29話 秋寒

 冬美は息を吸い込み、一拍おくと口を開いた。


「まずは後藤先生、いい大人が生徒をいいように使って一人を虐めるのはどうかと思うわ」


 静寂に包まれた講堂の中、後藤は何も言い返せずに口をパクパクとさせている。冬美本人にそう言われては言葉も出ないだろう。


 しかし凄い力だと思う。たった一人、冬美が前に立っただけで誰もが黙り耳を傾けるのだから。


「次に日向君、今日のことで嘘を言っていたわね。私は嘘が嫌いなのよ」


「ご、ごめん……」


 確かに嘘をついた。しかしこんなに必死な戦いになるとは思ってなかったからで、分かっていたら話していたかもしれない。


 これで僕も嫌われて終わり。そうなるだろうと思っていると、


「でもね、私は人を騙すための嘘は大嫌いなのだけれど人の為につく嘘は結構好きなのよ。ありがとう」


 てっきり僕は毒を吐かれて終わると思っていた。しかし冬美は僕にありがとうと言った。


 これには僕もカズたちも、講堂全体が凍った。正しくは固まった。


 常に誰に対しても口を開けば突き放すようなことしか言わなかった氷の女王が全校生徒の前で感謝をした。


 その行動がどれほどの意味をするか。少なくとも後藤が言っていたことは吹き飛ばせるくらいの信用を得ることが出来る。


 ペンギンが空を飛んだレベルで驚き、凍っている僕達。


「あの、そんな反応されると恥ずかしいのだけれど」


 口を開く度に今までのイメージを払拭する冬美。一体どこまで株を上げれば気が済むのだろうか。


 「とりあえず後藤先生。いい加減なことを言って邪魔するのはやめてちょうだい」


 僕が今までずっと言いたかったが言えなかったことを冬美はあっさりと言ってしまった。やはり彼女は凄い。


 後藤は言い返しもせず気が抜けたように壁にもたれ掛かる。どうやら勝負がついたことを感じ取ったらしい。


 虚ろな目で空を見つめている可哀想な姿になってしまった。あれだけ虚言を吐き、生徒を焚き付けて巻き返されたのだ。


 今後は他の教師とも距離を置かれて生活するようになるかもな。


 僕としてはスッキリしたが本来の目的を忘れてはいけない。


「えっと、こんな事になってしまいましたが皆さん。文学部を承認してくれるようお願いします」


 僕が喋ると氷が解けたように、生徒たちで会話が起こる。


 カズも内心はやばいと思っていたようで僕の肩に体重を乗せた手を置くと親指を立てて戻って行った。


 もはや生徒総会として成立しているのかも怪しいくらいハチャメチャになってしまったがなずながマイクを持ったことにより、場がまとまった。


「時間も迫っているのでここで承認を取りたいと思います。文学部創設に賛成の場合は拍手をお願いします」


 薺がそう言うと講堂に溢れんばかりの拍手が鳴った。見渡すとどの生徒も拍手している。


 一人で多数の拍手を向けられると体が仰け反りそうになるほどの衝撃を受けることを今知った。まさかここまでの数の生徒が賛成してくれるとは思ってもみなかった。


 後半はほぼ押されっぱなしだった僕だが仲間によって、友達によって助けられた。


 稲荷の言葉が思い出される。僕には沢山の後ろ盾があったんだ、と。


「過半数以上の賛成があると判断します。文学部創設は認められました」


 薺の感情を抑えた声が講堂に響く。感情を顔に出さないようにしてはいるが薺の目はしっかりと僕を見ていた。


 その後ろから笑顔のアキ姉とすずなさん。二人とも強い意志を感じる目でこちらを見ている。


 僕も三人にありがとうと込めて視線を返す。


「これにて今年度の生徒総会を終わらせていただきます」


 全てが終わり、各クラスごとに退場していく。僕は生徒会の元に行き、壁に寄りかかるように座る。


 全身の力が抜けてもう動けないのではないかと思うほどに疲れた。


「お疲れ様」


 と、薺。隣に座り込んだが、僕と同じように動けないようだ。


「いやー、ヒヤヒヤしたねー」


「お疲れ様、日向」


 アキ姉と菘さんも中腰で僕を労ってくれた。ようやく普段のノリに戻れると思って気を抜いていると、


「夏川くん、ちょっといいかい?」


 アキ姉達の後ろから僕に声をかける中年男性。間違いなく校長だ。僕はフラフラの手足に力を入れて立ち上がろうとする。


「ああ、いいんだよ。お疲れのようだしそのままで」


 言われるがままに僕は床に座り直す。


「さっきは凄かったね。しかしまあうちの教師にあんな奴がいたなんてね。職員室では真面目で生徒思いだと思っていたんだけどねぇ」


 校長は後藤について話し出した。これは後藤のいい人エピソードとかを聞かされるやつだろうか。


 それは耳を塞ぎたくなるくらい嫌なんだが。


「でもまあ君たちのおかげで教育者にふさわしくない輩が見つかってよかったよ」


 ん? 


「校長先生、僕と生徒会が絡んでるって知ってたんですか?」


「そりゃあ夏川くんは会長の弟だしねぇ」


 あ、そうだった。


「うちの教師が馬鹿したお詫びと言ってはなんだけどちゃんとした部室を作るってどうだい? 実は私はここのOBでもあってね、文学部の凄さは知っているんだ」


 それを早く言って欲しかった。というかそれなら生徒会に通した時点で声をかけてくれればこんなことにはならなかったのでは? と思ってしまった。


 まあ、結果良ければ全てよし。文学部は承認されたし新しい部室を作ってもらえるのなら文句は言うまい。


「それって校長先生が先に承認してれば済んだ話なんじゃ……?」


 言った。菘さんが言いやがった。


 キョトンとした様子で皆の視線を受ける菘さん。一人だけ思ったことを口走ってしまったようだ。


 それを見て僕と薺、アキ姉は声を出して笑う。


「えー、ちょっとみんな笑わないでよー!」


 校長先生も申し訳なさそうに笑い、話が一段落ついた。


「確か顧問もまだ決まっていないのだよね。それなら私が見ることにするよ」


 校長が顧問になると言い出した。それは……なんか活動しにくくなる気がする。


 少しでも機嫌損ねたら罰則がありそうだ。まあ、今のところそんなことをする人に見えないからいいか。


「じゃあ生徒会室に戻ったら書類をまとめておきます」


 アキ姉が締めて、校長は講堂を出ていった。


 僕達も置き去りにされたマイクや机を片付けるべく各々に散って行った。


 ちなみに後藤はいつの間にか講堂から姿を消していた。あれだけ強気でいたのに逃げ足だけは早いようだ。


 アキ姉から片付けはやるから教室に戻りな、と言われて渋々戻ることにした。

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