30話 冬雪

 教室の扉を開けると待っていたかのようにカズが飛んできた。文字通り跳躍してきた。


 僕に抱きつくように胴を掴むと勢いそのまま倒れ込む。カズによって拘束されていたため受け身が取れずに男子高校生二人分の重さで倒れる。


 まあ、痛い。背中の全面が悲鳴をあげている。


「良かったぞ日向ぁぁ! よく無事に戻ってきたよぉ!」


 もはや誰かも分からないくらいのキャラ変で僕は引いた。体に巻き付く腕を外し、距離をとる。


 その様子を見てクラス中は笑いに包まれる。


 良かった、いつもの日常に戻ってこれたようだ。あんな事があった後てま普通に察してくれるかどうか心配になっていた。


 それもこの金髪馬鹿の考えのなさのおかげかもな。


「とりあえずみんなありがとう」


 そう言うと首元をコンパスが掠めていった。


「チッ、外したか」


 クラスのどこからかそんな声が聞こえた。


 まてまて、ここはおめでとうって言う場面ではないのか? なんで僕はこんなにも命を狙われないといけないんだ?


 今度は定規が飛んできたり、僕が文房具攻撃を受けるたびに笑いが起きる。


 いつから僕は体を張る芸人になったのか、と思ってしまうくらいには飛んでくる。


「お前らー、やめろー。いくら日向でも鋏は避けられないだろー」


 海人が教卓に突っ伏すようにこちらを見ている。それといるなら助長しないで助けて欲しい。


 僕の後ろにあったコルクボードが文房具で染められる頃、ようやく僕への攻撃が止んだ。


「リア充爆発しろ」


 誰かが小声でそう言う。


 だからリア充でもなんでもないっての。このクラスにいる限り、勉強よりも反射神経と動体視力の方が身についている気がする。


 冬美を見るとこちらに向けて軽く微笑んでいた。この状況を楽しんでいたらしい。彼女らしいが危機的状況で笑わないで欲しい。


 席に着くと桜木さんが、


「だ、大丈夫?」


 と、戸惑いながら心配してくれた。やはり桜木さんだけがこのクラスでの僕のオアシスだ。


 他の暴徒と違って疲れた僕を癒してくれる。やはり彼女は天使か何かなのではないのか。


 そんなことを思っていると放課後になっていた。海人や他のクラスメイトはいつもと変わらず、教室を出ていく。


 僕も帰ろうと荷物を持って教室を出ようとする。


「日向君、お忘れかしら?」


 忘れてなんかいない。どうせこっちから行かなくとも来るだろうと思っていただけだ。


 もはや生徒総会を見ているのだから僕と冬美が一緒にいて不思議に思う生徒はいないだろう。と、思いながら並んで歩く。


「忘れてなんかないって」


 本当かしら、とでも言いたげにこちらを見る冬美。心なしか表情が柔らかい気がする。


 やはり文学部創設が決まったのが嬉しいのだろうか。


 冬美と並んで校門を出る。


「私に労いの言葉はないのかしら」


「労いも何も感謝してもしきれないくらいだって。本当に何でも言う事を聞くくらいには感謝してる」


 いまいち薄い気がするが、感謝はしている。冬美が発言しなかったらあのまま生徒総会がどうなっていたか分からないし、僕の評判も地に落ちていただろう。


 僕の人生を救ってくた恩人と言っても差支えのないレベルだ。そんな恩人からならなんでも聞いてもいいと思っている。


「そう、なら三つ言うことを聞いてくれないかしら」


「え、」


 いきなり過ぎないだろうか。言って数秒で返ってくるとは思ってもみなかった。


 まあ三つくらいなら、と言うと冬美は足取りを軽くして少し前を歩く。そして振り向くと、


「なら、一つ目よ。明日一緒に出かけましょう」


 明日は確か土曜日だったはず。別に何も用はないのだけれど、これはいわゆるデートと言うやつなのだろうか。


「分かった、でも何をしにどこへ行くんだ?」


「みなまで言ったらつまらないじゃない。明日の朝十時、家の前まで迎えに行ってあげるから」


 いつの間にか僕の家の前まで来ていた。冬美はそれだけを告げると、じゃあ明日と言って歩いていってしまった。


 僕は放心状態で後ろ姿を見る。僕は今、学校一と言われる美少女からデートの誘いを受けたのか?


 その事実が受け入れがたく、夢なんじゃないかとおもってしまう。


 とりあえず家の中に入る。アキ姉は生徒会の仕事が残っているため家には誰にもいない。


「え、まじで」


 思わず声に出してしまった。しかし本当に夢ではないようだ。僕はそれが分かると階段を駆け上がり、部屋のベットにダイブする。


 枕に顔を埋めて今の感情を吐き出す。


 数分経ち、落ち着いた僕は仰向けに寝返りをうつ。白い天井をボーッと眺めていると昼のことを思い出す。


 そういえば稲荷にも感謝しなくちゃな。稲荷がいなければ二人目の生徒の時点で僕は諦めていたかもしれない。


「呼んだかのう?」


 稲荷が天井からぬるりと顔を出した。


 僕は驚いて体が反射的に跳ねる。それを見て稲荷は笑った。


 いや、誰でも今のは驚くと思うぞ。天井を見ていたらいきなり顔が壁を貫通して出てくるのだから。


「それにしても羨ましいのう。色恋なぞ神には縁のない事じゃからのう」


「でも縁結びの神とかはいるんだろ? それでも縁のない話なのか?」


 僕は疑問に思ったので聞いてみる。国生みだって確か男女の神が出てくるくらいだし、神の世界にだって恋くらいあってもいいものではないのか。


「縁結びとか人間は言うけどな。あやつらは半ば遊びのようなものじゃぞ? その時の気分によって力を使うか決めたりするくらいじゃから」


 それでも縁結びの神社が消えないのはそれだけ信仰があるってことなのか。誰かさんと違って。


「おい、おぬしよ。今よからぬことを考えただろう」


 チッ、読んでやがったか。


「やっぱり読み間違いじゃないのだな!」


 まあ、それは置いておいて。


「そういえば稲荷はここ一週間どこに言ってたんだ?」


 倉庫に鍵がかけられてからというもの、数日間稲荷を見なくなった。その間にどこにいたのか気になっていた。


「ああ、閉じ込められたから別の祠から出てきただけじゃよ。しかしまあ、この地域は稲荷信仰が全然なくて戻ってくるのに数日かかってしまったわい」


 そんなに遠くにしか祠がないのか。


「いや、ただ単に場所が分からなくて迷っておった」


 まさか自宅でズッコケることになろうとは。


 まあ、結果帰ってこれたのならそれでいいか。今回の件でお世話になったし今度リンゴの一つでも持っていこう。


「もうそろそろアキ姉が帰ってくるから学校に戻ってくれ」


 意外と長々話し込んでしまった。流石にアキ姉に一人で話しているやばい弟だと思われたくはない。


「分かったわい。月曜にリンゴ二つ、待っておるぞ」


 ちゃっかり増えている。別にいいのだが。


 稲荷が天井に吸い込まれていくのとアキ姉が帰ってくるのはほぼ同時だった。

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