。」


「お前…?」


「いやいや、さすがに冗談だよ。これだけ直線的に進んできたんだから、逆に迎えばいいだけのはず、だろ?」


「……まあ、どちらにせよ信じるしかないから構わんが我らを束ねておるのだからしっかりとしておくれよ?」


「ああ、任せな。」


 そうして彼らは、ダンジョン入口へと向かった。時に迷い、時に敵を屠り、時には食料を確保して、来た道を帰る。一度通った道、領域だけに、彼にとっての発見は少ないが、傍に居るロゼローリエにとってはこれらは尽く未知であり、興味の対象であったらしい。きょろきょろとあたりを見回すその姿を見ることは、ワクワクもなければドキドキもないが、微笑ましいものではあった。未知への興味は彼の根源でもあるため、それに対する一定の理解を示すのも当然のことなのかもしれない。


 第二階層、逆さまの密林地帯を超え、第一階層、迷宮地帯へとたどり着く。一面木だけの第二階層と比べ、第一階層は迷宮地帯。視界に頼れば迷うことも多いだろうが、来た道さえ覚えておけば迷うことはないだろう。一度迷えば相当に苦労するだろうということは確実なために慎重にこそなったが、迷うことなくダンジョンの入り口にたどり着く。

 そこは、ただの通路のような場所だったはずだが、明かりのようなものが取り付けられ、仮の拠点のようなものも立てられていた。総じていえば、ほんの少しだけ過ごしやすい環境が出来上がっていた。


「このままいくと角が立つかな…?セム。一応あのあたりに誘いの吐息を頼む。」


 ダンジョンの誕生からおおよそ二年。人間という生物の中で、現在のところ唯一、ダンジョンという環境に適応した存在は、こうして再び日の光を浴びることとなった。







―――――あとがき

 こんにちは。今回で、ダンジョン内生活はいったん一区切りです。それに伴い、以前の設定の見直しや誤字、ミスの確認、今後のことなどを考える期間を取ろうと思います。この先一、二週間、もしかすると一か月ほどかかるかもしれませんが、より良い作品にするための期間ですので、お待ちいただけると幸いです。

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