最終回 冬桜

「おかえりー」


 稲荷が帰っていくのを確認してから僕は階段を降りた。ちょうどアキ姉が帰ってきて鉢合わせる。


「ただいまー、疲れたよー」


 あの後、生徒総会の内容をまとめて提出しなければいけなかったらしくお疲れのようだ。


 アキ姉はリビングのソファにダイブすると足をじたばたとさせたあと、死人のように腕や足に力を入れずに寝ている。


 今日はアキ姉に代わって僕が晩ご飯を作ろうかと考えていると、


「今日は出前でも頼もっか」


 流石のアキ姉も今日は疲れすぎたようでスマホで何を頼もうか物色している。


 僕としても疲れないしアキ姉がいいなら構わないのだけれど。


「あ、日向ー。蕎麦でもいい?」


「うん、全然いいけど」


 その日は蕎麦を食べて二人とも早く就寝することにした。疲れが溜まっていたし、何より僕は明日のことが気になって何をしようにも手がつかなかったからだ。


 それには何を隠そう、一時間ほど布団中で眠れなかった。別に楽しみで、という訳でもなく緊張して眠れなかったの方が近い。


 しかし疲れは最高の睡眠薬と言うように、僕はそこまで遅い時間になる前に眠りに落ちることができた。






 ◇ ◇ ◇






 目覚ましの音で目を覚ます。時計を確認するとまだ八時だった。


 まだ眠いが、冬美との約束を忘れたわけではないので眠い目を擦りながら階段を降りる。


 洗面所で顔を洗ってリビングに入ると、既にアキ姉は起きていてコーヒーを飲んでテレビを眺めていた。


 相も変わらず早起きで真面目だなあ、と思いつつ僕もマグカップに入ったコーヒーに口をつける。


「アキ姉ー、女子と出かける時ってどんな服がいいの?」


 昨日、聞き忘れていたことをアキ姉に聞く。アキ姉はものすごい速度で僕の方を向くと、


「デート行くの!?」


「まあ、半ば強制だけど」


 アキ姉は楽しそうにニヤけると、


「ご飯食べたらシャワー浴びてて」


 と、だけ言い残して二階に上がって行った。


 急になんなんだろうと思ったが言われた通り、皿を流しに置いて風呂場に向かう。


 シャワーを浴びて髪を乾かしていると洗面所にアキ姉が入ってきた。


 息を切らしながら何着かの服を持ってきた。


「とりあえずこれ着てみて!」


 髪を乾かし終わると同時にひっぺがされる形で服を脱がされた。


 仕方なくアキ姉が用意した服に袖を通す。アキ姉が用意したとは言っても僕のクローゼットから引っ張り出したものなのだが。


 僕は服のセンスどころか興味すらない。流行など知る訳もなく、服は全部アキ姉に任せている。


 そもそも僕はあまり私服で外に出ないため、服はそんなに必要ないと思うのだけれどアキ姉は高校生なんだからと言って買ってくる。


 着せ替え人形のように色々な服を着せられ、はや二十分。ようやくアキ姉も納得がいったようで解放された。


 結果、黒のスキニーパンツに白の長袖シャツ、上着に濃い緑のジャケットを羽織って行け。との事だった。


 髪もアキ姉によっていじくられ、普段の僕なら絶対にしないような前髪を流すような髪型にされた。


 鏡に映る自分が別人のように見える。心なしか少しかっこよくも見えるが、自分ということに気づいて鏡から目を逸らした。


「なかなかいいんじゃないの?」


 アキ姉も自身の作らしい。まあ、僕なのだけれど。


 時計を見ると九時五十分になっている。約束は十時だが男として先に待っているのが礼儀だろう。


 それを言うのなら集合場所が僕の家の前なのが既におかしいのだけれど。


 アキ姉に背中を押され、僕は玄関を出る。軍資金もそこそこ持った。ひとまずこれで何とかなるだろう。


 玄関を出るとーー


「待っていたわ」


 先に冬美が立っていた。なんだろう、男としても負けた気がする。


 しかしまあ、冬美の私服姿は初めて見るわけで。彼女は白のロングスカートにベージュのシャツを着ている。


 細身な冬美にとても似合っている。それに加えて白のストラップサンダルがチラリと見える足首を強調している。


 と、まあアキ姉の予想が的中した。ここまで忠実に当てられるとアキ姉が怖くなってくる。


「じゃあ行きましょうか」


 結局行く場所も伝えられず、僕は彼女について行く。そういえばこの他にも冬美はあと二回、僕に何かを強制することが出来る。


 聞こえは悪いが僕が提案したことなので文句は言わない。


「あ、そうだ。電車に乗るけれどカードは持っているかしら?」


「僕はスマホに入れてるから大丈夫」


 学校とは逆の方向に歩いているとは思っていたが駅に向かっているとは。まあ、デートと言うくらいだしそれくらい普通か。


 こうなると大体の目星はついてくる。大方一駅二駅先のショッピングモールとか遊園地と言った場所だろう。


 駅について改札を通る。僕の勘は当たらなかったようでショッピングモールなどがある方向と逆に向かう電車に乗るようだ。


「ほんとにどこに向かうんだ……」


「まあ、結構近いから我慢してちょうだい」


 電車が来たので乗り込む。昼前の下り線とはいえ席は空きがあったので僕と冬美は並んで座る。


 こうなると彼氏彼女みたいだが、状況だけ見ると誘拐されたも同然の男子高校生とその犯人なんだよな。


 特に会話もなく揺られること十数分。冬美が立ち上がったので僕もあとについて電車を降りる。


 着いたのは僕らの地域でも、何も無いことで有名な都市だった。名前は聞いたことあるけど遊べるような場所は知らない。


 その程度の認識の場所に何があるというのか。


 冬美は改札を出ると慣れた様子で歩き始める。置いていかれないように僕もあとを追いかける。


 周りの景色を楽しみながら歩いていると冬美は足を止めた。


「ここよ」


 冬美が指さした場所は大きな神社だった。そこら辺にあるような無人のではなく、きちんと整備されて年明けには人で溢れかえるような神社だ。


 入口には櫻木神社と書いてある。


 中に入ると時期の関係もあり誰もいない。あちこちに木が植えられている。


 おそらく全部桜の木なのだろう。しかし今は五月、桜の花が咲いている訳もなく青々とした葉をつけた枝が腕を広げている。


「私、桜は花が散ったあとも綺麗だと思うの」


 急にそう言い出す冬美。


「だって他の木にはない蜜腺や托葉たくようがあるもの。それって気づく人にしか分からないわけでしょう?」


 それがいいのよ、と冬美。この二つは確か生物の授業で習った気がする。蜜腺はいいとして托葉は確か葉と枝の間から小さい葉のようなものが生えているものだったはず。


 立派に育った葉の根元には可愛らしい部分がある。確かに言われてみると人間味があって好感が持てる。


 桜は花だけかと思ってたが年中綺麗なんだな。


「そしてここは縁結びの神社でもあるの」


 ん、それをなぜ今言った?


「私の好きな場所であなたにこの言葉が言いたかったの」


 冬美は目を閉じて息を吸った。そして僕の目を真っ直ぐ見つめると、


「夏川日向君。私とお付き合いをしては頂けませんか?」


 春、暖かな風に吹かれながら僕は初めての告白を受けた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

神を拾ったらツンデレ少女に魅入られました。 月猫 @Tukineko_satuki

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ